運命の出会い
今起きていることはきっと夢に違いない。でなければ、あの優しいお父様とお母様が私を追放するはずがないのだから。
「お父様……噓ですよね? なぜそのようなことを仰るのですか?」
「アイシア、見苦しいぞ! 王はお前を追放すると言ったんだ! おい、こいつをつまみ出せ! 顔を見るのも虫唾が走るからな」
シグルドがそう言うと周りにいた兵士たちが私を取り押さえる。
「そのまま地下牢に連れていけ!」
「やめて! 放してください! お父様、お母様!!」
力ずくで連行されていく中、懸命に右手を伸ばすもその手は空を掴むばかり。お父様とお母様は変わらず玉座に座っていて、助けには来てくれない。
そして兵士に連れられるまま、見たこともない部屋から下に下に続く階段を歩かされる。ついた先にはどんよりとした地下牢が待っていた。
「ほら、さっさと入れ!」
「キャッ!」
乱暴に檻の中に入れられ鍵を閉められると、兵士たちはそのまま戻っていってしまった。
「こんな場所があったなんて……」
知らなかった。いつも優しく光あふれる世界で生きてきた私にとって、暗く冷たく怖い場所が存在するなんて。しかも私自身がそれを経験する羽目になるなんて。
「これからどうなるのかしら……」
お父様は私を追放すると言っていた。正確にはシグルドがお父様に言わせた言葉なのだろうけど……
カビ臭いベッドには横になる気になれず、隅の方で膝を抱えながらうずくまるしかなかった。
♢♢♢
どれくらいの時間そうしていただろうか。コツコツと階段を降りてくる足音が聞こえてきた。顔上げて見てみればそこには、先ほど私に死の宣告を放ったお父様が居た。
「お父様!!」
「アイシア、無事だったか!」
「どうしてここに……」
「すまない、アイシア。私では奴を止められなかった」
聞けばシグルドはお父様に私が一方的に婚約破棄を突き付けそして、傷ついた心をジェシカに慰めてもらったことがきっかけで彼女に好意を持ったと言ってきたそうだ。そしてそんな野蛮な女は王女として相応しくないと国から追放するようにけしかけた。
「私もお前がそんな事をするハズがないと奴に糾弾したのだがデプーリの後ろ盾と、なにより勇者である立場を利用し私を脅してきたのだ」
「そんなことが……!」
あの場にデプーリとジェシカが居たことはそういう訳だったのか。
「アイシア、私の力が弱いばかりにお前を辛い目に合わせてしまった。一時でもあいつとの婚約を望んでしまった事が本当に悔やまれる」
「お父様……」
そう言いながらお父様は大粒の涙を床に落としていた。
「顔をあげて下さい、お父様。私は大丈夫です。なにも命を断たれる訳ではありません。生きてさえいればいつかまた会えますから」
「本当にすまない、アイシア。せめてこれを……」
お父様の手のひらには指輪がのせられていた。過度な装飾はなくとも指輪自体がキラキラと煌めいている不思議なものだった。
「これは王家に代々伝わる指輪だ。災いを払い、身につけているものを幸福にする力があるとされている。どうかこれを持って行って欲しい」
「ありがとうございます。お父様」
指輪を受け取りそっと嵌めると何だか温かいものに包まれた気がした。きっとお父様やお母様の優しが詰まったものだからだろう。これを支えにこれからは生きていこうと思った。
暗い地下牢で一晩を過ごしたあと、兵士に連れられ再び玉座の間に連行された。最初に呼び出された時と変わらぬ面々がそこには居た。唯一違うところは、昨日はなかった魔法陣が描かれていること。
「アイシア、昨日はよく眠れたか? 今日でこの光景を見るのも最後になるからな。しっかり記憶に焼き付けておけよ」
シグルドはニタニタしながら私に話しかけてくる。
「そして、ここに描かれているのは転移の魔法陣! お前のために一日で仕上げてやったぞ。感謝するんだな、ハッハッハ!」
兵士に背中を押され、魔法陣の真ん中まで歩かされる。これからきっとどこか異国の地に飛ばされるのだろう。
神官たちが詠唱を始めると魔法陣がぽうっと光始める。その光は段々と大きくなっていき、遂には天井に届きそうになる。
「シグルド様、準備完了です!」
「さぁ、アイシア! これで本当にお別れだ! 裏切り者に相応しい末路だなっ!」
神官が声を掛けると、シグルドは歪んだ笑みで私を見てくる。
