『レイ』、『レナ』、『テスラ』
『レイ』を殺した。そして『レナ』が生まれた。
母はそれだけ言うと、ゆっくりとカップに口を付ける。詳しくは語らなかったが、なんとなく察した。
おそらくモンドワール子爵は『レイ』こと『テスラ・モンドワール』を探していたのだろう。
『勘当』の話が事実か否かは問題ではなく、レナは家に不満があり、戻らない気で飛び出したのではないか。
だから『レイ』を殺す必要があり、それらしく装った。……母に忠誠的であり慕ってもいたレナの態度を考えると、きっとそういうことだ。
「……でもそれだと『没落貴族の元・令嬢』なんて肩書き、余計じゃない?!」
「ふふ、馬鹿ねぇ。知らなかったの? レナは隣国の『没落貴族の元・令嬢』よ? 」
「ハァ?!」
「『レナ』は男装して一人旅をしてたら、スリにあって無一文なところを私に拾われたの。 そうこうしているうちに、戦争が始まって戻れなくなっちゃったのよねぇ~」
意訳すると、『そういうていでいたら戦争になったので、隣国で滅された適当な貴族から経歴を偽造した』……ということだろう。
そこからウチが保証人となり、移民証明をして平民レナとして生きているのだろう。
母の言葉を聞くに、それは戦争の混乱後。モンドワール子爵家は既に取り潰されているし、レナの出自を確かめるのは難しい。
……我が母ながら恐ろしい。
その時は既に爵位を……いや、まだ賜ってないんじゃないか?
だとすると、権力ムーブしてないところが尚恐ろしい。どうやってやったんだ。
「まあ話を戻すとね、レナは私と約束したのよ。 『私に黙って消えたり、死んだりしない』って。 ……だから大丈夫」
「……でも」
軽く語ってたくせに、約束の内容が重い。
語られてない部分に、母とレナの絆はあるのだろう。
「……私はなにも知らないもん」
出てきたのは、不貞腐れたような言葉。
自分でも呆れるけれど、なんとなく今の自分にしっくりきたというか、腑に落ちた気がした。
私はレナが黙っていなくなったことにも、ヒューゴー様の慌てぶりにも、お母様の落ち着きぶりにも苛立っていたのだ。
私だってレナのことが好きなのに、自分だけ蚊帳の外で。
「お茶、飲む? それとも甘いものでも頼もうか」
「ふぐ……両方」
「オッケー両方ね!」
そう言うと、母は席を立ち、食器を下げながら部屋から出た。
甚だ男爵夫人らしからぬ行為だが、普段は別にそんなことはしない。母の部屋に通されたのも然り、単純に人を寄せたくないのだろう。
(そりゃそうか……)
さっきは『子供じゃない』と言ったけれど、発言しないで察しなければいけなかったのかもしれない。
レナのことも、母は必要以上に過去に触れなかったようだ。だからこそ信頼関係が構築されたのかもしれない。
私がやっていることはどうだ。
レナ本人に聞くのを憚りながら、結局本人以外から探っているにほかならない。
私はワガママで、自分勝手な子供だ。
自分の不甲斐なさに暫し瞑目する。
(お母様が心配していないなら……そっとしておくのが正しいのかな? ……でも)
すると突然響く、低音ヴォイス。
──やめるのか? コリアンヌ……
目の前に顕現せし、後光を纏った神々しきお姿は……
『山へ某かをシバキ倒しにいったお爺さん』!!?
……久々に出てきた!!
つーかまた出てくると思わんかったわ!!
──コリアンヌ……そなたの望みはなんだ。 心に問え。
──ここぞという時、人とぶつかるのを躊躇うな。
──察することだけが、大切なことではない。
──大切なのは…………
含蓄ある風の言葉をいくつか残すも、最後まで聞き取れないままお爺さんは消えた。髭を風に靡かせて。
「──ふぁっ!?」
案の定寝ていた。多分、ほんの僅かな時間。
……なんかシバG(※略称)、いい事言ってた!!
(私の望み……)
考えると、それは単純だった。
レナが悩んでるなら、知りたい!
できることがあるなら、なにかしたい!
私だって……レナが大好きなんだから!!
それが傲慢で余計なお世話だったとしても、子供じみたワガママだとしても、例えそれに気付いた今から時間が戻ったとしても、きっと私は絶対しゃしゃり出るに違いない。
──考えてみれば、黙って逃げたレナが悪いのだ。
そんなことしたら追い掛けるに決まっているのだから。
昨日今日の付き合いならともかく……それが私!!
「──そうよね?!」
「さあ? なにがそうなのかは知らないけど」
「奥ッ、じゃなくてお母様……」
「うふふ、なんかスッキリした顔をしてるわね?」
カチャカチャという食器の音と共に、ワゴンを引いた母が、部屋に入ってきた。
……足で扉を開けている。動きが粗雑なのは、最早仕様か。
「身重なんだから、自ら持ってこなくてもさぁ……」
「あら、ようやくこの子の話になったのね?」
お腹を擦りながら、わざと意地悪っぽくそう言って笑う。
「気にしてなかったわけじゃないけど、絶対元気で生まれてくるって確信があるから、つい……レナだって私にとっては姉みたいなものだからさぁ」
「……姉、ね? ふぅん」
どこか含みのある言い方をする母とポジションを交代して、私がお茶を入れワゴンのケーキと共に母に出した。
だが母は何故か座らず、机の前に行くと引き出しの鍵を取り出す。引き出しを開けると、そこから封書をふたつ取り出し、ひとつを私に寄越した。
「私も貴女に用があったの」
そこに入っていたものを見て、私は言葉を失う。
それは、報告書だった。
そこには『テスラ・モンドワール』のその後が書かれていたのだ。
『レイ』でもレナでもなく、『テスラ・モンドワール』の。




