第45話【その一歩を最前線にする為に】
「おーいー皆」
「この滝の裏に亀裂があるはずだ」
ハイドラが待ち構える断崖絶壁の向こう側へ抜ける亀裂を探してから数分後、ブリューゲルさんの甲高い声が皆に集合の合図を掛けた。
ブリューゲルさんが指した滝は付近に幾つもある幅が数十メートルもあり、その余りの水圧で滝が落ちた場所には大きな滝壺が形成されている大滝の一つで、遠目ではどの滝も同じに見えるが近づいて見てみるとこの滝だけけは本当に水のカーテンのように裏側が透けて見えている。
「とは言ってもこの滝の裏にどうやって行くんですか?」
ミアの言う通り、この滝は落差と大きさ故に水圧は非常に強く、とても人間が生身で通り抜けられそうに無かった。
さらに水が地面に叩きつけられる轟音と、体中に飛び散ってくる水しぶきがその威力の強さを見た目以上に体感させてくる。
「フィン王子出番だよ」
ブリューゲルさんはミアの質問を待っていました言わんばかりの即答ぶりだ。
「こんな滝ごときで余の力を初披露するのは癪だが…」
余り気乗りしなさそうな様子でフィン王子は滝壺の近くまで歩いていく。
「貴様ら少し下がっていろ」
フィオン王子の尊大さっぷりは相変わらずのようだ。
指示通り俺達は滝壺から少し距離を置いた所まで後退する。
次の瞬間、なんとフィオン王子が水面の上を厳威に一歩ずつ歩き始めた。
遠目ではあまりはっきりと確認する事は出来なかったが、彼の周りだけ水しぶきが全く飛んできていない様子だ。
彼は遂に流れ落ちる滝の目の前に立つと、手刀を作り頭の前に持ってくるとそのまま振り下ろした。
すると水面から彼の頭上4〜5メートル先までの滝がぱっかりと半分に割れ流れが二分化し滝の裏の亀裂が顕になる。
自分より年下の少年のその一連の動作はあまりにも軽やかでぶれる事なく端的に、しかしながら今起こした事はとんでも無く理解不能な大事だった。
「彼は何をしたんですか」
俺は衝撃の光景に驚きつつ、ブリューゲルさんにその說明を求めた。
「あまり能力を言っちゃうとフィオン王子に怒られるだろうな…」
「でも今は聞こえる位置にいないし… 今から言う話は彼の前では聞いていないように振る舞うんだよ」
「あぁ…はい」
「先程、フィオン王子自身の口からもあったように彼の魔力属性は力属性一つしか無いんだ」
「それだけだったら何の変哲も無い一魔法使いに過ぎないんだけど… 固有スキル『力方操作』の能力で彼はこの世のあらゆる物に対して働いている力の大きさや向きが可視化され、そしてそれを操作する事を可能にするんだ」
「ただし物体の力の大きさや向きを小さくする方にしか使えない条件付きだ」
「つまり今、彼は自身が起こしている力を零にして水面を歩き、その後力魔法を施した部分だけ滝は力を加えられなくなり、水は流れ落ちる事が出来なくなった訳だ」
「君やユウキなら、どういう事か分かるだろ?」
ブリューゲルさんの說明を聞いてフィオナやミア達はいまいち分からなさうに首を傾げている。
だがブリューゲルさんの言う通り俺たちなら、その固有スキルのチートさがよく分かる。
つまり言うと俺たちの元いた世界で言う所のベクトル操作だ。
確か俺が読んでいた某人気ラノベにも、それを扱う学○都市最強キャラがいたような気が…
まぁ…フィン王子はベクトルを小さくしか出来ない条件付きだしキャラかぶりはしてないか。
「ベクトルの計算余り好きじゃなかったんだよな…」
悠貴もブリューゲルさんの說明で理解したようで、小声で元いた世界の話を呟いていた。
そんな悠貴さんだがベクトルの計算苦手と言っときながらも、中間テストでは数学のテストはベクトル分野でちゃっかり100点を取っていた。
