父・襲来
遠くからガラガラとこちらに近づく音。
ソワソワしながら部屋で待っていた私は、大きな掃き出し窓まで走り、バルコニーに飛び出るように勢いよく窓を開けた。
馬車が入ってくるのをそこから目視すると、いても立ってもいられなくなり今度は玄関の外まで走る。
いつもは注意するレナも、今日はしてこなかった。
玄関先よりも少し手前で馬車から降りたのは……やはり父、エレン・リヴォニア男爵だった。
「お父様~♡♡」
両手を広げ、満面の笑みを浮かべた父の胸へ。
「コリアンヌ~♡ 久しぶり、私の仔猫ちゃん! お父様だよ!」
「ええわかっておりますわ! 先月会ったばかりですもの、私も成長しましたが、流石にまだ耄碌には早い年齢でしてよ!」
「どんどん口達者になるなぁ~。 そんな仔猫も囀るカナリアの様で可愛らしいね!」
「お父様はお変わりなく!」
父は飛び込んだ私の勢いを受け流すように半回転しながら、いつものように臀部が痒くなる様な比喩の入った挨拶をした。
父は相変わらず若く、美形のチャラ男である。
まあ愛想が売りの商人なので、当然といえば当然なのだが……これで母だけを溺愛しているのだから、肩透かしを喰らった女性はたまったもんじゃないな~と思う。
私よりよっぽどヒロイン向きだ。
設定上のコリアンヌは、父似だったに違いない。
大体にして、褒め言葉がいい加減すぎる。
仔猫なのか小鳥なのかハッキリしていただきたい。
「それよりお母様と妹……か弟の具合は?!」
「順調だよ! 実はもう安定期なんだ。 頑張るコリアンヌを心配するマグノリアから、口止めされていたんだ。 報告が遅れてごめんね」
「まぁ……お母様ったら」
道理でダスティンさんが知っていたわけである。ヒューゴー様も当然先に知っていたのだろう。
水臭い、とほっぺを膨らますと「ゴメンゴメン」と雑に謝られた。
……まあ元気だとわかったから、いっか。
玄関で待っていたヒューゴー様がにこやかに声を掛ける。
「エレン、おめでとう」
「やあヒューゴー! はは、改めて言われるとなんだか擽ったいな。 君には世話になっていながらも、少しコリアンヌを取られた気分だったのだが……おかげで、というか……嫌だな恥ずかしい。 つい君の前では素になってしまうよ」
「まあまあ、こんなところで話もない…… いい酒を用意しているんだ。 愛妻家の君のことだ、最近飲んでないんだろう?」
「ご明察。 そりゃ有難いお誘いだ。 昼間からとは、贅沢だなぁ」
なんだか男同士で盛り上がってやがる。
普段ならここで「も~コリアンヌをおいてけぼりにしてぇ~! そうはさせませんわよ!」などとあざと可愛くプンプンした後、無理やりひっついていくのだが……
(酒…………)
どうやら酒を飲むらしい。
酒を飲む→ご機嫌。
(こ れ は ッ !)
──チャンスでやんすよ姐さん!
──ご機嫌に酔い出した頃を見計らって、『ヒューゴー様との婚約』を取り付けるでやんす!
──ヒャッハー! なんていい考えだ!!
脳内舎弟らが私にそう囁いた……というより、既に盛り上がっている。
なんだ、お前らも飲んでいるのか?!
(でも確かにいい考えね! ナイスアイデアだわ!!)
「ヒャッ……ゲフンゲフン……大人の会談ですのね?」
「あ……勿論今から皆で昼食をとってからだが!」
私の言葉を非難と取ったのか、ヒューゴー様は慌てて注釈を入れる。──しかしこのコリアンヌ、そんなつもりは毛頭ございませんことよ!
「ここは淑女として邪魔をしないよう、私は暫く部屋で大人しくしておりますわ。 頃合いを見て、お話に参加させてくださいませね?」
しっかり頃合いを見てからの参加フラグと、淑女アピールをすることも忘れない。
ついうっかり『ヒャッハー』と言いそうになったのは、ご愛嬌である。
昼食の最中、父は言う。
「──てっきり『も~コリアンヌをおいてけぼりにしてぇ~!』とプンプンするかと思っていたのだが……パパはちょっと寂しいなぁ」
流石私のパパ、わかってるゥ~!!
でも一筋縄ではいかない女!それがコリアンヌよ!!(ドヤァ)
「ふふ、コリアンヌ嬢も日々淑女へと成長している……そういうことさ」
「君にも師事すると聞いた時には、オーガみたいになるんじゃないかと少し心配していたんだが、杞憂だったみたいだね」
「ははは、相変わらず失礼なヤツだなぁ」
流石私のパパ、さりげに辛辣ゥ~!!
本当ヒューゴー様の松岡修〇化には、このコリアンヌですら一言言いたいくらいだわ!
言っとくけど私の淑女力に関して、ヒューゴー様は一片足りとも貢献してないですからね!
レナと屋敷の方々のおかげよ?!
しかしそこには口を噤んでおく。
楽しく昼食を済ますと、私はニッコリと優雅に微笑みカーテシーをとった。(※淑女アピール)
「それでは私は下がらせていただきますわ。 お二人共、どうぞ楽しいひとときを」
そう言うと、一足先に下がるフリをした私はおもむろに、犬用ジャーキー(※塩分カット)を手に『グラマラス・ブラック』ことヒューゴー様の愛犬であり心の友、ジョンの元へ向かう。
「ぬっふっふっふっふ♡ ……さあジョン、ふたりの話をしっかりと聞いておいてね! イイ感じに酔ったところで私の部屋に迎えに来るのよ!」
『ふっ、任せときな。 ……おっと、礼は弾んでくれよ』
「勿論! これは前金よ!」
私はジョンに隠密行動を頼んだのである。
ジョンはご機嫌で犬用ジャーキーにかぶりついた。
一筋縄ではいかない女……それが私、コリアンヌよ!!(ドヤァ)




