【逝き】と【帰り】の時間が違う理由
感じたことはないだろうか、
朝と夜、同じ路線に乗っているのに乗車時間が違うことを。
かつての私なら、混雑具合による停車時間の違いと答えただろう。
だが、今は知っている。その本当の理由を―――
■■■■
私は今日も西武○○線の急行電車に揺られている。
各停や準急に乗るほど、時間に余裕がなく、
毎日特急に乗るほど、金銭的な余裕もない。
結果、停車駅は少ないが混雑する急行電車を選択する他ない。
日本を襲った未曽有の感染症により、
平時より人は少ないが、平時より少ないだけで、パッと見、
乗車率は100%を超えていそうだ。
外気温は、体温を超えている。
車内のエアコンはフル稼働しているが、この人数では、その働きにも限界がある。
お互い様だが密着している人たちの体温と汗が少々気持ち悪い。
早朝ラッシュの急行電車は、完全に「急行」に名前負けしたノロノロ運転を続けている。
特に公園前駅の停車時間は長い。
そこまでして、この電車に乗りたいか?と思うが、こちらもお互い様である。
それにしても今日は格段に遅い。
お気に入りのサントラが1巡してしまった。
人身でもあったのだろうか。
知人は人身事故をおこした車両に乗り合わせて、長時間拘束されたことがあるらしい。
この温湿度の中、長時間の拘束は流石につらい。
ずっと目を閉じて、音楽を聴いてやり過ごそうとしていたものだから、
アナウンスも碌に聞いていなかった。
状況を把握しようと、イヤホンを外し、目を開けた――――
■■■■
私は今日も西武○○線の急行電車に乗る予定だ。
特急列車はとうに最終を迎え、
とにかく早く帰りたいのに、準急や各停を選択するわけもない。
「早く帰らなければ・・・」
改札から急行乗り場へ走る。
手前の車両は空いているが、最寄り駅の改札へ向かう階段が遠い。
少し無理しても、階段近くの車両に乗りたい。
遅くなると、駅ビル直通の改札が利用できず、遠回りになってしまう。
危険だと思いつつ、発車間近の車両に飛び乗った。
予想に反して、車内はガラガラだった。
私ともう一人、初老の男性がいるだけだ。
他の車両を見ても同じ様子だった。
男性も同じことを考えていたのか、声をかけてきた。
『少ないですな。年々少なくなっていく。同じ顔を見ることがない。寂しいものです。』
男性の言いたいことが理解できず、曖昧な返事をした。
「はあ・・・(酔っているのか?)」
『あなたは、、初盆ですかな?お若いのに、、さぞ無念だったでしょう。』
男性の言葉に気味の悪さを感じ、別の車両に移ろうとすると、呼び止められた。
『この電車は各車両で帰り先が違います。他には移れませんよ。』
最早、恐怖を感じながら、車両をつなぐスライドドアを開けようとするが、びくともしなかった。
『もしや。ご自覚がないのですかな。
それでも帰ろうとされるのは、あなたがご家族を想い、
ご家族もあなたを想っているからこそです。
迷わずにちゃんとお帰りなさいね。
最近は、帰り道がわからない人も多い。
大事なものが金銭的、物理的なものに代ってしまったんでしょうな。
寂しいものです。』
男性の言葉の意味は、理解できなかったし、理解したくない気がした。
男性から極力離れた席に座り、イヤホンを付け、ヴォリュームを上げて、目を固く閉じた。
唯々、無性にパートナーに会いたかった。
電車が停車した。
長い時間乗車していたような気がしたが、サントラは一曲も終わってなかった。
気が付くと、男性は座っていた座席近くの、右側の扉の前に立っていた。
こちらに軽く会釈している。
私もいつの間にか、男性と反対側の扉の前に立っていた。
街頭やビルの灯りはなく真っ暗で、外の様子は窺い知れない。
両開きの扉が音を立ててそっと開く。
目に入ってきたのは、暖かな灯りと――――――――
―Fin―
【逝き】の
今日は電車遅いなって時点で、電車事故で亡くなっています。
即死だったので、本人はまだ乗り続けているつもりになっているだけです。
【帰り】は
初盆です。死んで初めてのお盆で、パートナーが亡くなった《主人公》を偲んで、
いわゆるお盆の、先祖・死者を迎える準備をしてて、
そのおかげで《主人公》は、家に帰る急行電車に乗ることができました。
初老の男性の言っている、人が減った云々は、
お盆の行事が、人々の中で薄れて、死者が家に帰ることができなくなったことを意味してます。