託されたもの②
私は母に近付き、お腹に向かって手を振った。
「……またね、妹ちゃん♡ お母様、この子の名前、可愛いのを考えてね。 きっと女の子だから!」
「ふふ、そうするわ。 行ってらっしゃい!」
来る時はお金だけ持って、後は手ぶらで出てしまった。
適当な鞄を貰って書類の入ったふたつの封書を入れると、厩に走る。
「帰りもよろしくお願いします!」
『任せなさい。 ここの飼葉はなかなかであった』
「そいつァ良かった!」
乗る前に、魔力を込めて左手をギュッと握った。
(イーサン……! そっちに戻るわ!)
握った左手が熱い。
左掌が光り、紋様が浮き出され、消えた。
ヒューゴー様番をお願いしたので、イーサンがどこの神殿に来てくるのかわからない。
連絡を待つため、王都中央神殿で一旦そのまま待機だ。
母がなにを察したのか。
その答え合わせはしなかったが、きっと私と同じだろう。
ルルシェはヒューゴー様によって、修道院に送られた。
推測だけど、それがルルシェの為だとして。
『レイ』が退学し、勘当に追い込まれなかった場合『テスラ』はどうなったか──『テスラ』は『レイ』のまま。
つまりルルシェのように、家の事情から回避させることができない。
退学をかけた、明らかに不利な条件下での決闘──多分これに、ヒューゴー様が一枚噛んでいる。
ルルシェの『婚約破棄』と同じ意図だ。
その直後も。
母がレナを拾ったのは偶然のようだが、『フラフラしていた』と言っていた。
レナがわからない誰かの指示で、出奔してから商会に向かっていたが、入るのを躊躇していた……と考えるのはこじつけだろうか?
レナはまだ12、3。子爵家のこともある。
保護が必要だが、ヒューゴー様はこの時点でまだルルシェのことがあるから直接手を貸せない。
父とヒューゴー様は、お家的な繋がりというよりはただの友人だ。保護を頼むのにはうってつけの相手だと思う。
母が拾ってしまったからわからないが、もし母とレナが出会ってなくてもウチで保護されていたのではないだろうか。
父イアンは隣国の戦争を予見して、『父の友人であるヒューゴー様』を通して王太子に伝えたことになっているが、そう考えるとその順番も怪しい。
戦争の予見がどの時点かはわからないが『ヒューゴー様の友人である父』が、彼の要請を受けていただけなのではないか。
モンドワール子爵家の悪事と、リヴォニア家の功績となった事柄は繋がっているのだから、後で辻褄合わせに並び替えた結果な気がするのだ。
私が知っているヒューゴー様は優しい。
そして、私が知っているレナは賢い。
ヒューゴー様の優しさや──逃げなければ、自分になにが起きたかをも、知っていたに違いない。
つまり、レナがヒューゴー様を憎む理由は全くない。
(だとしたらなにが揉める原因だったの? 過去に囚われすぎたかな……今のことだったり?)
だけど今のことで、ヒューゴー様と口論した挙句にレナが飛び出すようなことが、全く思い浮かばない。
レナが飛び出すってのが、まず有り得ない状況に思えて。
母が言った言葉。
レナは、どこまで知っているのか。
ヒューゴー様は、レナがどこまで知っていると思っているのか。
(ヒューゴー様がレナが知ってるってことを知らなかったとして。 或いは知らないってことを知らなかったとして……)
──あ~もうっ、よくわからないわ!!
──誰かァ! 私の脳内に賢い人はいないの?!
──私の脳内だから、無理か!(※自虐ツッコミ)
(えぇぇとぉぉ~、『レナは飛び出しました!』『ヒューゴー様のせいです!』『ふたりは口論してたみたい……さあ、なにを言われたでしょうか?!』)
なんかわかりやすくなった!
……ような気がする!!
例えば、レナが知らなかったことで、知っていそうなこと!
(……新しい『テスラ』の存在?)
母が教えてなくても、知っている可能性はあるけど……知らなかったとしたら、ショックだとは思う。自分の身代わりだ。
知っていたとしても、『死亡した』というその後までは多分知らない。報告書があるくらいだし。
(そもそも『テスラ』って、誰……)
「──あっ」
思わず神殿ホールで声を漏らしてしまい、慌てて両手で口を塞ぐ。
思い付いたのは、
修道院で死亡した姉、ルルシェ。
その可能性のリアルさに、胸がバクバクいう。
(でも……う~ん、なんかしっくりこない!)
『新テスラ=ルルシェ』の予測自体は正しい気がする。
だが正しかったとしても、どんな状況下でヒューゴー様がそんなこと口にするのか、全く想像できない。
しかもそれを知ってレナは飛び出すだろうか。
ショックは受けると思うが、今更誰をどう責められる?
自分を責めるにしても、飛び出すなんてレナらしくない。
私が見ていたふたりは、確執の匂いがなかった。
隠していたにせよ……ふたりはそんな器用な人間かな?
そりゃ互いに罪悪感とか、色々あるとは思うけど。
(罪悪感とか……? ダメだわ、もっとシンプルにしないと処理できない。 私にわかることから考えよう。 情報過多! 順を追って増やすのが大事!!)
レナはヒューゴー様のこと、少なくとも嫌いじゃない。
嫌いなら、私のことを応援しないし。
どこまでかわからないけど……過去のことはある程度気付いていると思う。だからむしろ、感謝しているんじゃないかな。
ヒューゴー様は、レナのことが割と好きな……
あれ?かなり好きなんじゃ……
──っていうか、好きなんじゃないの?!
色々思い返すと、段々そんな気がしてきた!
私ってば、鈍感だったのか……
(…………いや、違うな)
ヒューゴー様は、レナへの明確な好意を表に出したことは一度もない。
意識して思い出すと、なんとなく思い当たるけれど……色々知らなかったら気付かなかったと思う。
ダスティンさんや古い人は気付いていたかもしれないが、屋敷の人も自警団の人も、多分気付いていない。
自警団の兄ちゃんらはよくレナを口説いていたし、目に余る場合以外ヒューゴー様が注意することもなかった。
まあ……口説いても大体レナの毒舌に返り討ちにあってたけど。
きっと、気持ちを隠していたのだ。
レナがどこまで知っているのか、わからなかったから。
確かめることが、できなかったから。
守るつもりで、守れなかった、ルルシェ。
レナの代わりにテスラになってしまった、ルルシェ。
どこまで知っているかなんて、確かめられるわけが無い。
(いつからかはわからないけど…………切なッ!!)
私は自分がヒューゴー様のことを好きだったのも忘れ、その想いの尊さに身悶えた。
『ヒューゴー卿は、なにをどこまで知っているのかしら? そしてレナがどこまで知っていると思っているのかしらね?』
その母の言葉の意味が、ようやくわかった気がした。
私に託した書類の意味も。




