すれ違うふたり
「イーサン! よく来たわね!」
「コリアンヌ! 何があったんだ!?」
案の定すぐ来たイーサンに、父の時の様に玄関より手前まで迎えに駆け寄る。
勿論父の時の様に抱きついたりはしない。
先に事情を話す為である。
「……つーかなんでお前、ドレスなんか着てるんだ?」
イーサンは馬から降りると私をまじまじと眺め、怪訝な顔をした。
「実は……ウチのお父様がいらしてて……」
「──ふぅん、それで?」
「今お見合いのことで、ヒューゴー様と険悪な空気になってるみたいなのよ」
「良かったじゃないか」
「ん? まあ……そう言われてみればそうね。 でもホラ、(ヒューゴー様の想う)相手がわからないのだもの」
そう言うと、イーサンは怪訝な顔に呆れを含んだ声で言う。
「……相手もわからないのか? 教えて貰えよ、そういうことは」
「そんなの……聞けるわけないじゃない、大人の事情なのよ……!」
「──そうなのか……!」
自分だって教えてくれなかったくせになにを言う!と思ったが、何故かイーサンはショックを受けた様な表情をして、声を詰まらせた。
ようやくこの坊っちゃまにも、恋する乙女の繊細な心の機微というものがわかって頂けたようだ。
(ここは下手に出ておくべきね!)
「お願い! イーサンしか頼れる相手がいないんだもの!」
そう言うとイーサンは一瞬、そこいらの美少女が裸足で逃げ出すキラキラしい大きな瞳をより大きくした後、顔を隠すように俯く。
「…………ヒューゴー卿はいいのか?」
(どういう意味かしら? ……ああ、無断で聞いていいのかってことね)
「それを聞かれると正直痛いけれど……この先のことを考えるなら、(相手を知っておくくらい)いいと思うの」
「そうか……」
イーサンは俯いたまま、暗い声を発した。
(そんなにアレな相手なワケぇー?! もしや……社交界の重鎮かしら! 王族とか!! ヤダわ……ちょっと聞くのが怖くなってきたじゃないの!)
──でもこのコリアンヌ、人妻などには負けませんわよ!
──なんせヒロインですもの!!
──鏡よ鏡! 世界で一番美しいのは?!
ちなみに今ここに鏡はなく、何故鏡に問うたのかは自分でもよくわからないが……兎にも角にも鏡に問うた時だった。
「…………わかった」
そう言って顔を上げた、決意に満ちたようなイーサンの表情。
「──…………ッ!!」
それに息を飲むと同時に、脳内鏡(※友人に非ず)はこう答えた。
──世界で一番美しいのは、イーサン・シュヴァリエ伯爵令息でやんす!!
──間違いねぇでやんす!
──顔洗って出直して来いでやんす!!
キィ~! (※ハンケチを噛みながら)
鏡と言う鏡が私を愚弄しているわッ!!
確かにコリアンヌは『ちょっと可愛い程度の親しみやすい設定』だけど、他人(脳内だけど)に言われると腹が立つわね!
「どうした? 怖気付いたのか?」
「違うわ……ひゃっ!?」
イーサンは私の腕を掴み、足早に屋敷へと進んでいく。
「ちょ……イーサン?」
「俺に任せておけ」
その横顔は、何か知らんが滅茶苦茶凛々しい。
(どうしちゃったのかしら?)
だが自信ありげなので、任せることにした。
『任せておけ』って言ってるし。
「イーサン卿、いらっしゃいませ」
「ダスティンさん、こんにちは。 案内は結構です」
「ですが……」
愛想よく挨拶をするもダスティンさんの言葉を遮り、イーサンは私の腕を掴んだままズンズン進む。
彼はよくこちらに来ている上、なにより今私が隣にいることで、ダスティンさんは止める判断をしかねたようだ。
そのままヒューゴー様のお部屋までいくと、扉をノックした。
「え? ちょっとイーサン……」
まさか、直接尋ねる気??