もう定期考査レベルでは彼の知力がインフレーションしすぎて能力値を測れないようだ。
俺も数学は苦手な方では無いが、苦手な分野で100点を取るなんてなんと羨ましい事か。
「道は開けたみたいだし、僕たちも行こうか」
ブリューゲルさんの音頭で俺達は顕になった亀裂を目指した。
フィオン王子は一人、水面の上を悠々自適に先行して歩いていく。
俺たちはフィン王子みたいに水面を歩くことが出来ないので、ブリューゲルさんが土魔法で滝壺に橋を掛けた。
その際、おそらくはフィオ王子の計らいだろう水しぶきは一切俺たちに飛んでくることは無かった。
無事大滝を抜け、滝の裏にある亀裂へと続く陸地に上陸した。
「いよいよこの先がハイドラが待ち構えていると思われる場所だ」
「飽くまで僕たちの目的は奴の様子を偵察する事、原則奴に見つからないように行動してくれ」
「だがもし万が一奴に見つかり戦闘になった場合は僕がハイドラを引き受ける、だから皆は全力で逃げてくれ」
一人でハイドラを引き受けると言い出したブリューゲルさんに対してフィオナは心配そうな顔で彼を見つけていた。
ブリューゲルさんは背負っていたリュックを地面に置き酒瓶一本をごくりごくりと飲み干すと、空き瓶をリュックの横に置いた。
どうやら此処まで大事に持ってきたいたお酒達とも一旦お別れをするようだ。
「大丈夫… 僕はこれでも世界最強のフロンティア」
「酒も満足に飲んで調子も万全、死にはしないさ」
「それに僕も盟友として君の師匠を必ず探し出さないといけない… こんな所でくたばれないさ」
「そうですね」
「さぁ…先遣隊最後のミッションを始めようか」
ブリューゲルさんの呼びかけに皆揃って頷いた。
こんな危険でおっかない場所に来ても皆の表情はとても前向きで自身に満ち溢れたいい表情をしている。
♢ ♢ ♢
滝の裏にある亀裂の中は薄暗い洞窟のようになっており、道は狭く蛇行が激しい為、絶壁の向こう側の光を見ることが出来ないまま数分が経過した。
「出口はまだ先なのかぁ…」
俺は重量のあるリュックを背負いながら狭い洞窟内を歩くのにいい加減嫌気がさしてきていた。
「カゲナギ良かったね、ゴールだ」
黙々と進み続け角を曲がった瞬間、ブリューゲルさんの声に導かれ俺はいつものように猫背になり地面ばかり見て進んでいた顔を上げた。
彼の指は真っ直ぐに少し傾斜のある道の先を指していた。
勾配が強いため、ここら出口の先を見ることは角度的に厳しいが、確かに薄暗い洞窟内に光が差し込んでいた。
この光の先がどんな地形で、どんな空気で、どんな光景が広がっているのか全く検討もつかない。
この光の先に待ち受ける九つ首の大蛇『ハイドラ』がどんな姿をしているのか想像もつかない。
だってこの光の先は人類が見たことも無い景色なのだから。
それでも光の先を目指して俺たちは一歩ずつ確実に前進していく、俺達の踏み込んだ一歩を人類の最前線にする為に。
光の射す方へ、洞窟の向こう側はとても開けた土地が円柱状の岩肌で囲まれていて、上に蓋は無く『蒼天大瀑布』を包んでいる雲を目視することが出来た。
外側とは違い滝のような目立った水の流れは見受けられないが、とても湿度が高く湿っている。
辺りを見渡してみると洞窟の出口のような穴がいくつもあり、俺たちが辿ってきた洞窟以外にも外と通じる亀裂はいくつかあるようだ。
この光景はまさに自然が作り出した天然のコロシアムのようで、いかにもモ○ハンで裏ボスの古龍と戦う時の専用フィールド感が出ている。
そしてよく見てみると、俺達は地面から少し高い場所にある出口から出てきたようで、更に下があるようだ。
おそらくこの下にハイドラがいるのだろう。
そう思って俺が視線を下に向けようとした瞬間。
