私の気持ち 3
母は私がヒロちゃんの事をずっと好きだった事を知っていた。小学校低学年の時は特に、学校から帰るとその日の面白かったヒロちゃんの話ばかりしていたからだ。さすがに高学年になってからはしなくなったのだが、それでも母には、ずっと変わらずヒロちゃんを好きでいる事はバレていた。
それでもこの夏、ヒロちゃんとユキちゃん、私、そしてタダの4人で海に行った時や、その後の花火大会も4人で一緒だったのを知ってたし、だいたいそのくらいからユキちゃんがヒロちゃんの彼女だって母もわかっているのに、『ユズルをクリスマスに誘って』とか軽々しく言うからな。しかも私の前で。
だいたいその海に一緒に行った時にも、ヒロちゃんは母にその時も私を勧められて、『ユズの事はずっと妹みたいに思ってるし、これからも仲良くしたい』って、私を傷つけないように言ってくれたのに。
…あの時が通算3回目だったよね…ヒロちゃんに振られたの。
母はまだ、私がしつこくヒロちゃんだけを好きでいると思っているのだ。
それは私が、タダに『好きだ』って言われたことも、誕生日を祝ってもらったことも母には話していないから。タダの誕生日にマフラーをあげたことも、もちろん話していない。話すわけないそんな事恥ずかしい。
タダのことはほぼ何も話していなかった。なんか全部恥ずかしいから。
「へ?」と、軽く驚くヒロちゃん。「今誘ってるとこだけど」
「そうなの!?」
嫌だ、母の食いつき!
「もうお母さん、先に家に入っといてよ」
「どうしたの?ヒロちゃん!ユズルの事誘ってくれてんの?それ本当なの!?」
「…いや、本当だけど」押され気味のヒロちゃんだ。
「お母さん!もういいから。話に入って来ないでって」
「どこでどこで?二人?」と母。「でも二人はちょっとおばちゃん心配かな。なにしろユズルはずっとヒロちゃんの事好きだったから感極まって変な事するかもしれないし」
「バカじゃないのお母さん!」
「いや4人でイズミの家で」と答えたヒロちゃん。「オレとユズとイズミと、それと…オレの彼女と」
照れ照れで言うヒロちゃんだ。
「え?」急に低い声を出す母だった。「ヒロちゃんの彼女?え?ヒロちゃんの彼女?」
「うん、おばちゃんオレ彼女出来た!」
またさらに照れ照れで自慢げに言うヒロちゃん。
「うん知ってるけどなんとなくそれ」
「あ~…そうなん?」苦笑いのヒロちゃんとなんか気まずい私だ。知ってるならなんで変な絡みをする母め。
「なんだも~~~!」
急に大声でなじる母にビクっとする私とヒロちゃん。「「…」」
困って私を見るヒロちゃんに母が言った。
「なんだもうヒロちゃん。やっぱユズルが良いって思いなおして彼女と別れてユズル誘いに来たのかと思った~~~」
最悪だ母。最悪最悪。道端で何言い出してんだ結構大きな声で。
「そんな事誰も言ってないじゃん!」冷たい声で母に言う私だ。
「早合点しちゃったごめんヒロちゃん」と、ヒロちゃんに謝る母。「そっか~~彼女とうまくいってるか~~~」
残念そうに言うな母。
「もうお母さんっ!恥ずかし過ぎる!」と母を責めた。「もうこんなところでほんとにやめて。ヒロちゃんの彼女とは私も友達なんだよ、すごくいい子なんだから」
じっと私を見つめる母だったが、なんでそんな『不憫な…』みたいな感じで私を見る。
そこでヒロちゃんが言った。「ユズはおばちゃんにイズミの事話してないん?」
「は!?」と、思わず大きな声を出してしまった。
話すわけないじゃん!、と心の中では大声で思ったがもちろんそれは口には出さない。
「イズミ君?」と、母がすぐに食い付いてきた。「イズミ君てタダイズミ君の事?」
「そうそう」
も~~~~~!とヒロちゃんを睨む私。ヒロちゃんもお母さんも余計な事しか言わない!