あまりに意外すぎるイーサンの行動に、私も戸惑いを隠せない。
「──誰だ?」
扉の中からは、ヒューゴー様の不機嫌そうな声。……どうやらまだ緊迫した状況は続いているようだ。
「イーサン・シュヴァリエです」
「イーサン卿? ……どうされました?」
ヒューゴー様の声色も一転。
突然の来訪に戸惑いを顕にした様子が、声だけでなく、性急にグラスを置いて立ち上がり近付く物音からも感じ取れた。
「あっ私が……」
「いや、構わない。 私が行く」
合間に珍しく焦った様子のレナとのやりとり。
扉が開くとすぐ、イーサンは「失礼」とだけヒューゴー様に言って、父の元へ向かう。
それに慌てて父も立ち上がった。
イーサンの家は格上──状況としては、師匠のプライベートにいきなり乗り込む不躾な子供だが、その時のイーサンには家柄を感じさせる位の圧と気品を備えていた。
「御挨拶が遅くなり申し訳ございません、リヴォニア男爵。 私はシュヴァリエ伯爵家が三男、イーサンと申します」
イーサンが美しく礼をすると、益々慌てた感じで父も頭を下げる。
「ああ……そんな……私の方からご挨拶すべきですのに、これはご丁寧に痛み入ります。 エレン・リヴォニアでございます」
父はチラリと私を見た。
「これどういうこと?」という疑問がありありと感じる視線だが、私にもよくわからない。むしろなんでこうなっているのか聞きたいところ。
「イーサン卿……その、失礼ですがどういったご用件で……?」
「──」
父にしては珍しく、歯切れの悪い口調でイーサンに尋ねると……
奴ぁ間を置いたあと、とんでもないことを言い出した。
「コリアンヌ嬢とのお付き合いをお許し願いたく」
「「「「…………」」」」
私を含む、その場の全員が固まった。
──はあぁぁあぁぁぁぁっ!?!?
なんでそうなったんだよッ?!
声にならない私の叫び。
『なんでそうなった』──だが
(ん? ……あれっ?)
もやもやとイーサンとの先の会話で感じた微妙なズレが思い出される。
「ダメだ! まだ早いッ!! 大体賢者様との約束があったでしょう、イーサン卿!!」
「ヒューゴー卿は黙っててください! コリアンヌを娶る気もないくせに!! 私はリヴォニア男爵にお話しているのです!」
「イーサン卿?! え、なに、ふたりは好きあっているの?!」
「ええ。 ですからお任せください! 今は未熟な私ですが、これでも伝統あるシュヴァリエ伯爵家の血を引く者。 我が伯爵家の名に賭けて……」
(…………────あっ!)
「イーサンッ……誤か「このイーサン・シュヴァリエ、」」
全てを理解したが、時既に遅し。
『誤解が』と言う前に、イーサンは次の言葉を発してしまっていた。
「コリアンヌを質草にするような真似など、絶対にさせません!!」
アタ(痛)──────!!
やはりか──────!!
イーサンは『私の見合い話』だと勘違いしていたのだ!!
『大人の事情』から『知らない相手』との!
──結果、
「…………質草?」
「……イーサン卿? なにを言っている?」
更に困惑するふたり。
「遠慮なさらずとも大丈夫です! 家の威光とはいえ私の婚約者ならば、リヴォニア男爵家の内情が例え火の車でもっ……!」
そして、悦に入るヒーロー(気取りの厨二)、イーサン。
互いに勘違いしていたとはいえ……これは分が悪い。悪過ぎる。
「「いやいやいやいや」」
「……え? どういうことです?」
「それはこちらがお聞きしたいのですが」
(こういう時は、逃げるが勝ちよ! とっととずらかるぜェ~……)
Step1: 抜き足 Step2: さし脚 Step3: 忍び足にて、退散しようとするも、
「……お嬢様……どこへ行かれるおつもりで?」
レナに襟首を掴まれた。
万 事 休 す 。(自業自得ともいう)
この騒動で、私は多方面からきつくお叱りをうけたばかりか、結局なにも知ることができないまま……
ついに季節は冬となり、入学まで、あと3ヶ月となっていた。