「カゲナギ後ろだ!」
突然響き渡る悠貴の声と共に俺の体躯は彼に強く押され転がるように倒れ込んだ。
転がりながらも状況を確認しようと何とか視線を向けると、そこには先の戦いで『前線連合体』に甚大な被害を及ぼしたハイドラの幻影が俺をかばった悠貴を蹴り飛ばしていた。
悠貴の体躯はその衝撃でもの凄いスピードで宙へと飛んでいったが、なんとか愛刀を抜刀して直接の攻撃は防いだようだ。
『我は約束通り小癪な手段を使わず汝らを蒼の頂きで待ち受けた』
『ならば、その姿を現し我にその力を示せ』
同時に背筋を凍らせるように禍々しく、それでいて聞き覚えのある声が脳内に響き渡った。
「ユウキ!」
悠貴が攻撃を向けたのを確認したブリューゲルさんは慌てて飛行魔法で悠貴のもとへと飛び出した。
「『虚空刀 虚斬り』」
一方こちらではとっさにゼスタさんが抜刀し、刀身のない剣に魔力で真っ黒い刃を宿し、ハイドラの幻影に一太刀浴びせて消滅させた。
「『サテライト』」
「『疑似精霊作成:シルフ、ノーム』」
その状況を確認したフィオナも自身の魔力を使い2体の精霊を召喚した。
一体は何度も見たことがある風の大精霊シルフで、もう一体は始めてお目に掛かる精霊だった。
名前からして恐らく、土の大精霊ノームだろう。
彼は他の精霊と比べて、とても人間に近い見た目をしている。
少し焼けてはいるがとても人肌に近い肌色をしており、銀髪の長い髪を束ねる事無く腰まで下げていた。
上半身は腕や首に装飾品のような物を身に着けているだけでほぼ裸体、下半身はアラジンが腰から下に巻いている真っ白いサルエルパンツのような物を身に纏っていた。
顔には眼鏡を見に付けており、その顔立ちは大人びた美男子で筋肉もそれとなくいい感じについている。
「二人とも状況はだいたい分かるな」
「「はい」」
フィオナの質問に対してシルフは身に纏っていた服の端を持ち上げ一礼し、ノームは指で眼鏡をくいっと上げ返事をした。
「ノームはそこにいる二人の守護を」
フィオナは俺とミアの方を見るとノームに指示を出した。
「御意」
ノームはエリートサラリーマーのような淡々とした2つ返事でフィオナの命令に返答した。
「シルフは精霊化する」
「承知しました我が主様」
シルフはいつかのブリューゲルさんと模擬戦をした時のように大きな光の珠へと変わりフィオナの中に入っていく。
次の瞬間、フィオナの周りに漂っていた光は白く光り始めた。
「カゲナギ、君のリュックの中にある魔蔵石と回復系のポーションを幾つか皆に配ってくれ」
「あぁ… 分かった」
俺はフィオナの指示通り、リュックから指定されたアイテムを取り出しこの場にいた全員に持ちきれるだけ配布した。
「カゲナギ…ミア…君たちはここで待機だ」
「待ってください、フィオナさん」
ミアは少し寂しそうにフィオナをじっと見つめている。
「分かるだろ…今の君たちではハイドラを倒すどころか、やつ相手では自らの身を守る事も出来ない」
「大丈夫、私は約束は守る」
「私たちも死なないし、君たちも絶対死なせない」
「必ずここにいる全員で『蒼天大瀑布』を踏破する!」
フィオナは何時にも増して真剣な声音だったが、その表情はとても明るかった。
「分かりました!」
彼女から言葉を受け、彼女のその表情を見たミアの顔つきは少し暗んでいた物からいつもの明るい表情へと戻った。
「頼んだぞ、ノーム」
「この命に変えても」
「それじゃ行きましょうか、皆さん」
フィオナはゼスタとフィン王子に声を掛け、その呼びかけに両者とも頷いた。
そして彼女らはハイドラが待つ地面へと飛び降りていった。
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