手段を選ばぬ幼女!
淡い水色のワンピースに着替えた私は、父のところに行った。
スキップをしたい気分を抑えながら。
「お父様~♡ コリアンヌ、お願いがありますの~♡」
「おや、どうしたんだい? 私の天使」
父はまだ33になりたてと若く、美形である。
美形商人らしく調子のよい口をお持ちで、息を吐くように『私の天使』などと宣うが『時折ムズ痒くなる言葉を使うのさえなければ最高なのよね』と貴族歴が短く、貴族との付き合いも薄い母には不評。
私も母の意見に完全同意で、家では是非とも自重して頂きたいと思っているが、ここは臀部がむずかるのを我慢し、スルーすることにする。
私のお願いとは、王都から田舎への移住。
まだ学園生活まで時間がある──魔素の少ないド田舎で、健康になり、身体を鍛えるのだ!!
しかしこの父、一筋縄ではいかない。
娘を溺愛しつつも、言う通りにはしない。
そのあたりは、レナのことでもわかるだろう。
仮に前世の記憶など一度喋ろうものなら、興味を持たれて根掘り葉掘り聞かれ、ヒロイン属性が判明した途端に私の計画は丸潰れだ。
奴はあくまでも商人なのである。
生命に関わることでなし……娘が高位貴族にチヤホヤされまくるなんて、美味しいネタをフイにするわけが無い。
なにしろこのゲーム、ざまぁはあるがヌルい。二周目の悪役令嬢をヒロインとして選択した時のざまぁですら、ヒロインへの処遇はヌルめ。
多少お仕置き程度に恥をかいたあと、『色々なことに気付かされたヒロインは、悪役令嬢の親友になりました。めでたしめでたし』で終わる。
流石は全年齢対象のコンシューマー・ゲームである。
しかし、ここは現実世界──
そんな上手く行く筈ねぇだろ、と。
そんなわけで、情報の開示相手は間違ってはいけない。
父にはそんな情報は一切開示せず、やや悲壮感を醸し『田舎で療養』のおねだりをするだけだ。
(まあパパの性格上、少なくとも『すぐに』とはいかないだろうけど)
「う~ん、いくら可愛いコリアンヌのお願いでも、それは難しいかなぁ~」
案の定、『王都にはいい医者がいる』『目の届かない場所に行かせるのは不安』などの理由から、いい顔はしてくれなかった。
だが考えてはくれるそうだ。
これは現段階において、充分な言質といえる。
病弱な私を心配する母も味方になってくれそうな気配。
私はとりあえず満足し、束の間の一家団欒を楽しんだ。
「そろそろヒューゴーが来る時間だな」
「あらあら、もうそんな時間?」
「彼はいつも時間ぴったりに現れるからなぁ」
──そしてこれからが本当の勝負。
ふたりが仲睦まじく談笑しながら、ヒューゴー様を迎える為に玄関ホールへと向かう中、私はそっと距離を取り小走りで逆方向へと向かう。
玄関ホールから二つの扉を挟み、ぐるっと長い廊下がコの字型に続いている屋敷の構造。
私はそれを時計回りすべく、左端にある扉を開けた。
「あっお嬢様?」
「……」
侍女のミュリエルが私に軽く声を掛けたが『お花畑』と思ったのか、追い掛けてはこない。
(よし……よ~い、)
『ドン!!』
そこからは猛ダッシュ。
私は普段使用していない身体の筋肉という筋肉を総動員させて、廊下を走った。
***
「本日はお招き……」
「堅い堅い、ヒューゴー。 僕も君を侯爵家の御子息として扱わなきゃダメかい?」
「いや、そうだなエレン。 これは土産だ」
「ようこそ! ハンコック卿。 お元気そうでなによりですわ」
「これはリヴォニア男爵夫人、すっかりカーテシーが板につきましたね」
「あら、意地悪ですわね。 もう男爵家になって10年も経ちましたのよ! まぁ娘の方がキチンと……あら?」
「そういえばコリアンヌ嬢は……」
***
息が切れる中、漸く右側の扉に辿り着く。ラストスパートだ!
──バンッ!!
「ッヒューゴー様ァァァァァァ!!」
扉を開けるや否や、私はヒューゴー様の逞しいお身体目掛けて自分なりの超高速でダイブした。
そして──
「──げっはあぁぁぁぁ!!!!」
勢い良く吐血。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!?」
「きゃぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁ!!」
ほとばしる鮮血。
轟く悲鳴。
──全て計画通りである。
「コリアンヌッ!?」
「こふっ……ヒューゴー様が来るのが嬉しくて、コリアンヌ、ちょっと無理しちゃった♡ ……てへっ♡ こふっ」
「コリアンヌゥ────!!!?」
私は血を尚も吐きながら、渾身のてへぺろを繰り出した。いや、『てへぺろ』ならぬ、『てへこふ』である。
鮮血をなるべく派手にするための演出もバッチリ。
ワンピースの淡い色に、私の血はさぞかし映えていることだろう。
ヒューゴー・ハンコック侯爵令息。(27)
ハンコック侯爵家、三男。
ハンコック侯爵家は武にも秀でており、彼は若いながらも先の戦にて、前線で活躍を果たした。
今彼は、侯爵領の一部を任されていると聞く。
そこは──田舎も田舎、ド田舎だ。
私がなにを狙ってこんなことをしたか、もうおわかりだろう。
このあと少し休み、着替えて復活した私の切なる訴えにより、まんまとヒューゴー様の説得は成功する。
私の吐血に慣れている父も、流石にヒューゴー様に言われては頷くしかなかったようだ。
こうして私の『体質改善・健康ド田舎ライフ』はハンコック領のヒューゴー様の庇護の下、開始することになった。




