第40話【密林の道中】
『蒼天大瀑布』の頂上を目指し始めてから数時間が経過した。
辺りに滝や湖畔を確認する事は出来ず、ひたすらに青々とした常緑広葉樹の密林が広がっている。
数百名の探索組はそこに出来た僅かな獣道をどうにかこうにか、時には魔法で無理やり道を切り開いて、目的地までの歩みを黙々と進んでいる。
やはり人類未踏の地と言う事もあって強者達の間にも張り詰めた緊張感が漂っている。
「おい…ちょっと…そろそろ休もうぜ」
俺は息を切らせながら苦し紛れに言葉を発した。
「何をへこたれているんだ?」
「頂上までまだ半分を来ていないぞ…」
俺は視線を横にしてフィオナの横顔を見てみると、いつも通りの呆れ顔になっている。
俺はバッカス工房で見繕ってもらった、軽い金属の胸当てに青紫色の短めのマント、後は上下普通の布の服とベルトと身に纏っている物は駆け出し冒険者ぽい比較的軽そうな装備なのだ。
しかし俺がへこたれるのも仕方が無いことなんのだ。
俺は基本戦闘面では役に立たないので、パーティー内の役割としては荷物持ちだ。
その為、肩にはパンパンに膨らんだリュックサック、更にショルダーバック風のポーチ、左腰には護身用の魔剣、右腰には薬草などの回復系アイテムの入った袋とパーティー全ての荷物と共に移動しなければいけない状況なのだ。
対して彼女は戦闘要員なのでモンゼンを旅立った時からずっと赤を基調としたローブを身に纏った魔術師ぽい服装で、それに加えローブの下に何か戦闘アイテムを隠してるかも知れないが、外から見たら特に何も身につけていない為、もの凄く身軽そうで羨ましい。
「だいたい、俺みたいな一般人がこんな重労働してるだけでも立派だと思うんだが…」
確かにパーティー内で俺が貢献出来るのは荷物持ちぐらいだが、流石にここまできついと堪えてくる。
フィオナの呆れ顔をみて、俺は拗ねように口調で言葉を返す。
「つべこべ言うな置いていくぞ」
フィオナは俺の足取りを気にせず、先先進んで行く。
フィオナ以外の悠貴とミアはすでに探索組の先頭にいる為、フィオナのパーティーの中で俺だけが少し遅れる形で目的地までの歩みを進める事になった。
「おいおい… くそぉ…」
俺は思わず唇を噛み締めた。
「随分、お疲れのようだね」
フィオナが立ち去って、すぐブリューゲルさんが声を掛けてきた。
「まぁ…なんだかんだ言って非戦闘員である俺の役目はこれくらいですからね」
「君が戦え無い代わりに他の3人が戦って君を守る、君はその3人をバックアップする」
「僕は適材適所でいいパーティーだと思うけどね」
ブリューゲルさんは俺より先に進む3人の姿を見ていた。
「なんだかんだ言って、最弱級の俺があいつらと此処まで辿り着けましたしね」
「カゲナギ… あの3人をこれからも大切にしなさい」
俺を見つめるブリューゲルさんの瞳の奥は少しだけ『万象魔眼』を発動している時のように、吸い込まれそうな青い宇宙のような色に変化していた。
俺はその瞳の奥の神秘的な色に見入るように一瞬静止する。
「おっと、失礼…」
ブリューゲルさんはすぐに俺を見つめるのを止め、それと同時に瞳の奥の輝きも引いていく。
「それより次に開けた場所に出たら一度休憩を取ろうか」
「そろそろ中間地点の拠点も探さなきゃだしね」
「本当ですか?!」
俺は待ってましたと言わんばかりに彼の発言に反応した。
「うん…それまでの辛抱だ」
「じゃ、僕は元いた場所まで戻るよ」
ブリューゲルさんは俺を鼓舞するように背負っているリュックサックを力強く押すと、彼もフィオナ達のいる探索組の先頭へと足早に戻って行った。
それから約30分程だろうか、探索組は密林の中をひたすらに進み続けた。
ブリューゲルさんを先頭に俺のパーティーは未開の土地を進み続け、それに続くように右翼の『漆黒の暴牛』や左翼の『オリエント聖王国軍』もどんどん進行を続ける。
いつしか俺は後方の『ルーペスト帝国軍』のすご側まで後退していた。
「大丈夫ですか? カゲナギ殿」
突然、音域が低く気だるそうの声が耳の中に響き渡った。
「うわぁ!」
後ろを振り返ると、長めの白いマントに頑丈そうな鎧で身を包んだゼスタさんが相変わらず顔色が悪そうに立っていた。
更に彼の後ろには最初は何百人もいたルーペスト帝国の先遣隊の中から、更に選抜された数十名となった屈強な戦士達がぞくぞくと進んできていた。
見た感じゼスタさんと同じように騎士っぽい鎧を身に着けている者が半数、残りは魔術師や武闘家ぽい格好をした者で構成されている。l
「申し訳ない…驚かせてしまったか」
「いえ…お気遣い感謝します」
