罠・罠・罠!
「ありがとう、ハンク。 お家に帰りなさい。 道草食っちゃ駄目よ!(※直接的な意味で)」
『ご冗談を。 道草なんて今の時期生えてませんからねぇ』
「ナイスツッコミ!」
ハンクが『寒いんでサッサとずらかりますわ~』と言いながら帰っていくのを一瞥すると、私は森に入るや否や、猛然と足を回転させた。
足の速さ……これ即ち、回転速度!!
大したことでもない情報をいかにもな言い回しで言うことによって、疾走感や緊迫感は生まれいずるのだ──と、私は脳内刑事の発言から感じていた。
だからなんだって話だが、勿論特別な意味などない。
でも走っている時って、どうでもいいことを考えちゃうんだもの!
仕方ないわよね!!
「──ぎゃぁっ?!」
道中、賢者様お手製の罠に足を取られ、木に逆さ吊りになる。
賢者様は私にもイーサンにも『正しい道順』を教えてはくれていない。
『家に着くまでが遠足です!』という言葉があるが、森に入ったら既に『神殿に着くまでが修行です!』が待ち受けているのが常なのだ。
「でも今、そんな場合じゃないっつーのにぃ~!」
腹筋を駆使して上体を起こし、力技で罠である縄を切って再び走り出した。
そもそも力技でなんとかなる罠もどーなんだ。
その部分はヒューゴー様の担当じゃないの?
修行の方向性ィ~!!
賢者なら賢者らしく、魔力や魔術で解く罠を張れよ!
どんだけいい加減なんだ。
(今日はそれ系は勘弁して欲しいけどね!)
そんな思いも虚しく、私は罠という罠に掛かりまくった。
魔力を使う罠から力技系まで、圧倒的品揃え。ここはドン〇ホーテか。
──まさに、罠の宝石箱や~!
……誰?!
よくわからないふっくらした男性が、今一瞬出てきたわ!!
そして何故だかお腹の減りが増したわ!
「つーか、今日罠多くない?!」
独りごちる……というよりは、頭にきてでかい声でそう言うと、上から声が降ってきた。
「……俺もそう思う」
「イーサン?!」
私の言葉に頭上から同意したのは、逆さ吊りになったイーサンだった。
どうやら奴も、罠に掛かりまくっていた様子。見るからに。
「今日はどうも、賢者様は俺達に聖殿に来て欲しくない日みたいだ」
罠を解き、無駄にカッコつけ前宙をしてシュタッと私の前に降りた厨二は、そんなことを言う。
……カッコよく舞い降りた風だが、しっかり逆さ吊りも見てるからな?
「賢者様、今日の修行を神殿までで終わらす気なのかもしれん……」
「有り得るわね……既にどっか行ってるとか、全然あるわ」
こういうことは、ないでもない。
賢者様は『神殿大好き♡』な人である。なので基本的に一日中部屋に籠ってはいるが、時折フラリとどこぞに行く。
主となる目的は大体の場合不明。(書き置きに書いてあることもごく稀にある)
だが、買い物は好きなようでなにかしらを買って帰ることが多い。(※インテリア雑貨多数)
目的が不明な上、その間隔があまりに疎らなので『賢者様お出掛け予測』は非常に難しい。
また、『神殿大好き♡』だけあって突然模様替えやリフォームをし出す。
そういう時、私達は邪魔者とみなされ排除されるのだ。
「──まあいいわ、なら今アンタに会えたのは僥倖ってヤツよ。 ……レナがいなくなったの」
「お前の侍女殿か。 なにがあった?」
「わからないわ。 アンタ、なにか知ってるんじゃないの?」
「は? なんで俺が?」
「だって……むむぅ……」
イーサンの迷いない返事に、かつての遣り取りの記憶を思い返す。
(……『忘れられない女性』のことはなんとなく知ってそうだったけど、それがレナであるとは別に思っていないのかも……?)
しっかり思い出そうとするも
──宝石箱や~!
