シュヴァリエ領神殿
シュヴァリエ領の神殿には結構早くに着いた。
この国の歴史は他国に比べて浅いが、建国当初からあるシュヴァリエ領はそれなりの広さ。端から端まで行くのに時間がかかるので神殿は3つあることが功を奏した。
イーサン先導で出た為、森の出口がシュヴァリエ側なのも理由のひとつ。
賢者様のせいか、神殿という名のダンジョンのせいか……はたまた森自体の力なのかはわからないが、森は地図上では広い筈なのに距離感が滅茶苦茶で、逆に『ハンコック領からシュヴァリエ領にワープに近いことが可能』という利点もあったりする。
そんなわけで、ハンコック侯爵家とシュヴァリエ伯爵家は、仲良くせざるを得ない、特殊な関係性にあるようだ。
ちなみにハンコック領はシュヴァリエ領より更に広い。
そのことと政治的な面から、ハンコック領でも僻地にあたる森隣の部分を、末子のヒューゴー様が任されているのだそう。
神殿につくと、早速実家との繋ぎを試みる。
当然ながら、実家と直接的に繋がっている訳では無いのでそこから待たされることにはなる。
だが王都は住宅が密集しているし、神官や神殿で働く人が多いので待ち時間は比較的短い。
特に貴族や豪商は神殿に繋がる魔道具を所持している場合が多く、連絡だけならすぐつく 。 ウチにもそれがあるため、待たされることはなかった。
──ただし、『待たされない』のは必ずしも良いことではない。
「申し訳ございません、お嬢様。 ご実家に連絡をしてみたのですが、現在お父上はご不在のようです」
このように相手が神殿に来れない場合が、結果として一番待たされないのだから。
「そうですか…………あっ、父は今日神殿の利用を?」
「お調べ致します」
空振りだったついでに、父の神殿利用についても調べることにした。
レナのも調べられれば楽なのだが、私とレナとは血縁でも雇用関係でもないので教えて貰えないらしい。
(もしヒューゴー様と連絡を取っていれば、既にハンコック領にいるかもしれないわ)
だとしたら父に直接聞いてもいいのだが、問題はそのタイミングがあるかどうか。
ヒューゴー様のいる前で、子供の私に大人の事情を話してくれるとは思えない。
なにより父は腹黒である。
事情がヒューゴー様寄りの場合、おそらく都合の悪いことは言わない。特にイーサンの推測が正しく、過去の戦争が絡んでくるのであれば、絶対に言わないに違いない。
(だから本当はお母様と話したいのよね~)
しかし現在母は身重であるため、神殿には赴けない。
幸い、魔道具と神官を実家に派遣して通話を行うこともできるようだ。
こちらでは人も魔道具も少ない為予約が必要だが、王都は神官や魔導師が多いのですぐできる、とのこと。
待っている間に、事務方にそのお値段を提示してもらうが……
「……高っ?!」
──滅茶苦茶高かった。
「貸すか?」
「う~ん、いやお金は実家でなんとかなるけど……これなら行った方が……」
転移も同様に高いが、派遣するより合理的だ。またこちらに戻るにも、お金は実家ですぐ補填して貰えるし。
だが正直なところ、そんな過去の事情を知ることを優先していいのか迷う。
よしんばそれが失踪に関係するとしても……レナがもしも今、なにかしらのトラブルで動けないとしたら、一番可能性が高いのはハンコック領内かその付近だ。
シュヴァリエ領神殿で話を聞くだけならともかく、いくら転移とはいえ王都の神殿に行って実家まで行くと、ハンコック領のお屋敷に戻るのに時間が掛かりすぎる。
今はイーサンがいるから助かったが、馬車か馬の手配も必要になるだろう。
そんなことを考えていると、神官様が戻ってきた。
「お待たせ致しました。 お父上は二時間程前に、王都大神殿をご利用されたようです」
「通話ですか? 転移ですか?」
「通話のみです。 通話先は、ハンコック領第五分社ですね」
ハンコック領第五分社!
……ビンゴ!!
でも──
「通話のみ……」
お父様はこちらに来ていない。
……となると、単純にこちらには来れないか、ヒューゴー様が王都に行っているか。
ヒューゴー様が王都に向かった場合、レナも王都にいると見て間違いないだろう。
(でも残っていた場合……ああもう、よくわからないわ!)
──連絡手段がないのが痛い。
今、切実に……スマホが欲しい!
それかもっと素晴らしい魔道具が!!
青くて丸い二頭身キャラが『開くとどこでも行けますぞ~♪』とか言ったような気がする(※覚えてないので適当)不思議な扉とかが!
この世界って案外不便よね!?
大体魔法のある世界なら、魔法でなんでも解決しなさいっての!
『魔法で解決!ミラクル☆マジカル☆ルルルルル~』みたいな一言で全部!(ヤケ)
「──行けば?」
「! イーサン……」
悩むあまりに、あまりあまって余計なことばかり考えてしまっていた私に、イーサンが呆れた顔でそう言った。
「こっちは見ててやる。 ……つーか普段どうでもいいことを図々しく頼るくせに、こういう時になんで頼らないんだ」
「イーサン……!」
私としたことが、どうかしていた。……頭を使いすぎたのだろうか?
『阿呆の考えロングバケーション』という言葉もあった……ような気がするが、今の私はまさにそれだ。
冷静なつもりで、冷静さを失っていたらしい。
「……確かにそうよね! 元来私って、立ってるモンは親でも使う派よ! よっしゃ、イーサンはヒューゴー様番ね!」
「図々しいッ!!」
「そこは一旦申し訳なさそうにしろ」「貴様は、常日頃から俺への感謝の心が足りない」……などとブツクサ言いながら、イーサンは私に手を差し出した。
「手を出せ」
「? なに?」
「念話の法術……と言いたいところだが、難しすぎてまだ修得できていない。 だが何かあった時の合図程度なら描ける。 ホラ、賢者様に習った『糸』の術の応用だよ……」
説明しながら私の右掌に、指で図面を引いていく。
ちょっとくすぐったい。
その後押し付けるように、自分の右掌を重ねた。
「よし。 熱くなったら『戻ってこい』だ」
「おお……持つべきものは勉強家の友人だね! 流石!!」
感謝の心が足らないと言われたのでこれ見よがしに褒めると、フフンと鼻を鳴らし、満更でもない顔をした。
……チョロいな!?
「左はお前が俺に繋げ。 鷹よりも急ぎの連絡が欲しい場合に。 そしたら神殿に向かう」
「私それ覚えてないよ!」
「今紙に描くから、上から魔力を込めてなぞれ」
「優秀か!」
「……ふっ、今更わかったのか(ドヤァ)」
「チョッ……いや、あざーす!」
輝くドヤ顔、驚きのチョロさ。
──チョロ助である。
『厨二』『七光り』と様々な黒い称号を持つイーサンだが、新たな称号に『チョロ助』が加わった。
きっと友愛と感謝の証を込めて彼を褒め讃える時……この称号が輝くに違いない。




