レナとお母様
シュヴァリエ領神殿から、王都中央神殿へ。
王都に着くや否や、今から実家へ行く旨の連絡と馬の貸出をお願いした。
ウチからの馬車を待つよりも、その方が早い。
リヴォニア家はあくまでも商家であり、事業地域は主に王都。領地を持つわけでもない。
事業所や倉庫は別にあるが家である程度業務や新商品の管理も行う為、貴族のタウンハウスのような集合住宅ではなくそれなりの邸宅を構えている。
ただし、場所は少し外れたところだ。
馬を走らすにはうってつけではある。
「急いでいるの、よろしくッ!」
『悩める人の子よ……私に任せておきなさい』
「頼りになるゥ~!」
神官が馬に乗ることはあまりない。
神殿管理の馬は、大概特使か神殿担当の騎士が使うだけあって、なんだかやんごとなき口調な割に滅茶苦茶速かった。
「──お母様ッ!」
待ち構えていた家令に馬を任せ、飛び込む勢いで家に入る。
「お帰り~コリー♡」
私を迎えた母はとても落ち着いていて、私と良く似たファニーフェイスでへらりと微笑んだ。ちなみに私を『コリー』と呼ぶのは母だけである。
なんていうか……めっちゃ脱力。
(あっれぇ~? レナの失踪のこと、聞いてるんじゃないのかな……?)
それとももしや、レナはここに?
そう思ってキョロキョロと玄関ホールを見渡すと、母がアッサリこう言った。
「レナなら来てないわよ?」
「ひいッ! 心を読まれたッ?!」
「顔に書いてあるわ。 ホラおいで、ご飯でも食べながら話しましょ。 お腹空いてるんでしょ?」
「心を読ま「顔に書いてあるわ」」
やっぱりレナのことを知っていた。
ここにはいないようだが、母に彼女を心配している素振りは見えない。
私としてはまだ心配なのだが、それである程度不安は消えた。どんな事情があるにせよ、レナは無事であるという確信が母にはあるに違いない。
何故か母の部屋へ通されると、料理番がすぐに作ってくれたサンドイッチを持ってきた。
それを食べながらも、母に推測を含むイーサンから聞いた話を話すと……驚愕の返事。
「へ~大変だったのね~!」
まさかの知らないパターン……だと?!
「ええっ?! お母様なんも知らんわけェ?!」
「そんなわけないじゃない、レナがモンドワール子爵家のご令嬢だったくらいは知ってるわよ~。 ……あとのこた知らんけど。 私その時、一介の町娘よぉ? 貴族学園でのことなんて、知るわけないじゃない」
基本的に今も町娘みたいな母は、『男爵夫人』という外面を脱ぎ捨てると口調もいい加減である。口調だけでなく、ヒラヒラと手を振り否定し、ぞんざいに脚を組む姿も。
ユルい。あまりにユルい。
滅茶苦茶血の繋がりを感じる。
──コリアンヌ! コイツぁシロだ!
──チキショウ! とんだ無駄骨だぜ!
──まあそう言うなヒロシ……現場百回、そういう日もある。 さあ、犯人を追うんだ!
──デカ長……!!
脳内刑事等の登場回数が多すぎて、とうとう名前が出てきてしまったが、そんな場合ではない。
ご飯を食べたら即戻ろう! ……そう決意して大きく一口頬張った時だった。
「そう焦らなくてもレナは大丈夫よ。 ──私と約束してるから」
「ふごっ?」
「レナの過去の詳細は聞いてないから知らないけれど、私と出会ってからのことなら話してあげられるわ。 よく噛んでゆっくり食べながら聞きなさい」
レナはやはり、モンドワール子爵家の子女であり、ルルシェの妹だった。
当時の名前はテスラというらしい。
しかし、彼女は『妹』としては周囲に認識されていなかったそうだ。
「──どういうこと?」
咀嚼を終えて嚥下し、尋ねた。
「私と出会った時もそうだったんだけど、彼女は雄々しかったから。 その時は男装ってワケでもないけど……今のコリーみたいな恰好をしていたわ。 学園では騎士科にいたって言ってたし、舐められたくないから『レイ』って名乗ってたって。 ……ふふ、だから今『レナ』って安直じゃない?」
そしてヒューゴー様とルルシェ・モンドワールの婚約破棄事件の前に、レナは学園を退学になっていた。
だから母はふたりの婚約破棄の話を知らなかったのだ。
レナは騎士科に珍しい女子ということもあり、やっかまれたり逆にチヤホヤされたりと、なにかと不愉快で不自由な思いをしたようだ。
学園を退学になったのも、退学をかけて明らかに不利な条件下で決闘を挑まれた為。
──だがはしくれでも騎士。矜恃を守り決闘を受け、敗れた。
勿論学園の校則で、そんな決闘など許されない。だが訴え出るような人間であれば、そもそも受けていない決闘である。
そして自主退学した結果、勘当され、行く宛もなく家を出たところを母が拾ったらしい。
「たまたま荷物が多くてさぁ、そこに死にそうな顔したのがフラフラしてたから、『ご飯食べさせてあげるから手伝ってくんない?』って声を掛けたのよね~。 綺麗な顔してたし、このまま放置してたら危ないと思って。 でも全くの善意じゃないのよ? 『行くところある?』って聞いたら『ない』って言うし、所作も口調も綺麗だから『こりゃ使えるぞ』ってスカウトしたの」
素の母はこの通りの女性だ。
祖父は元々流れの仲介屋で、小さい頃から共に諸国を回っていた母曰く『貴族語は苦手だけど、語学は堪能』であり、『ズタボロの言葉なら5カ国語程喋れる』らしい。
そして父はあの通りの、口先だけ軽い美形。
歳若く、商会が発展しだした当時は特に、とてつもなくモテたようだ。
押しに押されて婚約してしまったものの、下級貴族子女への牽制に、貴族との商談の場にやたらと自分を連れていきたがったのに、母は辟易していたそう。
「『そのままの君でいい♡』とか、いくら宣われたってさぁ……! こっちにしてみれば『いやアンタはいいかもしれないけどね!(怒)』って話よ!」
母にも当然プライドがある。
馬鹿にされるのは悔しいが、外国人との取引だけでなく経理など商会の裏方としても活躍している母に、人を雇って貴族淑女のマナーを学ぶ時間の余裕はなかった。しかも当時はまだ父とは暮らしていない(結婚までは、と固辞していた様子)。
時間を取れるなら夜だが、一人暮らしをしていた母の元に家庭教師を呼ぶには難しい時間帯だ。家事もある。
そこに、『鴨が葱しょって現れた』のがレナ。
ふたりの利害は見事に一致していた。
──そんなことを、母は軽い口調で軽快に話す。
それは事実なのだろうが、語られてない部分が大いにある気がした。
「お母様、私はもうそこまで子供じゃない。 ……レナの勘当は、どこまで事実?」
『勘当』と一口に言っても、平民と貴族では話がまるで違う。貴族籍を抜く為には、然るべき手続きが必要になる。
成人していない、当時12、3のレナを『正式に勘当』するのは難しい。少なくとも、書類上は。
ただし、他家との養子手続きを行えば家から出すことは可能だし、『事実上の勘当』だとするなら表にバレなければいい話ではある。
いくら準貴族ではない当時の話で、どんなに口では『貴族社会に疎い』とは言っていても、それに気付かない母ではない。
私の言葉に母は目を細めた。
「──『レイ』を殺したのよ。 で、『レナ』が生まれた」