「イズミはな、ずっとユズの事を好きでな」
「ちょっとヒロちゃん!何言い出してんの!?」睨んでんのがわからんのか。
「え、ほんとじゃん」と、笑うヒロちゃん。わざと言ってんのか。
「タダ君?」と母。「タダ君て海行く時も来てくれたよね…。あ、花火大会も。え?タダ君?付き合ってんの!?」
「付き合ってないよ!」と私。「道端で恥ずかしいから!」
「恥ずかしくない!」と母。「恥ずかしくないじゃん、なんで私に秘密にしてんの!?」
騒ぐからだよこんな感じで。ってほんとに付き合ってないし!
「あっ!そう言えば!なんかタダ君、弟の参観日に行くの頼まれて一人で行けなくてあんた行ってあげてたじゃん!…そう言えば!その時ご飯も食べて帰ってきたでしょ!!」
あ~~~~…
「え?」と母。「あの時はもう?付き合ってたの?あれ?電話してた事もあったよね!?あれ祖の前だっけ後だっけ」
「だから付き合ってないって!…お母さん…後で話すから一旦静かにして」
そういう私を見てヒロちゃんが母にニコニコ顔で言った。「おばちゃんユズから誕生日の話…」
「ヒロちゃん!!」
「ちょっと」と私を睨む母。「なんで止めるの?」
「そいでこの前ユズもなやっとイズミにマフ…」
「ヒロちゃん!!もうわかったから!!ラインするから!バイバイ!」言いながら母の腕をガシッと掴み母がつんのめりそうになるくらい引っ張る私。
「そうなん?うんまあラインするわオレも。またな。ユキにも連絡して」
そう言って帰るヒロちゃん。許さんからな。
もちろん家に入ったら速攻玄関で母に質問された。
「いつからタダ君と付き合ってんの?」
「だから付き合ってないって」
じっと私を見つめる母が聞く。「いつから付き合ってんの?」
「いや付き合ってないって!」
頑張って見返した私だ。
…だめだ。口元が変な感じになってるのが自分でもわかった。母に鬱陶しく詰め寄られてるのに、なんだかニヤニヤしてしまいそう…
「いや」と母が素の顔のまま言った。「付き合ってなくてもなんかあるでしょ。誕生日が何?なんかあったの?」
「ないよ」
「はいウソです。なんかあったね。なんか微妙に口の端がニヤついてるもん」
「そんな事ない」
言い切った私だが、そこでタダからの幻の微量チュウを急に思い出しかけて首をぶんぶん首を振ったら母が変な顔をした。
「何にもないよ!」と慌てて言った。「…一緒に帰った事とかもあったけどこの前。別に。ほんっとに。ただ一緒に帰っただけ」
「ふ~~ん」と言う母。ニヤリ、と笑う母だ。「そっかそっか。はいはいはいはいはい」
嫌だなあ!
それでも母は私が丸焼きを持って行きたいというと「丸焼きぃ!?女子ならクッキーくらい作んなさいよ!」と甲高い声で騒いだが、今日はパートの仕事にあるのに、一緒に早起きをして横で作り方を指導してくれた。
ありがとうお母さん!
タダの家のドアチャイムを鳴らしてドキドキと待つ私に、「はぁ~~~~い」とインターフォンから大きな声が聞こえたからさらにドキッとしたが、声はカズミ君だ。バタバタとドアの方へ走って来てくれる音も聞こえた。
「どちらさまですか?」
目の前のドアのすぐ向こうから聞かれた。
「カズミ君?こんにちは。私、大島なんだけど、あの、…お兄ちゃんいる?」
ドア越しに聞くと、バッ、とドアが開いて満面の笑顔のカズミ君だ。
「いらっしゃいませ!」
可愛い!
いらっしゃいませ、だって。前も確か『いらっしゃい』じゃなくて『いらっしゃいませ』って言ってくれたよね。言い方が可愛い。そして私を見つめて目をキラキラさせてニコニコ笑ってくれてるのがさらに可愛い。
「入って入って大島!」とカズミ君が言う。「じゃなかったユズル!いらっしゃいませ!」
「ありがと。…お兄ちゃんは?」
「兄ちゃんは今コンビニまで行ってる」
え、いないの!?