私の気持ち 1
ピ~~ンポ~~~ン…
私は今、まだ温かい鶏の丸焼きを抱えてタダの家の玄関の前に立ち、ドアチャイムを鳴らしてる。
クリスマスに鶏の丸焼き…
まあそれはOKだよね。OKだけどさ、でも一応JKの私が鶏の大丸焼きを抱えて好きな男子の家のドアの前に立つってどうなの?手作りのケーキとかさ、ケーキとかまでいかなくてもクッキーとかさ、まあクッキーもうまく作れそうにはないから可愛いパッケージに包まれた市販のマカロンとかシュークリームとかさ、普通はスイーツなんじゃないの!?、と思いながらドアチャイムを鳴らす。
タダというのは多田和泉。
タダイズミは、私が小学低学年からずっと片思いをしていた伊藤裕人の親友だ。大小含めて合計4回もヒロちゃんに振られた私の事をタダは好きだったと言ってくれて、私もだんだん意識するようになってきて、11月のタダの誕生日には私もマフラーをあげたりなんかして、そしてタダも自分がちょっと使ったマフラーを私にくれたりなんかして…
私もタダの事を好きなんだなあ、とちゃんと思えるようになっていたのだ。あのキスみたいな事をされるまでは。
それは私があげた深緑色のマフラーを、タダが初めて学校に着けてきてくれた日の放課後の事だった。
一緒に帰ろうと言われて帰ってたら、タダが私に『寒そう』って言ってきて、その自分がしていたマフラーを私に巻いてくれたのだけど、タダが至近距離で巻き方をいろいろ変えて試してくれようとしたからドキドキして、つい目をつむってしまった時に私の頬にほんの一瞬、本当にほんの一瞬何かが触れた。
『何か』、とか言ってるけれど、私はその時『キスされた!!』って思ったのだ。
でも、パッと目を開けた私にタダは全く何事もなかったかのように素の表情でマフラーの巻き具合を確認していた。ワチャワチャする私に超普通に『どうしたの』って聞いてきたし。
私も『なんでもない』って言ってどうにか普通を装ったから、今更タダに確かめる事なんて出来るわけもなく、もうそれは私のただの妄想、って事で考えないようにしようと思ったんだけど…
やっぱりダメだった!
どうやったってその時の事を思い出すし。だって私はキスされたってその時思っちゃったもん。
その日家に帰ってからも、どうしようどうしよう、もう次にタダに会ったら最高にドギマギしてしまうどうしよう!って思ったんだけど、ちょっと落ち着いてきたら、タダが別れ際に『何かついてる』って指で私の頬を、私がキスされたと思ったその場所を触ってきて最終的に『やわらかかった』って言ったんだよね…
私の思い過ごしじゃなくて、やっぱりタダがあの状態で私の頬に微かなチュウをしてたとしたら、そしてその後の『やわらかかった』発言もどうなの!?目をつむっているわずかの隙にチュウしてくるってどうなの?そういう事って急に隙をついて誰でも出来ることなの?それを完全に素の感じでごまかせるってどうなの?だいたい花火大会の時だって、下駄の鼻緒で擦れていたタダの足の指に絆創膏を貼ってあげてたら突然ぎゅっと抱きしめられて、驚いている私に『感極まったから』って言い訳してた。ちょうど私がヒロちゃんに正式に振られた後で、やっとちゃんと振られたんだなって感極まった、って言ってたけど…
そういうのは確かにマンガやドラマではちょいちょい見るけど、一般の男子高校生がやる?ふいにそんな事が出来るなんてかなりの上級者なんじゃないの?そんな事、他の子とかにもやった事あるからそういう事できたんじゃないの!?