「先程から足取りが優れていないようですが…」
「あぁ…俺基礎体力が無いもんでして」
俺は苦笑いを見せながら言葉を発する。
「伺っておりますよ… 貴方も大変ですな」
「一般人と変わらないステータスで、それに加え魔力も無し、秀でた武芸もお持ちでないのに、こんな危険な場所まで来て…」
そう言えば、ゼスタさんとこんなに長々と話すのは始めてだったな。
彼の言葉は堅苦しいが、以外に話しやすい雰囲気を持った人なのかも知れない。
でも気を使ってくれてるようだが、逆にステータスとか魔力とか武芸とか俺がフロンティアとして胸に突き刺さるような言葉を掛けてくる。
「ゼスタさんは帝国最強の剣士なんですよね?」
俺は世間話ついでに、俺がゼスタさんに関して一番気になっている事について訪ねた。
「まぁ…一応はそうですな」
「私にはこいつしかありませんからね…」
彼は左腰にぶら下げていた鞘に手をかざす。
「きれいな鞘ですね」
そう彼が腰から下げていた剣の鞘は実に見事な装飾が施されていた。
深淵を語ったかのように吸い込まれそうな黒色をベースにその上から銀色に光り輝く鉱物で装飾されていた。
その装飾の中にはルーペスト帝国の紋様である炎獅子も刻まれている。
「これはまだ私が若い頃に『帝国統一武会』で始めて優勝した際に皇帝陛下直々に炎獅子の紋様を刻印して頂きましてな」
「きれいな鞘と言えば、貴方の魔剣やユウキ殿物も立派ではないですか」
「俺達のはバッカスさんが打ってくれた剣なんです」
俺は少し自慢げに自らの腰に下げている魔剣を触った。
「なんと、あの世界的名工の剣とは…」
「となればユウキ殿の黒い鞘は私と同じ世界樹の中央部を使っていますな」
確かにバッカス工房で悠貴が剣を貰う時、バベリアのど真ん中にある、大樹を使ってるとか言ってたな。
それに今思えば吸い込まれそうな程、深い黒色の鞘と言う部分も酷似している。
「世界樹は人類が見つけた中で最も硬い素材」
「バッカス殿のような名工が打った剣では切れ味が良すぎて、普通の鞘では収まりきらない」
「だから、世界樹の中央部から取れる黒い木片から作られた鞘は剣に精通している者中では名刀の証という訳ですな」
「という事はゼスタさんの剣も名工が?」
「それではお見せしましょうか」
そう言ってゼスタさんは鞘から剣を抜き刀身を俺に見せた。
彼が荘厳な鞘から抜いた剣の刀身は鞘の外見からはとても想像できないような物だった。
「以外…でしたかな?」
「えぇ…まぁ…」
俺は驚きの余り、これと言った言葉が出なかった。
「驚くのも無理はありませんよ、柄から上の刀身が無い剣を持った者が帝国最強の剣士を名乗っているのですから」
「失礼ですが…どうやって敵を切るんですか?」
「私の剣は実際に敵を切るわけでは無い 、空間その物を引き裂く剣なのです」
そう言えば『夜明けの港』で俺が始めてゼスタさんにあった際、フィオナが彼は『空間』の魔力属性を持ち、一太刀は千の斬撃になると言っていたが、ふんわりとだがそのからくりが見えてきたような気がする。
「伝令ー!」
俺とゼスタさんの剣についての会話が盛り上がりとしていた所、前方の方にいたルーペスト帝国軍の騎士が声を張り上げて駆け足で後退して来た。
「密林が開けて前方の部隊が中間拠点と成りうる場所を見つけたようなのですが…」
「そこで正体不明の敵と遭遇し、戦闘に入ったとの事」
「敵の数は?」
「一人との事ですが…」
「詳しい事は不鮮明でして…」
たった一人、それに一体では無く一人と言う事はそもそも敵は魔物では人なのか。
俺の中で様々な思考が交錯して、自分でも収集のつかない状態に陥りつつあった。
「承知した、ご苦労だったな」
「お前は後ろの者にその事を伝え、臨戦態勢のまま進軍させろ」
「私達は先に行く!」
「了解致しました」
伝令を伝えに来た騎士はゼスタさんに一礼し、そのままゼスタさんの後ろにいる帝国軍へとすたこらと駆けていった。
「カゲナギ殿、行きましょう」
「はい…」
俺は食料などの戦闘に必要のない荷物は全て、その場に置き去りできるだけ身を軽くした。
そのままゼスタさんと共に一足先に戦闘が行われている場所へと向かった。
おそらく前方にはブリューゲルさんやフィオナと言った世界屈指の実力者達がいるから大丈夫と思うが、魔物の気配一つしなくなったこの島に突如現れた敵対する人物と言うだけで只者では無いのは確かなのだろう。
どうか無事であってくれ。
御一読していただき、ありがとうございました。
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