イーサンの話
コリアンヌ「今回ちょっと笑いがないわよ!? ……とりあえず吐血しとく?!」
イーサン「せんでいい」
話は14年ほど前に遡る、らしい。
当時16歳だったヒューゴー様には、婚約者がいたそうな。
「それが『忘れられない女性』?」
「……思っているイメージとは違うだろうが、忘れようにも忘れられないだろうとは思う」
そんな前置きを以て、イーサンは衝撃的なことを言い出した。
「学園のダンスパーティで、ヒューゴー卿は彼女に婚約破棄を突き付けたんだ」
「エ──────?!!?」
イーサンには既に嫁いだ姉もいる。
シュヴァリエ伯爵家長女のロゼリア様は、ヒューゴー様と同い歳で、件の婚約者ともそれなりに親しくしていたのだそう。
又聞きにはなるが『姉の話』だというからには、事実なのだろう。
その話を纏めると、こうだ。
ヒューゴー様の婚約者は、ルルシェ・モンドワール子爵家令嬢。モンドワール子爵家の長女であり、ヒューゴー様の幼馴染み。
モンドワール子爵家は所謂新興貴族で成り上がりだが、ハンコック侯爵家の寄親であるアルナバル公爵家との交友関係があったことから、ふたりが幼い頃にこの婚約が成立した。
つまり、政略結婚である。
ただし、ふたりの仲は良好だったという。
──だが、ルルシェが不貞を働いたのだ。
お相手は、隣国からの留学生。
バルドラ・トロイア男爵令息。
公開処刑的にダンスパーティでその証拠を突き出し、ルルシェは修道院送り、バルドラはその場で永久国外追放、強制送還となったらしい。
この断罪は、当然ながらこの時点では両家を通してはいないが、公開で、しかも王太子が証人となり間に入ったのだ。留学生であるバルドラの身元を保証しているのがモンドワール子爵家だったのもあり、ふたりの処分は妥当とされた。
ハンコック侯爵家からモンドワール子爵家への慰謝料等は、本来後日両家で話し合いが成されるものだが、それは行われていないという。
それはハンコック侯爵家はモンドワール子爵家との縁を金輪際絶つという、ヒューゴー様の要望からだそう。
それが罷り通ったのにも理由がある。
騎士科に所属していたヒューゴー様は、当時から優れた剣の腕を買われていた。
同級生である王太子様の覚えもめでたく『ゆくゆくは側近に』と、ほぼ内定に近い打診を受けていたようだ。
だが彼も騒ぎを起こした責任を負い、自らそれを辞した……とのこと。
単なるお家騒動がここまで拗れたのは、それが『ヒューゴー・ハンコックの婚約』だったからにほかならないのだ。
──しかし、公開婚約破棄とか。
「……ヒューゴー様が?」
意外すぎる。
婚約『破棄』。しかも『公開』。
今鬼教官と化していて、やたらとタンパク質を勧めてくるヒューゴー様だが……その言動の根底も、結局は優しさだ。
そんな優しいヒューゴー様の『婚約破棄劇』。
あまりにもイメージが合わな過ぎて、想像ができない。
「そんなに許せなかったのかしら……?」
「そうでなければそんなことなどしないだろう、わざわざ自分の未来を犠牲にしてまで……」
「確かにそうかも……?」
それでも尚、首を傾げずにいられない私に、イーサンはひとつため息を吐く。
「──これは推測に過ぎんのだが…… まだ聞くか?」
「……聞く!」
「その後一年と経たず、開戦するだろ。 ……モンドワール子爵家と隣国は繋がっていたんだ。 それが暴かれて子爵家は取り潰される。 ──あくまでもこれは推測に過ぎないが……本当はもっと早くに繋がりがわかっていたんじゃないか?」
「! ルルシェを断罪し修道院に入れることで、お家のゴタゴタから回避させたってこと?!」
「それに、侯爵家と子爵家の断絶。 侯爵家にやらかせば、いくら寄親であるとはいえ、アルナバル公爵家も子爵家への待遇を変えねばならんだろう……悪い繋がりを全て切るために、なにかしらの茶番が必要だったのでは?」
自分の未来を犠牲にしてまでした、両家の『絶縁』という要望。戦後の混乱を見越していたなら、確かにその価値はあるのかもしれない。
それに……そっちの方がヒューゴー様っぽい!
──でも
「…………レナが出てこないじゃない」
そう、これはあくまでもルルシェという女性とヒューゴー様の話だ。
レナは全く出てこない。
「だから『まだ聞くか?』って聞いたじゃないか」
「むむぅ……ヒューゴー様の『忘れられない女性』とレナとの揉め事は関係ないのかしら? あ、モンドワール子爵家には、妹とかいなかったの?」
そう、レナは没落令嬢だと聞く。
モンドワール子爵家の子女だったとしたら、とりあえず繋がりはできる。
今レナは27。当時13歳のルルシェの妹だとしたら……ヒューゴー様にどんな感情を持っているだろうか?
姉への公開婚約破棄。
そして修道院送り。
家の没落。
(全く想像つかないわ)
「それに……ねえ、ルルシェとバルドラは今どうしているの?」
「……侍女殿、というかモンドワール子爵家のことは話したことしか知らん。 ただルルシェ嬢は修道院で亡くなったと聞いている。 ……バルドラ……というか親であるトロイア男爵は開戦すると共に第一級戦犯とされ、拠点となっていた隣国辺境制圧時にヒューゴー卿が討ったそうだ」
「そう……」
隣国との戦争の規模は小さく、一年に満たないごく僅かな期間だった。
元々隣国内部での覇権争いが表面化した結果であり、この国はクーデター紛いのことに巻き込まれたのである。
この戦争で我が国が辺境を制圧したことによって、結果的に覇権争いが終着した隣国には大きな貸しを作った。
だからこそ、そこに一枚噛んだお父様は、爵位を賜れたのだ。
私は頭を抱えた。
「なんか要らない情報が多いわ……」
乙女ゲームはひたすら平和だった。
言わば、『脳内お花畑仕様』。
戦いという戦いは、惚れたはれたでする女の子らの小競り合いである。とどのつまり、個人技だ。
国と国どころか、お家云々は『婚約者』の肩書きくらいしか出てこず、家対家すらエピソードとして覚えていない。
そもそもヒロインがチヤホヤされる画像が主な仕様。
「ヒューゴー様の話の方が、よっぽどヒストリカル・ロマンスしている……」
「なんか言ったか?」
「いえなんも」
「まあ、どのみちもう神殿だ。 お前の両親がなにかしら知っているだろう」
「そうね……」
(──もしも、レナがルルシェの妹だったら)
レナの経歴を詳しく知っているわけではないが、タイミング的にも合う。生まれてから一度も国の混乱に出会していない私の知る限りだが、どこぞの貴族が没落したという話は稀にしか耳にしたことが無いのだ。そんなに条件が合うものじゃないと思う。
馬車に揺られながら、一度だけ見たレナの悲しげな笑顔を思い出した。
いつもただクールなだけだと思っていたけど、そうじゃなかったのかな?
本当はもっと、色々な表情ができたのかもしれない。
……でも、レナが常に無理していた様にはどうも思えないでいる。
そうであって欲しいだけかもしれないけれど。
冒頭でイキナリ間違ってました……
多分合ってると思うけど、また間違ってたらごめんなさい。笑ってツッコんでほしい。
(そして冒頭直したけど、レナの年齢直してなかった!)