さっき脳内に出てきた男性が邪魔をする。
「ああっ! お腹が減ったわ!!」
いや、むしろ空腹が思考の邪魔をしているようだ。
腹の虫に合わせてしゃがみこむ私に、イーサンが生意気にも呆れた視線を向けた。
「お前の辞書に『緊迫感』という言葉ってあるのか?」
「失礼な! 『腹が減っては戦は出来ぬ』の優先順位が高いだけよ!! イーサン! なんか持ってないの?!」
「あることはあるが……」
勿体ぶりながら、イーサンは鞄の中の焼き菓子を取り出してニヤリと笑う。
「タダで貰えると思うな?」
「くっ……なんて卑劣な……!」
「そうだな……」
そう言うと少し悩んで、真面目な顔をした。腐っても美形なイーサンの急な真顔に怯む。
……恐ろしい子ッ!!
もういっそ本当に腐っちゃいなさいよ!
ベーコンレタス的な意味で!
「なっなによ?!」
「ひとつ、頼みを聞いてくれたらやってもいい。…… 秘密と約束できるか?」
──10分後。
「……ふう」
魔術で火をおこした前に座る私。
その後ろでイーサンは、満足気なご様子。
「我ながら素晴らしい出来だ」
「……あっそ」
イーサンの頼みは『私の髪を弄る権利』だった。
手先が器用なイーサンは、侍女の編み込みを見て、予てからやってみたかったんだそう。
「レース編みや刺繍はこっそりできたが、髪はやはり相手がいないとな。 自分の髪では誰にも見せれんし」
レース編みや刺繍もやってたらしい。
そういやまるでついでのように、ぶっきらぼうに貰ったことがあるが、アレはお手製だったのか。
道理で褒めると嬉しそうにしてたわけだ。
「別に誰かに頼めばいいじゃん……」
「こんなこと頼めるか! 女々しい男と思われるだろ!!」
(そういやゲーム設定のイーサンって『百合好き忖度キャラ』(※男の娘)だったっけ)
攻略対象としては未プレイだが、コイツが男の娘だったのにもそれなりに理由があるようだ。
「職人が女々しいわけでなし、手先が器用なのは誇ればいいじゃない。 それに賢者様だってやってるよ? お裁縫」
「……俺は職人ではない。 それに他人の目は厳しいもんだ。 自意識過剰と思われるかもしれないが、そうじゃない。 人は他者の粗を探すように出来ている。 賢者様レベルなら他者など気にしなくて済むってだけで、俺は精神的にも物理的にも他者を気にしないで済むほど強くない」
細かい作業が好きでありながら、『強くなりたい系厨二』でもあるイーサンの中では葛藤があるのだろう。
ゲーム内ではヒューゴー様に師事していないし、賢者様にもまだ会っていない。
そんなイーサンが『百合好き忖度キャラ』である男の娘になっていたのは、自然な流れなのかもしれない。
ちゃんとプレイしとけばわかったんだろうけど。
「レースや刺繍もコリアンヌにしかやっていない。 一度知り合いにあげたら誤解されて婚約されそうになったからな……髪なんて頼めるわけない」
「──あっ!!」
『婚約』という言葉が出て、本来の目的を思い出す。
焚き火の温かさとお菓子と、この妙な状況にすっかり思考が飛んでいた。
「そう……ヒューゴー様の『忘れられない女性』のことよ!!」
「なんだイキナリ」
「あとシュヴァリエ領神殿! 連れてって!」
戸惑い気味に「順を追って話せ……」と言うイーサンの言葉に従い、最初に話を戻す。
「レナがいなくなったのよ。 だから神殿……実家に連絡したいの」
「ハンコック領のじゃ不味いのか?」
「駄目。 多分ヒューゴー様がいるから……ヒューゴー様と昨夜揉めたらしくて」
「揉めた? ……それで『忘れられない女性』の話か? 侍女殿が『忘れられない女性』って……いや、まあいい。じゃあとりあえず行こう」
焚き火を消すと、イーサンは懐から笛を取り出して鷹を呼んだ。
シュヴァリエ家の馬車を待つため、森の外へと移動する。
罠は基本的に森からの排除が目的の為、外に出るのは難しくないのだ。
その道すがらと、馬車を待つ間。
それに馬車の中で私はイーサンの知る範囲での、ヒューゴー様の『忘れられない女性』の話を聞くこととなった。