お父様お母様、どうかお元気で。私は大丈夫です。頂いた指輪がきっと守ってくれると信じていますから。胸の前で祈るように腕を組むと私はそっと目を閉じた。
「やれっ!」
シグルドが命じると神官たちは最後の詠唱を始めた。光が一段と強くなりお互いの姿が見えなくなる。そして眩いばかりの閃光に包まれ、収まった後にはアイシアの姿はどこにもなかった。
♢♢♢
頬を撫でる風を感じる。虫たちが奏でる音色が耳に響く。木々の青々とした匂いが鼻孔をくすぐる。恐る恐る目を開いて見てみると、辺り一面はうっそうとした森が広がっていた。
「ここは……」
一体どこに飛ばされてしまったのだろう。王都の近くか、はたまた遠い遠い異国の地か。辺りはすかっり真っ暗で、目を凝らさなければ何も見えない。
「これからどうしよう……」
先ずはこの森を抜けることが第一だろうけど、どっちに進めばいいのかも分からない。
「とりあえずこの場から動かないと始まらないよね」
当てはないけど進まないといけない。そう決心し一歩踏み出そうとした瞬間、近くの茂みがガサガサっと音を立てた。
「な、なに!? 何かいるの?」
恐怖のあまり上ずった声が出てしまった。正体を突き止めようと茂みの奥に目を凝らすと、ノソっと黒い塊が現れた。そいつは黒い体毛に覆われていて、頭に鋭い角をもつ猪型の魔物だった。
こんなのに襲われたらただじゃすまない!こっちには武器も身を守るものも何もないのだからとる行動はただ一つ……
「逃げるしかないよね!」
猪型の魔物は後ろ足をしきりに蹴り上げ、今にもこちらに向かって突進する構えを見せている。刺激しないようにそろりそろりと後ずさると、そいつはこちらの意図に気づいたのか溜めていた力を持って勢いよくこちらに迫ってきた。
「キャアァァァァァー!」
普段上げない叫び声を上げながら全速力で走り出す。走って走って距離を稼ごうとするが相手の方が早いため徐々に差が縮まってくる。このまま魔物に襲われて死んじゃうなんて絶対に嫌だ!! そんな事を考えながら一心不乱に走っていると、突然右足がガクンとなった。
「え?」
見れば前はなだらかな崖になっており、私は足を踏み外してしまったのだ。気づいたときにはすでに遅く、落ちるがまま崖を転がっていった。
「イタタタタタッ―――」
結構な距離を転がり落ちたらしい。でも、そのお陰で猪型の魔物からは逃げ切れたみたい。体はあちこち痛むけど動けないほどではないのが幸いだった。
そんな状態でもこの森を抜けるまでは歩き続けるしかない。出口の分からない迷路だとしても……
どれほどの距離をさまよったのだろう。疲れで足は動かないし、のども乾いたしお腹も空いた。ここがどこだか見当もつかないし、私このまま死んじゃうのかな……
心身ともにボロボロになりながらフラフラと歩いていると、急に開けた場所に出た。目の前には湖が広がっていて、月の光が反射しとても神秘的な雰囲気に包まれている。良かった。ここで喉を潤そう。
重い足を引きずりながら近づいていくと水辺の際に、ぼんやりとだが何かが動いているように見える。また魔物かとも思ったけど喉が水を求めて止まない。じりじりと距離を詰めていくと動いている何かは人影のように見える。
そしてハッキリと見える距離まで近づいたとき、そいつはグルっと顔をこちらに向けた。見てくれは人間に近いが、二本の角が黒い髪の間から生えていて背中には黒い羽根が、腰のあたりからは尻尾が生えている。目が合った瞳は赤く不思議と吸い込まれてしまいそうだった。
そいつは私を見つけると歩みをこちらに向けた。私は逃げ出そうにも、魅入られたようにその赤い瞳から目を離すことが出来ない。遂に目の前まで迫ってきたときそいつは口を開いた。
「お前は……?」
低く鋭い声が私に問いかける。
「わ、私は……」
後から考えてみればそのとき既に彼の虜になっていたのだと思う。月明りを背に佇む彼は幻想的で、今まで出会った誰よりも私の心をとらえて離さなかった。
こんにちは。ぱたたです。
遂に運命の出会いがありましたね。
察しのいい方はもう誰だか分かると思いますが、
次回はその人物が誰だか分かりますのでこうご期待!
そして評価、ブクマをくださった方ありがとうございます!
とても励みになります。これから頑張って書いていきたいと思います。