繋がる気持ち (191122 滝)
車を降りて整備された道を歩いて進む。高原の冷たい風が僕たちの頬を撫でた。
普段住んでいる地域よりも高い山の上は、一足早く美しい秋の衣替えを終えている。目の前に広がる色とりどりの錦の衣を纏った山の木々たち。その美しい景色が目に飛び込んでくるとともに、ドドドドドという轟音が僕たちの耳に聞こえてきた。
「すっごい音だね。ここまで空気が震えてきている」
「うん。水しぶきがここまで飛んできてるみたい」
頬を林檎のように赤くした彼女が僕に向けてニコリと笑う。
「鼻赤い。こっちも紅葉しているみたいだ」
「やだ!もう~そういうこと言わないでよ!」
指先でツンと可愛らしい鼻をつつくと、彼女の林檎の頬がますます丸く膨らんだ。怒って腕をポコポコと叩いてくるけど、まるで小動物にじゃれられているみたいで、僕は声を上げて笑う。するとその笑いにつられて彼女もすぐに笑顔の花を咲かせてくれた。
川上に見える滝を目指して吊り橋を渡る。そこまで華奢な造りではないけれど少しだけ揺れるし、帰る人とすれ違うためにお互い脇に避けなければいけない。僕は彼女の小さな手をしっかりと握って先導した。
「おわぁ!すっごーい!見てみて!ここ良い眺め!」
「うぉ!ホントすげぇ……」
轟音と共に大きな水しぶきを上げている滝が僕たちの目の前に姿を現した。
切り立った絶壁。そのてっぺんは半月状に抉れていてそこから怒涛のように物凄い水量の水が流れ落ちている。自然にそういう形になったのが不思議な感じがする。まるで壁に穴があいてそこから水が溢れだしているみたいだ。
「巨人がボコッて穴を開けたみたい……」
彼女の可愛らしい感想に僕は小さく笑った。同じような事思っているって彼女は気づいているかな?
「もっと近くにいってみよう!」
「うん!」
橋を渡りきり、山間に作られた遊歩道を進む。人の手で整備されているとは言っても結構な山奥。大きさの違う丸太が階段のように並べられているけれど、所々崩れていて足元に注意していないと転んでしまいそうだ。
「大丈夫?いけそう?」
「平気平気!これくらいなんともないよ」
木の根っこや周囲に生い茂るシダ植物が少し濡れた地面と相まって足元を悪くしていた。小さな彼女にとっては少し大変な道のりかもしれない。それでも懸命に僕を待たせまいと息を荒くしながらもぐんぐんと登ってくる。
「もうすぐだよ。あの奥まで行ったら滝つぼが見えるかもしれない」
「うん、頑張る」
歩くたびにどんどんと大きくなっていく水音。少し暗い遊歩道の木々の合間から真っ白に飛沫を上げる滝の姿が見えた。
「あら、可愛いらしいカップルね。もう少しよ、頑張って」
「はい!ありがとうございます!」
滝を見終えた老夫婦が気さくに声を掛けてくれたので、嬉しくなって僕たちは笑顔で言葉を返した。その事に老夫婦も喜んでくれて、僕たちは少しだけ見知らぬ人達との会話を楽しんだ。
「じゃぁね。楽しんでいって」
「はい!お二人も道中お気をつけて」
老夫婦は手を取り合ってお互いを気遣いながら帰路を進んでいく。年を重ねてお互いに白髪でしわくちゃになっても、仲良く出かけられるなんていいなぁ。
「……なんかいいねぇ、あぁいうの」
「うん?」
小さなつぶやきに振り返ると、彼女は山を降りていく先ほどの老夫婦を見ていた。憧れのような眼差しを向けて小さく微笑んでいる。
「あぁいうご夫婦っていいなって思ったの」
「あぁ……僕もそう思う」
僕はまた彼女と同じ考えだと思って、今度は同意の言葉を口にした。きっとこれからも何度も同じことを思うだろう。そしてその度に僕は彼女の事が好きだって思うんだ。
「まだ滝を最後まで見てないけどさ……」
「え?」
僕は目を丸くして顔を上げた彼女に手を差し出す。
「また来よう。来年でも再来年でも。お互いおじいちゃんやおばあちゃんになってもさ」
彼女は周りの紅葉よりも顔を真っ赤に染め上げて、僕の手をとって「うん」って嬉しそうに笑った。
作中の滝は新潟県妙高市にある苗名滝といいます。実際に何度も足を運んだことのある滝でして、吊り橋や遊歩道の描写はその時を思い出しながら書いてます。
イラストではそれっぽく描けてますが、実際のあの滝の迫力を知っているのであまり納得できていない一枚ですw短時間での描写は難しい……。
まるで壁のような垂直な絶壁がそびえ立っていて、そこをえぐり取って轟音を上げて流れ落ちていく滝は本当に壮観です。近くまでは車で行けて、絶好の撮影スポットの吊り橋もあって、ちょっと登れば滝つぼ付近まで行けます。行きやすいわりにかなり立派な滝と自然が見れるのでとてもおススメです。