嫌だなあ!なんかもう。
確かに今まで『ずっと好きだった』とか『オレは付き合ってるつもりだった』とかまでいろいろ言ってくれたけど、どの言葉の前も後もタダは超普通だった。
でも今はその、いつも普通でいるタダがなんかすごく嫌。いつも私だけがドキドキしてワチャワチャしてしまうのも嫌だけど、それよりタダのいつでも素の感じがすごく嫌。
だからもうチュウの事は考えない事にしたのだ。考えたらワチャワチャしてしまうから。
勘違い勘違い勘違い勘違い…
って暗示をかけたけどやっぱり考えてしまう。されたかもしれない微量なチュウの事を。
だからまた学校でも、前にタダを意識し始めた頃のようにちょっと避けてしまう。なのに、やっぱりタダは普通だ。それはもうわざとらしいくらい普通。わかってたけど。
タダから頼まれていた、タダのお母さんの誕生日プレゼントを、タダの弟のカズミ君も一緒に3人で買いに行く約束は、急に『行かない』と言う事も出来ずに約束通り行ったけれど、ついタダの事を意識し過ぎてしまって、タダとは出来るだけ並んで歩かないように私はずっとカズミ君と手をつなぎ、カズミ君中心に動いて、ほぼカズミ君とばかり喋った。タダが私に話を振ってくれても、「いいと思うよ。ねえカズミ君?」みたいな感じで全部カズミ君に回してしまった。カズミ君はそれを最初とても喜んでいたけど、だんだんタダがあからさまにムッとして来たので、「兄ちゃんも大島と手をつなげばいいじゃん」と言い出す始末。そして、そんな幼稚園児の言葉にドキッとしまい、余計タダによそよそしい感じを出してしまった私。
どうしようもない。
意識し過ぎなのはわかっている。私がキスされてたかもってどうしても思ってしまうだけで、やっぱり本当はそんな事はなかったんだよ絶対、とまた暗示もかけたんだけど全くダメだった。
どうやったって最終的には考えてしまう。
どうなの?
私は微量なチュウをされたの?されてないの?されてないよね?
されてないされてないされてない…もう絶対されてないって思うんだ私!
そういうわけで、タダの家の前ですでに緊張している私だ。チャイムを押すだけでもドキドキする。ドキドキ、ソワソワする。タダが出て来た時普通にしなきゃ…普通に普通に…
そもそも今日、タダの家でクリスマス会をしようと言い出したのはタダではなくてヒロちゃんだった。
3日前に学校帰りに家の近くで、別な高校に通っているヒロちゃんに久しぶりに呼び止められたのだ。
「ユズ!」
前と変わらない呼びかけに一応ドキッとするよね、今はタダを好きになったとはいえずっと好きだったヒロちゃんだから。
「一緒にクリスマス会しよ」
「え?ヒロちゃんと!?」
ヒロちゃんと二人でかと瞬時に反応した私に、「いや二人でではない」、と素で答えるヒロちゃん。
いやわかってるけど、と思ってヒロちゃんの言い方にちょっとムッとした。
「ユキとあとイズミと」とヒロちゃん。そして、「なんかユキがな」、と話し出した。
ユキちゃんはヒロちゃんの同校の彼女だ。ユキちゃんのお父さんが遠くに転勤する事になって、ユキちゃんも一緒に行く事になりかけたんだけど、受験の事も考えてユキちゃんだけおばあちゃんの家に残る事になったらしいのだ。それでも今住んでいる所より少し遠くなって、電車で登校しなければいけなくなるらしい。
「会える回数減りそうでな」と、ヒロちゃんはそれでも優しい顔で笑って言った。「まあでも転校よか何万倍もましだけどな」
「そっか…ユキちゃんお母さんたちと離れて寂しいね」
「まあな。…でもな、ユキは高校変わるのもアレだけど、」と今度は嬉しそうな顔で言う。「オレと違う学校になるのが嫌なんだと。…ユズに話すのもまあ、なんなんだけどな」
「そっか…」
こういう事も夏くらいに聞いてたら、メチャクチャ腹立ってただろうな目の前のヒロちゃんに、と思った。そんなにヒロちゃんに思われているユキちゃんにもだ。