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アイシア、決断の時!

 悪魔的な魅力とでも言うべきだろうか。それくらい目の前の人物が放っている雰囲気は特別で私の目を引き付けて止まない。声を出したいのにどうしても飲まれてしまう感覚があり、絞り出すように言葉をだす。


「わ、私は……アイシア! アイシア・フィル・アルスタイン」


「アイシア……お前は人間なのか」

「私は人間ですけど、あなたは?」

「我の名はマルファス……と言うらしい」

「……らしい?」

 

らしいとはどういうことだろう。言葉の意味を計りかねた私は首をかしげた。


「我はまだこの世に産まれたばかり、下界の事も魔界の事もほとんど分からぬ」

「名前はどうやって?」

「四天王と言う者たちに教えられた。本来なら先代の魔王の記憶を引継ぎ生まれてくるらしいのだが、我には何の記憶も残っていない。皆は我を魔界を統べる王として祭り上げるが正直実感がない」

「そうなの……あなたはひとりぼっちなのね」

 

周りがなんと言おうとも自分で自分の事が分からないのであれば、ひとりでいる事に変わりない。



「独り……確かにそうなのかもしれないな。皆は我を知っているが、我は誰も知らない。尊敬の念を込めて声をかけられてもそれに応えることが出来ない。我にしてみれば皆赤の他人に思えて仕方ないのだ」


 知らない人たちから持て囃される感覚はなんとなく分かる気がする。一国の王女であった私も民たちからの声を受けることはあったが、観衆としか見ていなかった気がする。それも今となっては懐かしい思いでであり、祖国ではきっと盛大に悪者扱いされている事だろう。


「私もひとりぼっちなの。とある理由で国から追い出されちゃって、気づいたらこの森にいて、あてもなくさまよって、そしたらあなたに出会ったの。あなたはどうしてここに?」

「城で一人あれこれ考えているのも窮屈になったからな。気晴らしにどこか他の地へいこうと思ったのだ。もしかすれば我の知っている者が、あるいは場所があって記憶が戻るかもと思ったのだが……」


 自分探しの旅ってところかしら? 私は今の辛い記憶を消してしまいたいと思っていたけど、記憶がなくなるのも考えものね。 それにしてもさっきからずっと我慢していてもう限界が近い事がある。


「そうだったのね。……とりあえずすごく喉が乾いているから水を飲んでもいいかしら」

 

湖の水を手ですくい上げ口元に運んでいく。幸いとても澄んでいたので普通に飲んでしまっても問題なさそう。


「お前はなぜそんなにボロボロなのだ?」

 

喉が潤ったところで少し落ち着いてきたのか話をするにも余裕が出てきた。


「ここに来る途中に魔物に襲われて、必死で逃げてたら崖から足を踏み外して、真っ逆さまに転がり落ちて……もう踏んだり蹴ったりだったわ!」

「飛んで逃げればよかったではないか」

「私は空なんか飛べないわよ! というか人間みんな空なんて飛べないわ」


 何を言っているんだと一瞬思ったが、この人は記憶がないんだっけ。少々常識外れなところは目をつぶるしかない。


「そうなのか、人間とは不便な生き物だな」

「……そうかもね。人間なんて蓋を開ければ自己中で私利私欲で動いて金に汚くて……優しい人はほんの一握りかもしれない」


 不便……とは違うかもしれないけど、裏切られた私にとって人間はとても愚かな者としか思えなくなってしまった。もちろん優しい人だっている事は分かっているけど今は……


「お前はどんな人間なのだ?」

 

マルファスがジッとこちらを見つめてくる。その赤い瞳に見つめられると、まるで心の中を読まれたような気がしてくる。


「私は……一国の王女として誰に対しても分け隔てなく接するように言われてきたわ。そうなれるように日々を送ってきたつもりだったのだけど、こんなボロボロのみすぼらしいカッコで言われても説得力ないわよね」

「一国の王女、そうか。……お前はこれからどうするのだ?」

「どうしようかしら。他の国には頼る人もいないし、そもそもここがどこだか分からないし。けっこう詰んでるわね」


 本当に万事休すである。行く当てもなければ、こんなところでさまよい続けたくなんかもっとない。これから先のことを考えて絶望に頭が染まりかけたときマルファスは意外な言葉を口にした。


「ならば我とともに来てくれぬか?」

「え!? あなたと?」

「我は何も知らぬのだ。王としてのふるまい方も人間という生き物も。どうせ行く当てがないのだろう? ならばお前が一国の王女として上に立つに相応しい振る舞いを教えてくれ。そして初めて人間と言う者に出会って興味が沸いた。お前を連れて帰りたい。」


 突然の提案にかなりビックリしてしまった。まさかそんな……でも行く当てなんてないし、これから先のことを考えるだけで不安だし。あぁ、でも人外の魔物について行っても平気かしら。話した感じは別に悪い人って訳じゃなさそうだし、それに最後の言葉は……


「それって……」

 

プロポーズ……な訳はないよね。そんな考えなさそうだし。でも少しキュンとしてしまった。これは特別な感情なんかじゃなくて私の今の心が荒んでいるからだきっとそうに違いない!


 早口で己の心にそう言い聞かせ、脈打つ心臓を落ち着けようとする。色々葛藤はあるけど悩んでいても仕方ない! 覚悟を決めるのよ、アイシア!そして意を決してマルファスに答えた。



「わかりました。私をさらってください!」




 相手は白馬の王子様でも異国の素敵な殿方でもなかったけど、憧れていたこの言葉を言えた事にちょっと満足した私は、これからの運命を彼に委ねてみてもいいかなと思っていた。




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