第27話【世界最強のロクでなし】
世界一のフロンティア、その者はきっと誰もが焦がれるほどの憧憬を抱き敬重する偉大な人物なのだろうと少なくとも俺は思っていた。
しかし、その期待とは裏腹に世界の頂点に立つ彼が発した言葉はロクでなしホームレスが言うようなセリフだったのだ。
「いやぁ〜 1ヶ月ほど前に大探索クエストが発注されると聞いて居ても立っても居られないなくなって、早めにこの島に来たんだけど…」
ブリューゲルさんはもったいぶった雰囲気を出していて、いかにも何か重大な理由がるかのように話してくる。
「「だけど…」」
俺とフィオナはブリューゲルさんの作る雰囲気に乗せられて、声を合わせて呼応する。
「舞い上がりすぎて、毎晩の酒代とかに有り金を使っていたら底を尽きかけていてね、それを取り返そうと賭博で大勝負したら見事に負けてすかんぴん状態になってしまったんだ」
「本当にこの1ヶ月間は死闘の連続だったよ」
ブリューゲルさんは何も一文無しになることが大した事では無いかのように軽快な笑いを溢している。
「二人にもこの1ヶ月間の僕の生きる為に戦い抜いた過酷な日々の出来事を語ってあげよう」
それから数十分程、彼のロクでなしエピソードを聞かされた。
「あぁ…もういいです」
この人はガチのロクでなしだ、遊びで金を使ってなくなったから賭博で取り返そうと言う考えが負のスパイラルに落ちて住む場所を失う人のそれだ。
しかも先程の話の中には賭けるものが無くなったから、自分の大事な武器やひどい時には身に着けていた衣服までもを賭けて裸族になったと言う話など、別に自分の事では無いのに言葉にすると自分まで恥ずかしくなるようなエピソードがいくつもあった。
「そうかい、なら一緒に連れて行ってくれるんだね?」
「フィオナ…」
俺はフィオナの方を向いて小さく首を横に振った。
「確かに彼は昔からロクでなしだがいい人だし、超強いんだぞ…」
「私としては最前線での戦いの事を考えると、パーティーに彼が居てくれた方がなぁ…いいからな…」
そうは言うもののフィオナも少し引き気味になっている様子が伺えた。
「そうそう、細かいことは気にしないで」
「ただ僕は純粋な冒険心の赴くままに、目の前の楽しい事や興味の惹かれる事をしているだけさ」
「カゲナギだって自由に冒険するのは男のロマンだろ?」
俺はもうどうなってもいいと思い思考を停止して、とりあえず苦笑いして頷いた。
「フィオナ、もちろんカゲナギ以外にも仲間はいるんだよね?」
「後二人いますよ、今は隣の宿舎で休んでいるはずです」
「じゃ早速挨拶しに行こう!」
ブリューゲルさんは彼が作り出す気さくな雰囲気で完全に自分の話を曖昧にした挙げ句、俺とフィオナの肩を押しながら会議室を出て隣の宿舎まで向かって行く。
「でもブリューゲルさん何で私達のパーティーに入ろうと思ったんですか?」
「ここに来ている先遣隊の中にはもっと安定したパーティーも多くあるのに」
「それは他のみんなが怖そうだったからさ!」
「いやあなた世界最強のフロンティアでしょ? 何怖じ気ずいているんですか」
フィオナが即座にツッコミを入れた。
「いやいや、世界最強と言っても普段は酒と冒険をこよなく愛するただの一般男性さ」
「秀でた運動神経や魔力があるわけでも、多分カゲナギと同じぐらい弱いよ」
確かに見た目からして俺は弱そうだし、実際弱い。
だけど、なぜさっき会ったばかりで俺が弱いと断言出来たのだろう?
ルーペスト帝国のゼスタさんのように見た目は弱そうだけど、強い人だって沢山いるだろうに。
「なんで俺の実力が見抜けたんだって顔してるね?」
俺は無言で首を縦に振った。
「それはのこの眼が君の力量の全てを映し出しているからさ」
そう言ってブリューゲルさんは自分の瞳を指した。
それまるで人智が今だ及び入れない森羅万象の全てを内包したかのような、吸い込まれそうな程奥行きのある青い宇宙のような瞳だった。
「この眼は僕が目にした人間の能力値、魔力属性やスキルに至るまで全ての力量を測ることができる」
「それは凄い……」
ここで俺は重大なある一つの事実に気がついてしまった。
「おい、これって俺の特殊スキル『永久不老』がばれるんじゃないか?」
俺は焦る気持ちを抑え、冷静に小さな声でフィオナの耳元にささやいた。
「あぁそれなら大丈夫、カゲナギと彼を合わせたかった理由はそれをばらす為だからな」
「このスキルはパーティー内の秘密だって前言ってたよな」
「彼はとっくの昔からこのスキルについて知っている、なぜなら師匠の盟友なのだから」
「本当に3年前の戦いには駆けつけることが出来なくて残念だ」
ブリューゲルさんは珍しくしょんぼりした顔になっていた。
「大方事情は察したよ、カゲナギはサヤと同郷の者だ」
「そしてフィオナがモンゼンのギルド長の職を一旦降りてまでこの戦いに参加した理由、僕は君達の目的の答えを少しだけ知っている」
「どう言う事ですか?」
ブリューゲルさんの意味深な態度に俺はつい質問を投げかけてしまった。
「それじゃついてきてくれ」
そう言われてついて行くと俺とフィオナはフロンティアギルド支部の中庭へ到着した。
「フィオナ、僕と模擬戦をしてくれないか?」
「いいですけど、あなたの相手になるかわかりませんよ?」
世界で5本の指に入る実力を持つフィオナが相手にならないと言うなんて、ブリューゲルさん一体どれほどの実力なんだろう?
