レナの失踪
いつものように私がランニングの為に朝早く起きると、そこに、いつもいる筈のレナはいなかった。
(珍しいなぁ。 寝坊かしら?)
ただし、その時の私はそれを、そこまで気にしてはいなかった。
私の朝が早いということは、もっと早くに起きなければならないということ。
ジョギング前のミルクを渡す位の仕事の為だけに早く起こすのは悪い。『わざわざ起きなくていい』と常に言っていたのである。
もっともレナは、一度も私より後に起きることはなかったけれど。
(でもそういうこともあるよね! レナだって人間だもの!!)
私の脳内に、筆と黒いインクで書かれた『人間だもの』という文字が過ぎる。
あんまり上手いとは思えない文字だが、前世で価値があった……ような気がする。
外には雪が積もっていたが、こんな日であろうともランニングは欠かさない。
雪でも素早く動けること……それは即ち、『雪だからこそ相手より有利』を意味するのだ!
(……私は何を目指してるんだろう)
ふとそんな疑問が湧いて出て、雪に足を取られてすっ転んだ。
空が青……いや、白い。
雪が落ちてくる空を見上げながら、私は思った。
(つーか私って、騎士科に進んだら超優等生なんじゃないの?)
学園にはふたつの科があり、更に科に所属した後でコースを選ぶことができる。
まず普通科。
この国の貴族の淑女・紳士として恥ずかしくないレベルの一般教養を学ぶところ。学ぶ『一般教養』の幅が広く、必修科目も多い。
平民であっても学べ、履修を終えて卒業することでそれなりの箔がつく。
普通科の中には『経済コース』、『執事コース』、『侍女コース』がある。
通常の普通科と基本的には同じだが、必修科目の量とバランスが若干変わる。必ずしもいずれかを選ぶ必要はないが、勉強の目的が最初から決まっている場合はコース選択をする場合が多い。
経済コースは領地経営に必要なことを学ぶようだ。
ざっくりなのはウチに領地がないことと、超面倒臭そうなので私は絶対嫌なため、有り体に言うとよくわからないのである。
侍女コースは当然女子クラス。
高位貴族の侍女に相応しい振る舞いを学ぶことができ、下位貴族女子に人気。
執事コースは何気に厳しく、履修科目がやたらと多いらしい。……補佐って大変ね~。
もうひとつの科が、騎士科。
こちらは領地を持たない貴族や、お金持ちの平民の嫡男以外、それに領地が広いお家の嫡男以外……それに騎士爵(一代限り)を持つ方の息子さんに人気。
女子もいるにはいるが、侍女コースに入って選択科目で騎士科の科目を履修する人の方が多いようだ。
騎士科では、まず王家への忠誠と国の為に尽くすことを誓うらしい。
だが実際、『騎士』のみを生業として生きる人は少ない様子。
卒業したから騎士爵が貰えるわけではなく、武功をあげてこそだが……前提として戦争がないといけない。
兵士と騎士は違う。騎士として常勤しているのは王城のごく一部だし、人数は頭打ち。それに戦争が始まり招集命令が降れば、騎士科で履修などしてなくても貴族の義務として戦地には赴く。当然騎士として。
なので騎士科を選ぶ人らは王家に忠誠を誓ってはいても、自領の警備や武力強化の為に……というのが現実的なところだろう。
ちなみに騎士科にもコースはある。
騎士コース、魔導師コース、魔導騎士コースである。
う~ん、ファンタズィー!!
正直なところ、勉強はなるべくしたくない。
前世の16年間+現世の8年超……私は思うように身体を動かせなかった。
それが今や『ジャンピング土下座 (※前宙つき)』を易々と繰り出せる程の身体能力を手に入れている。
無論、厳しい鍛錬の賜ではあるが……それを行えたのはひとえに『身体を動かすのが楽しかったから』だ。
──もう机になど向かってられないわ!
──精々二時間が限度よ!!
──集中力に関してなら、五分で切れるわ!
「──ねぇ?! 奥様ッ!」
とりあえず言ってみるが、周りには誰もいない。
まさにイマジナリー。
雪が音を消していて、いつもよりも静かだ。
時折バサッと音を立て、枝に積もった雪が落ちるくらいで、あとは耳を澄ますと雪がシャラシャラと音を立てて降っているのがわかる。
……シャラシャラいうのは、なにかに雪が触れる音なのかな?
う~ん、ファンタズィー!!(※ファンタジー関係ない)
暫くのんびりと雪が降るのを眺めていたが、
「──うぅぅぅ~、寒ッ! 走るのやめると寒ッ!!」
寒いので身を起こす。
いつだってファンタジーより現実が大事なのだ!
例えここがファンタジー世界であろうとも!!
──ん?!どういうことかな!?……ま、いいや!!
今日はいつもの牛乳を飲んでいない。
代わりに、帰ったらレナにホットミルクを作ってもらおう。
シロップ入りの、超甘いヤツ。
あ、ココアでもいいよね~♡
そんなつもりで家に着いた矢先のこと。
「ただいま~……」
「コリアンヌ!! レナ嬢は一緒じゃないのか?!」
血相を変えたヒューゴー様に捕まり、そこで初めてレナが消えたことを知った。
そしてその結果……私はレナの過去と、知りたかったヒューゴー様の『忘れられない女性』にまつわる話を聞くことになるのだった。




