師事する為のふたつの条件とは!
熊さんを美味しく頂いたところで、隣に座っていたイーサンが口を開いた。
「賢者様! 俺に魔法を!! 教えてください!!!」
一語一語がいちいち強くて、なかなかウザい。見た目は美少女の癖に残念な子だ。
「やだよ、めんどくさい。 なんで俺がダンジョ……ゲフンゲフン、聖殿管理なんてしてると思ッてんのヨ。 貴族超めんどくさいもん……必要以上に関わりたくない」
そして賢者様も負けず劣らず残念だったが、イーサンは諦めない。
「賢者様の弟子だとかを自慢気に触れて回ったりしません! なんなら酷い目に合わされたと言っておきます!!」
「うーん……ならいいかなぁ」
「ありがとうございます!!」
「え、それでいいんだ?」
なんかそれでいいらしい。
賢者様は結構変わっていると思う。
賢者様はチラッとヒューゴー様を見て、それからイーサンだけでなく、隣の私も含めて話を続ける。
「別にいいっちゃいいけど……ふたりとも無駄に魔力が多いせいでアンバランスなんだよなぁ。 一旦魔力を封じるから、身体を鍛えてきなよ」
イーサンは私の顔を一瞥し、真剣な顔で賢者様に尋ねた。
「……俺の魔力は多いんですか?」
「うん」
てっきりここぞとばかりにヒューゴー様に迫るかと思いきや(私ならまず間違いなくそうする)、私に言われた通り魔力が多かったことが、まだ俄には信じ難いといった様子だ。
それを気にすることもなく賢者様は頷くと、私がしたのと似たような説明をより詳しくする。
曰く、コントロールできない程魔力が多い人間は殆どいないそうだ。
従来の方法での魔力測定に穴があるのは理解しているが、賢者様は特に是正を呼びかけるつもりはないらしかった。
「そもそもそういう人……多すぎる魔力を有用に使えるようなのは結局、自分で魔力に気付いてどうにかしちゃうの。 で、気付かないまま魔力が残るヤツは更に稀なんだ。 魔力なんて少しなら便利だけど、多くてもろくなもんじゃねえ……魔力測定自体意味無いっつーか。 魔力量なんざ知らないでも過ごせるなら、それでいいと思うね」
イーサンは納得がいかなさそうな顔をしていたが、私は賢者様の仰ることもわかる気がした。
もし勝手に消えてしまうなら、別に構わない。
ぶっちゃけ、私は厨二と違うので魔力なんて要らん。
──でも私は『乙女ゲーム設定』どおりならきっと、稀な方に入ってしまう。
(っていうか、既に気付いて対処しちゃったしなぁ……)
器を広げるという目論見は間違っていなかった。
主に環境頼りとはいえ、気付いて対処した今、身体が魔力にほぼ阻害されていない状況。
設定とは既に違えど、これでは魔力が勝手に消えたり、減ったりすることもないだろう。
「『身体を鍛えろ』というのは体内の魔力に堪え得る身体を作ったら、魔力を上手く使える……ということでしょうか?」
「うん、そう」
私はただ器を広げるだけで、そこまでのつもりはなかったが……それなら余計にオイシイ話ではある。
いくら『厨二ではないから要らん』とは言ってもなくなるわけでなし。あって、使えるならば、使わなければ損だろう。
(どうせ身体は鍛えるつもりだし……それに)
それに……やっぱり魔法使えたらカッコイイじゃん?!(※厨二的)
「ふぅ……仕方ないわねイーサン。 私もアンタに付き合って魔法を覚えてあげるわ!」
「どうしてそうなった?! お前ただ単に乗っかっただけだろ!」
「あら嫌だ、細かいことを気にするなんて男らしくなくてよ?」
私とイーサンが揉め始める中、賢者様はさしたる興味もなさそうに言う。
「まあふたりの方がいいような気はするね。 ふたりの魔力の質が逆なんだよ。 こまけぇ説明は省くが、教えるのには色々都合がいい……俺だって暇じゃねーんだ」
「「お願いします!」」
一も二もなく私達は決断した。
「ただし、俺からはふたつ条件がある。 ひとつは身体を鍛えることね。 ──で?」
テレッとした生地のモモンガパンツに包まれた脚をやる気なく組み、お茶を飲みながら賢者様はそう言うと、ヒューゴー様を見る。
私達はそれを合図のように、ヒューゴー様に熱い視線を送った。
「…………仕方ありませんね」
苦虫を噛み潰したような顔で、珍しくお行儀悪くテーブルに肘をついたヒューゴー様がそう言う。
私とイーサンは喜びのあまり手を握り合った。
「やったぁ!」
「あっ……ありがとうございま」
「も う ひ と つ の 条 件 !!」
──だが、賢者様の強い語気に場の空気は一変した。
「俺の弟子になったら……」
私達は続く言葉を待つほんの少しの時間に、その言い様もない圧への恐怖からゴクリと唾を飲み込み、なにを言われるかを待つ。
一体どんなことを言われるの?!
