コリアンヌは高笑う
ジョンが私の部屋に現れたのは、それから3時間程経った頃だっただろうか。
「ジョン、お疲れぇーい!」
ハイタッチ気味の感じでジョンに駆け寄るも、ジョンは上体を上げるどころかご自慢のふさふさした尾まで残念そうに下げている。
『……問題発生だぜ、お嬢。 ふたりはなにやら険悪なムードだ』
「え、マジで?」
不穏な空気を察したのか、レナがそこに割って入った。
「お嬢様、ジョンはなんと?」
ジョン曰く……暫くは楽しげに話をしていたようだが、話が変化する中で段々と真面目な空気になっていき、そのうちにヒューゴー様が声を荒らげたらしい。
『ふ……俺は空気の読める男だぜ? 報告だけでなくふたりを宥める意味もあって、『外に出たい』とすかさず訴えたわけだ』
「なかなかやるわね。 ジョン……」
私はジョンに残りのジャーキーを与えた。
ジョンの話だけでは内容がほぼわからないが、なにぶんジョンは犬である。過度に期待してはいけない、とこれまでの経験で学んでいる。
「でもどうしようかしら?」
「断片的にでも内容がわからないか、聞いてみたらどうです?」
「そうね……ジョン、なにを言ってたか覚えてない?」
『そうだなぁ……覚えてねぇが……あ、ご主人がなにかをテーブルにバンって置いてたぜ!』
ヒューゴー様がテーブルに叩きつけたモノの形状は四角くて、大きさはどうやらA4サイズ位のようだ。
「もしかして……ヒューゴー様はお父様にお見合いの話を持ち掛けられたのでは! 険悪になったのなら可能性が高いわ!!」
──なんたる名推理ッ!
──よっ! 女探偵コリアンヌ!!
──ナイトスクープ所長! マッスルマッスル!!
脳内太鼓持ちが私を褒め称える。
最後の二文の意味がイマイチよくわからないが、金髪の逞しい男の人が『なんでやねん』と言いながら脳内に浮かび上がって、消えた。
どうも前世の記憶の殆どは私の無意識下の友人らの方へ、大幅に持っていかれている気がする。
「……確かハンコック卿は『忘れられない女性がいる』そうですね?」
「えっ? ええ……」
レナには相談をしているので、当然そのことも知っている──ただ、その話を彼女から出したことに、私は少なからず驚いた。
もともとこの話をレナに話したのは、ヒューゴー様より歳下とは言っても比較的年齢の近い、元・令嬢だから。
彼女ならなにか相手のことを知っているのでは、と思ったのである。
だが、レナは話してはくれないだけでなく「他人の過去を探るものではありません」と私を窘めた。
レナが唯一教えてくれたのは『その女性とは、ヒューゴー様が絶対に結ばれることのない相手である』ということだけ。
後はあまりよくない話のようで、聞いてはいけないオーラを醸していたのだ。
レナは暫し逡巡し、口を開く。
「私が様子を見て参りましょう。 そもそも私は、やんわりとお嬢様とハンコック卿との婚約を旦那様にお勧めする予定でしたし」
「まあ確かにそうだけど……」
「お嬢様はこの部屋で大人しくお待ちください。……宜しいですね?」
最後の一文『宜しいですね?』の圧がいつもより更に凄い。
こうなるともうレナにはさからえないので、仕方なくその言葉に従い部屋で大人しくしていることにした。
私はやることもなく手持ち無沙汰で、意味なく部屋をウロウロしながら考えた。
(レナの圧を考えると、私には聞かせたくない『オトナの事情』的な話なのかしら……)
『ヒューゴー様が絶対に結ばれることのない相手』……考えられるとしたら?
(──…………人妻?!)
──私には聞かせたくない話!
──結ばれることのない相手!!
──人妻に違いないわ!!!(確信)
「──ねぇ奥様ッ?!」
『おっと、俺は奥様じゃないぜ』
「ツッコミあざぁぁ~す!!」
これは調べずにはいられない!
「そう……『ジッチャンノナニカケテ!!』」
なんだかこの台詞が出てきたわ!!
……多分名探偵の台詞よね!よくわからないけれど!
(でもどうやって調べようかしら……ハッ! 使えるのがいたじゃない!)
それに気が付いた私はまず、手紙を書くことにした。
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大変な事が起きたわ!!
四の五の言わずにヒューゴー様のお屋敷に来なさい!
いいわね? 即! よ!!
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それだけ書くと、鷹笛で鷹を呼び出す。
名探偵にはなにがつきもの?
それはズバリ! ……助手!
もともと『ヒューゴー様に忘れられない女性がいる』と言ったのは奴……イーサンである。なにかしらの事情を知っているに違いない。
事情を聞くのは止められているけれど、この名探偵コリアンヌの推理を聞かせ、答えを合わせる位はさせてもらうわ!
ヒューゴー様(※マッスル)を師として崇めるイーサン(※ヒョロ男)だ。
この手紙を読めば直ぐにやってくること請け合い。
「七光り・イーサン……アンタに私の名推理を聞くという、誉ある役目を与えて差し上げてよ! オーッホッホッホ!!」
私は鷹の到着を待ちながら、晴れた秋の青空に向かって名探偵気取りで高笑いした。
……名探偵って高笑うものかしら?
どちらかというと『悪役令嬢』じゃない?
ま、いっか!!




