レナとコリアンヌ
あの後『勘違いお人好し(←増えた)七光り』ことイーサンは、父とヒューゴー様に問い詰められ、私は久しぶりにレナの尻叩きの刑を食らった。
レナのパワフル尻叩きは今もって健在であり、私の麗しき桃はプラムと化した。
イーサンは『どうせ三男だし、とりあえず婚約しておいても家的に問題はない』という理由から、勘違いである私の『大人の事情による意に沿わない婚約』を防ぎ、そのうち解消したらいいや……ぐらいの気持ちだったらしい。
「アンタお人好しすぎでしょ!」
「いや、そうでもない。 どうせ俺らは腐れ縁だし、とりあえずでも婚約者がいれば学園生活を満喫するのに、『女子に絡まれずに済む』という利点もある」
「ぎぃぃぃぃっ!! さり気ない美形自慢が鼻につくわ!!」
「伯爵家との縁はウチにとっても魅力的だがねぇ……」
「お父様! 乗っからない!!」
そんな感じで……私達は賑やかに食事を行った。
訓練内容によってイーサンはこちらに泊まることもあるので、実はそんなに特別なことでもなかったりするのだが、今回はお父様がいる。
シュヴァリエ伯爵家との太いパイプ……悪くないかも、という欲が出だした腹黒いお父様に、イーサンが絡まれて大変だった。
──結局あの騒ぎはなんだったのか……というと。
見合いを勧められていたのはヒューゴー様とレナだった。
ヒューゴー様の見合いは想定内だが、レナの見合いはまるっきり想定外だった。
(でも考えてみれば、レナにそういう話がきたって全然おかしくないのよね~)
レナもヒューゴー様ほどではないが、女性の方が婚姻年齢が低いことを鑑みるとそれなりに『焦っていいお年頃』な筈だ。
没落したという家の事情はよくわからないが、知性も淑女マナーも備わっている上に、働き者で、更に筋力と胆力まであるレナには貴族はともかく平民のお金持ちから縁談の話がきていても、確かに全くおかしくない。
まあちょっとトウは立っているが、身体の丈夫さを考えると立派な子をポコッと産みそうだし。
──だがレナにその気はない様子。
(ははぁん……これは)
「レナったら……そんなにも私のお世話がしたいのね?」
「なんですかイキナリ」
「いいのよ、どうせ学園生活は寮なんだからお嫁に行っても。 そして卒業後に通いで来てくれれば」
「お嬢様……」
私の思いやり溢れる言葉にレナは、一言漏らしたきり黙ってしまった。
「そんなに感動するとは思わなかったわ」
「呆れてモノが言えないだけだろ」
「えっそうなのレナ!?」
「……」
レナは少しばかり間を空けてから『お嬢様の前向きさは尊敬に値します』と私への愛を口にした。
「ほらぁ(ドヤァ)」
「いや……明らかに揶揄だろ今の」
ヒューゴー様のお見合いの件には、食事の場では敢えて触れなかった。
おそらく険悪な雰囲気になったのは、そのことに間違いない。
(ヒューゴー様の『忘れられない女性』のことを、レナに聞けたら早いんだけどなぁ……)
ただ、それを聞くのは憚られる。
私はレナのお家の事情を知らないのだ。
彼女のお家がいつ没落したかもわからないので、そもそも知らないかもしれない。それに仮に知っていたとしたら、問題が恋愛絡みなだけにそれなりの年齢な筈だ。
私が生まれた時に既にレナはいた。
それを考えると知っていた場合、ちょうどお家の諸々でゴタゴタしていた時かもしれない……そう思うと聞けない。
(というか、私レナの年齢もちゃんとわかってないじゃない……!)
「ねぇ、レナっていくつだっけ?」
「今年28になります」
「……そういえばいつも『祝うような歳でもありませんので』とか言って……誕生日祝ったことない!」
その事実に驚愕。
これは我ながら酷いわ!
「事実祝うような歳では」
「シャーラァァップ!!! 長く生きてこそよ!? 私が言うのだから説得力があるでしょ! 生まれてきてくれてありがとう!! ……で、何月何日?! 今までウッカリしててごめん!!」
私は勢いよくベッドからジャンプして土下座するという……所謂『ジャンピング土下座』を前宙つきで披露し、謝罪した。
せめてエンターテインメントとして楽しんで頂きたい。
「…………ふっ、うふふふふふ……お嬢様ったら……」
(おお! ウケた!!──……)
「……レナ?」
レナが声を出して笑うのは珍しい。
笑わない訳では無いが、普段はどこまでもクール・ビューティなのだ。
でも、声を出して笑った筈のレナの顔は、なんだか泣きそうに見えた。
ただそれはほんの一瞬で──
「お嬢様、淑女としては落第点です」
と言ったあと、『正しい淑女の謝罪』を100回ぐらいやらされた。いつものレナである。
そして、いつもの日々は続いた。
──入学三ヶ月前のある朝、レナが突然いなくなるまでは。