厳しい条件が待っているに違いないわ!
「俺の弟子になったら、
男 女 交 際 は 絶 対 禁 止 だ !!」
「「エェ──────────!?!?!?」」
なにそのアイドルみたいな条件!!!!
いや厳しいっちゃ厳しいけど!!
ヒューゴー様は苦笑を浮かべつつ言う。
「賢者様……おふたりは貴族です。 そもそも気軽に男女交際はできませんから」
「ふん、そうか」
そのあと、急にヒューゴー様は真面目な顔をした。
「ですがこの先、特にコリアンヌ嬢は縁談の話など早々に出てくると思います。 それを阻むような条件は問題が……」
「チッ……ああ、そうだな。 ではこの国で成人となる16迄は、チャラチャラ異性と戯れ、リア充の臭いを撒き散らすこと勿れ! ……これでどうだ?」
「なるほど、それなら良いでしょう」
まさかのヒューゴー様も賛成。
安定の保護者ポジである。
だが私はハッキリ言って困る。
ヒューゴー様はもう27歳なのだ。
今は保護者ポジでも、これから成長と共に愛を育んでいくという、私の計画が丸潰れである。
「賢者様!! どこまで該当するのかがわかりにくいです! 人を想う気持ちは止められませんわ!」
「ぬかせ! そんな軟弱な精神など要らぬ! 俺がルールブックだ!!」
「具体性皆無?!」
焦る私に対し、ヒューゴー様は宥めるように仰った。
「大丈夫だよ、コリアンヌ嬢。 君は女の子だから色々ロマンスへの憧れもあるだろうが……独身の貴族における紳士・淑女の節度を守って生活すればいいだけの話だ。 魔力を多く持ち賢者様に師事する君なら、16からでも良縁は充分に見込めるだろう。 焦ることはない」
「ヒューゴー様……」
違うのにィ~!!
それで焦ってるんじゃないのにィ~!!
「それに君は言っただろう? 『7年なんてすぐだ』と。 ……正直なところ私は安心しているのだよ。 これで君に変な虫がつく心配がなくなった(※あくまでも保護者的見地)」
「ヒューゴー様……!!」
ヒューゴー様ったら……
ヒューゴー様ったら!
ヒューゴー様ったらぁぁあぁぁ!!!
「わかりました! 私頑張りますわ!! 血を吐くほど!!」
「いや、血は吐かんでいいだろ。 つーかお前今だって普通に吐くんだろうが」
イーサンが折角の感動に水を差す。
どうやら熊から逃げた際の、私の吐血を根に持っている模様。
「フン……アンタこそ血を吐くほど努力しなきゃダメなんじゃないの? そんな美少女みたいじゃ男女交際よりも同性からのアプローチを心配する様よ、七光り」
「するさ! 7年がすぐだと言うなら1年なんかあっという間だ……1年後は逞しくなっている!」
そう言うとイーサンは右手を差し出した。
「…………お前には負けない」
「フフ……」
なんてカッコイイことを。(※揶揄)
厨二なイーサンの右手を握り、固い握手を交わした私達は……晴れて賢者様とヒューゴー様、ふたりの弟子となったのだった。




