始まりは福音と共に
『幼児編』の終わりは三ヶ月前の冬なんですが、こちら『学園生活直前編』の始まりは秋からとなっています。
それは、枯葉舞い散る秋のこと──
はらはらと落ちていく葉に、自身の淡い初恋を重ねながら、格子窓にもたれかかり儚げなため息をつく……
──な ん て 余 裕 は 私 に は な い 。
イーサンの言っていたことは気にはなっているものの、私にそんなセンチメンタルな季節など関係なかった。
今日も今日とてW鬼コーチからの地獄のトレーニングが待っているのである。
考えるなら、走りながらだ。
「いーもんね! 『あの葉っぱが全部落ちたとき、私の生命も……』とか考えないだけマシだもんね! そうでしょ奥様!!」
「おはようございます、お嬢様。 牛乳ですよ」
「最早ツッコんでもくれない!!」
コリアンヌの朝は、一杯の牛乳とランニング(※10km)から始まる!
全くもって病弱設定とは程遠い身体になってやったわ!!
「おはようございますコリアンヌお嬢様、ご実家から緊急の連絡が」
朝のランニング前に、執事長のダスティンさんから声を掛けられる。
随分早い時間だが、手紙が届いたらしい。
ダスティンさんは内容を知っている様子。ニコニコとしているので、嫌なことではないようだ。
「ありがとう。 なんだろうなぁ~…………ごふっ?!」
「ハンカチでございます」
「恐れ入ります」
ダスティンさんが差し出したハンカチを受け取ったレナが、私の口周りを拭く。
病弱だと思われていた男爵家の家人は、いちいち吐血に驚いていたものだが、こちらではもうなんか恒例行事みたいになっている。
おかげで新しい人が入ると叫ぶのですぐわかる。
「けふ、ありがとう……驚きのあまり吐血しちゃったわ……」
「……牛乳が混ざってますね、ピンク色です。 それで、手紙にはなんと?」
封を開けると吉報だった。
母が懐妊したそうだ。
(やはり妹は産まれるのね!)
ダスティンさんは、にこやかに私とレナに告げた。
「男爵様が、旦那様への報告に本日こちらにいらっしゃるそうです」
「まあ……じゃあトレーニングは中止ね。 わかりました」
父は私の世話代やお礼を渡すのと、成長を確かめる為に定期的にこちらにやって来ている。
元気になった私を見て、早々に実家に戻そうとするも『賢者様の弟子』という稀有な立場を私が得たことで、特別ごねることもなくここに留まれることとなった。
賢者様が偏屈で弟子を取らなかったおかげと、長いものには巻かれがちな父のおかげである。
賢者様には鷹を使って文を飛ばし、私は久しぶりに令嬢らしい恰好に着替えさせられた。
「妹ができるのか~、嬉しいな~」
「お嬢様、お口にお気をつけあそばせ……まだ『妹』とは決まってないんですから」
「あ、そか」
「それよりも……まだこちらにいる気でらっしゃいますか? もう充分今の時点で出来得る『フラグ回避』とやらはなさったのでは」
レナは今年に入ってから、なにかにつけて私を実家に帰そうとする。
レナの言い分はこうだ。
・もう学園生活が目前であるため、王都に戻った方がなにかと都合がいい。
・『フラグ』云々を考えるならば、早めに学園生活で友人となる筈の同級生と関わりを持つべきである。
・既に健康には問題は無い。(血は吐くけど)
・学園生活は寮である。寮に入る前に家族との時間を過ごした方が良い。
……etc.
「もっともなんだけど、まだヒューゴー様に女性として意識されてないのだもの」
「今のご関係では不可能です。 むしろ離れて女性らしくなったところで再会なさる方が」
「そ~なんだけどぉ~……」
正直に言うと、ここでの生活が惜しい。
汗がしたたる筋肉まみれの稽古場で自らの身体を磨きながら、目に潤いを与え……動物や自然と戯れながら過ごす日常。
街の人達は皆(あの賢者様の弟子という同情から)非常に親切。
常に保護者つきの私は同年代の友達はできていないが、自警団の方々やそこで働くお姉さん達とは仲良くなった。
人間の友人こそいないものの、『高貴なる赤毛』セルヴァ氏(※ヒューゴー様の愛馬)や『グラマラス・ブラック』ジョン(※ヒューゴー様の愛犬)とはもう、『心の友』と書いて親友である。
人間の友達は欲しいが、王都に戻ったら精々、着飾ってシャレオツな貴族御用達のティールームでアフタヌーンティーでもしばきながら、やれ『刺繍』だの『詩集』だの乙女ちっくな話題に花を咲かせるレベルのことしか出来ないに違いない。
──刺繍をしながら詩集に酔う!(No!)
──始終そんなじゃ死臭漂う!(Yes!)
──比重はこっちだ移住しYO!(Go!!)
「チェケラ!!」
「……お話になりませんね。 私の方から旦那様に話してみます。 よろしいですね?」
「BOOOOOOOO!!」
私の魂のライムは通じず。
レナは全く相手にしてくれなかったばかりでなく『よろしいですね?』と尋ねる形をとりながらも、そこには決定である圧が物凄い。
「……お嬢様、そう肩を落とされませんよう。 差し出がましいことではありますが、お嬢様がヒューゴー卿との婚約をお望みであることも、私の方からやんわり示唆致しましょう」
「本当?!」
「ええ、まずは様子を窺いながら段階を経てのつもりですから、今直ぐにとはお約束できませんが。 奥様がご懐妊ならいい機会です。 安定期に入られた頃に本格的に打診するのが良いでしょう」
「流石はレナ!!」
私も今まで散々言ってはみているものの、鼻で笑われただけである。
確かに妹ができるこの機会は絶好のタイミングな上、私の入学も目前。
私の話などマトモに取り合わない父も、レナの話なら耳を傾けるに違いない。
レナは賢い元・ご令嬢であり、弁も立つ。
政治的ななんちゃらを持ち出して上手い具合に腹黒の父の興味を引けそうだ。
そしてなによりレナは、父の溺愛する母のお気に入りでもある。
「…………勝ったな」
私が渋くそう言うと、脳内で前世の記憶にうっすら残る、眼鏡の軍服ナイスミドルが『ああ』と応えた。
誰だかはよくわからない。
この時の私は、勝利を確信していたのだ。
自分はなんもしとらんけど。
これが後の騒動の発端となることを、私はまだ知らない。
コリアンヌ「次回、『父・襲来』!! この次も、サービスサービスぅ♡」




