賢者様降臨!
「ヒューゴー様ぁぁ!!」
「全く、心配させてくれる……」
私の頭をポンポンすると、ヒューゴー様はそう言いながら笑う。
「どうやってここまで?」
「発された光に向かって来た。 コリアンヌの叫びで大体の場所が特定出来たが……ただ、間に合ったのは……」
ヒューゴー様が途中から微妙にトーンを落としたあたりで、イーサンが割り込んできた。
「ヒューゴー卿」
「「!!」」
イーサンはいきなり跪き、それに驚く我々をよそに、こう宣った。
なんかやたらとキラキラした目で。
「俺……いや、私を弟子にしてください!! 強くなりたいんです!」
「「?!」」
なん……だと……?!
「──アンタは賢者様目当てできたんじゃないのッ! この浮気者ぉおぉぉ!! こふっ……!」
「うわッコイツまた血ぃ吐きやがった! ……なんだ浮気者って?!」
「ヒューゴー様に師事するのは私が先だもん! ねーヒューゴー様!?」
「なにを言ってるんだふたりとも!?」
ウッカリ忘れていたが私の当初の目的はそれである。イーサンに先を越されてしまったが、この際乗っかることにした。
私は吐血しつつも、ここぞとばかりに強引にヒューゴー様に迫る。
「ええい、離れろ!」
しかしヒューゴー様の左半身に抱きつく私の身体を、イーサンは無理矢理引き剥がそうとしてきやがった。
「ヒューゴー卿のお身体に貴様の不浄な血がつくだろうが! 血みどろ男爵令嬢!!」
「黙らっしゃい! 貧弱我儘伯爵令息!!」
「最初から思っていたが、お前不敬だぞ!」
「あら? アンタ自身に敬う要素なんてあった?? この七光り! レインボー野郎!!」
「なんて口の悪いヤツだ!!」
貧弱さと疲労により私の身体を剥がすことができない上、口でも敵わないとみた七光り・イーサン。
奴は私から手を離すと、ヒューゴー様の右側に走り再び跪く。
そして持っていた剣を、鞘ごとヒューゴー様に差し出した。
「お願いします! 俺を男にしてください!! この剣は差し上げます!!」
「あぁぁあああざとーいッッ!!!!」
私はクッキーしか持ってないというのに!
「いや、しまってくださいイーサン卿……」
「そうよそうよ! ヒューゴー様は物に釣られるような男じゃなくってよ! ……ヒューゴー様、コリアンヌ一生のお願いっ♡」
「どっちがあざといんだ!!」
「うっさいわ!」
「ふたりとも落ち着かないか……!」
イーサンと私が揉め、ヒューゴー様が宥めにかかったその時である。
『──くさい……』
「「え?」」
突如、空から声が降ってきた。
『……くさいぜぇ……俺がちょっと出掛けてる間に……俺の嫌いな臭いがプンプンしてきやがる……』
「はっ! 賢者様!!」
「「賢者様!?」」
「賢者様、私です! ヒューゴー・ハンコッ……」
『問答無用ぉおぉぉッッ!!!!』
熊の咆哮以上に強く響いたその怒声は、空気をビリビリと振動させ、地を揺らし、木の幹はミシミシと音を立てる。
──だがそれは、後に思い出された光景である。
「ひゃぁぁぁ!?」
「なんだコレ!?」
三人は上からバッサー!と落ちてきた網によって捕縛されていた。
「…………はぁ」
「ヒューゴー様ッ」
「どういうことですコレ?!」
網の中で私とイーサンはうごうごしながら、溜息を吐くヒューゴー様に詰め寄る。
詰め寄るとはいってもこの網、身体に張り付くというか……動く度に自由が奪われるので、近付けないのだが。
ふたりが蠢く中、ヒューゴー様は一人まんじりともせず、死んだ魚の様な眼をして言った。
「……賢者様はリア充がお嫌いなんだ」
「「…………」」
私達は言葉を失った。
──おそらく、思うところは一緒だろう。
”熊に襲われた時は出てこなかったクセに……”
「そりゃ仕方ねぇだろう。 俺は出掛けてたんだから。 ただ、いないときでもちゃんと、不審者が死にそうになる前に助けるようにはできてるんだぜ?」
──今、私達は賢者様のお宅である神殿の中にいる。
廃墟となっている神殿だが、一部が壊れてはいるものの立派だった。
ただし賢者様曰く、「使えるのは1階の一部だけ」らしい。
そこをイイ感じにリフォームしてある。
使い勝手が良さそうで、匠の気遣いを随所に感じさせる居心地のよい空間。──それは私がおもわず『なんということでしょう……!』と発する程。
祈りを捧げる大聖堂から先は入ってはならないそうだ。おそらくその先がダンジョンになっているのだろう。
あのあと空から現れた賢者様は、ヒューゴー様と少し話すと「なーんだ」と言って縛を解いた。
なにが「なーんだ」なのか釈然としない部分はあるが、まあ置いておく。
賢者様が指を鳴らすと一瞬にして網は消えた。
性格はともかく、凄い人なのはよくわかった。
性格はともかく。(二回目)
私の不満に対して先のように答えた賢者様に続けて、ヒューゴー様も言う。
「だから私はあの時、間に合ったんだ。 確かに私はふたりの場所を特定はしたが、その時の位置からでは到底間に合っていない」
「そうなんですか……」
賢者様は今……フリフリのエプロンをつけて、捌いた熊を手際よく調理しているところである。
部屋のセンスはいいのに、エプロンが残念。
どこの若奥様だよ?
「で? 今日は誰がなんの用?」
おたまで熊肉シチューを掻き混ぜながら賢者様が尋ねると、イーサンが席を立った。
「ご挨拶が遅れまして申し訳ございません、賢者様。 私、シュヴァリエ伯爵家が三男、イーサンに御座います。 私に魔法を教えて頂きたく馳せ参じました!」
再びキラキラしい瞳でイーサンがまたなんか宣った。
……既に冷静になった私は、ヤツがどういう人間かわかった気がしている。
「ふ~ん? でもヒューゴーにもなんか言ってなかった?」
「勿論ヒューゴー卿にも武術、剣術を教わるつもりです」
「いや、私は了承しておりませんが」
「ご了承頂くまで諦めません」
無駄にキリッとした顔でイーサンは言う。
「──いいじゃないですかぁ、ヒューゴー様」
ヒューゴー様は溜息をつくが、私は協力してやることにした。
イーサンがどういう人間か。
『閃光稲妻』でもおわかりになるかと思う。
ただの目くらましにあのセンス……長ったらしい詠唱、そしてその内容。
ヤツはおそらく『強くなりたい系厨二』。
きっとベッドで、ノートに技名を沢山書いたクチだ。
──病弱あるあるである。
ここにきてようやく私は、初めてイーサンに同情している。
私は知っている……いずれ、それらは黒歴史となることを。
「私のおとうと弟子ということで」
「いやコリアンヌ嬢、君のも了承してないからな?」
「うふふ、ヒューゴー様ったらご冗談ばかり♡」
「とりあえず食べない? 熊肉シチュー」
賢者様の一言で、私達はとりあえず熊肉シチューをご馳走になった。
熊は右手のひらが美味しいらしい。
スプーンを動かしながら、熊に『美味そうだな』と言われたことを思い出す。
まさか熊も私達に食べられるとは思っていなかっただろう。
まさに、『焼肉定食』ならぬ『熊肉シチュー』……ではなく『弱肉強食』。
野生の厳しさに思いを馳せつつ、シチューはおかわりした。
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水渕成分様の感想から、更に加筆修正。
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