「この模擬戦でもちろん全力を出す気はないよ、周りの建物が壊れちゃうからね…」
「ただ僕の能力で二人に証明したいことがあるのさ」
「わかりました」
「カゲナギ下がっていろ…」
フィオナの指示通り、俺はその場から少し距離を置き二人を見守る事にした。
俺が立ち去ると二人の周り空気は一変し中庭には一瞬の静寂が訪れた。
「『疑似精霊作成:大精霊シルフ』」
先の深碧竜との戦闘のようにフィオナは衛星のような軌道を描く光の粒に覆われ、その光の粒を結合させ均整の整った美しい女性の姿をした大精霊シルフを作成した。
「お呼びでしょうか、我が主様」
「私の使役する四大精霊の中でもシルフが一番利口だからな」
「お褒めに預かり光栄です」
「周りの建物が壊れないように一点狙いでブリューゲルさんに攻撃できるか?」
「容易い御用です」
シルフはフィオナにお辞儀をすると、ブリューゲルさんにゆっくり近づいて行った。
「お久しぶりでブリューゲル様」
「いや! あなたのような女性に全力をぶつけて貰えるなんて素晴らしい!」
「そうですね、周りの建物を壊さないようにするとは言え生半可な攻撃じゃあなたに通用しないことは承知しておりますよ」
俺はシルフとブリューゲルさんが会話しているのを見て改めて思った。
フィオナの魔力で作成された化身なのに意思もあって記憶もあるなんてどうなってるんだ?
シルフが手を挙げると彼女の周りには数十もの風でできた矢が現れる。
シルフは手を振りかざし、それと同時に数十もの矢がブリューゲルさん目掛けて飛んで行った。
周りの建物の窓が凄い勢いで揺れ、激しい音を立てている。
次の瞬間、ブリューゲルさんに命中したかに見えた矢は尽く消え去り、建物の窓を揺らしていた風も全く吹かなくなっていた。
ブリューゲルさんが無傷なのを見るとシルフはすぐさま風の剣を生成して彼に斬りかかった。
「やはりフィオナの使役する精霊は強い」
そう言いながらブリューゲルさんもシルフが持つ風の剣とそっくりな剣を生成し、防いでいた。
激しい剣撃の攻防はしばらく続き、互いの剣がぶつかる度に激しい突風が吹き乱れる。
「我が主様、力を制限された状態では埒が明かきません」
しばらくするとシルフは剣の打ち合い止め、フィオナの近くまで後退した。
「わかった、久しぶりだがあれいけるか?」
「もちろんでございます」
「『精霊化:大精霊シルフ』」
シルフは白いの大きな光の珠へと変わり、フィオナの中に入っていった。
次の瞬間、フィオナの周りの光も白いに変化し、彼女の体からは風が満ち溢れていた。
「おいおい、それを使っちゃうのかい?」
「当然です、相手は世界最強出し惜しみなどしません」
心なしかフィオナは口調や雰囲気までシルフになったようだ。
「『幻想刀:エアリアルソード』」
フィオナは先程シルフが作成した剣よりも明らかに魔力が籠もってそうな剣を右手に持った。
「参ります!」
そう言った瞬間、フィオナの体躯は疾風と共に消え去っておりブリューゲルさんに斬りかかっていた。
フィオナとブリューゲルさんの剣撃の速度が速すぎて俺の目で追うことは不可能だった。
ただものすごい衝撃の風が発生しており、その場で立っておくのがやっとだった。
「そろそろいいかな…」
俺は二人の戦闘を遠目で見ながら、ブリューゲルさんの口元が一瞬少し緩んだように見えた
「『ライトニング』」
風の剣を使っていたブリューゲルさんからいきなり青白い光が見えた、次の瞬間フィオナが俺がいた方向へ飛ばされてきた。
二人の動きを目で追え無い俺は今の一瞬で何が起きたのか、全く理解することは不可能だった。
「フィオナ…これが君の知りたい答えじゃないのかい?」
ブリューゲルさんの姿が見えなくなった思った矢先、青白い光と共に倒れたフィオナの前に現れた。
「それは師匠の…」
「そうだったんですね…」
フィオナはなぜか少し潤んだ声になっていた。
倒れたフィオナはブリューゲルさんが差し出した手に掴まり立ち上がった。
どうやら模擬戦は終わったみたいだ。
「おーい、何があったんだよ?」
「カゲナギ、怪我はないか?」
「俺のひょろい体は吹き飛ばされそうだったが無傷で生きてるよ」
「カゲナギ、喜べ師匠は生きている」
フィオナは満面の笑みで俺の手を握った。
それは良かったけど、こんな激しい戦闘が終わった後にいきなりそんな事言われてもさっぱり状況がわからいのだが。
「僕が説明するよ」
「僕の眼の能力は実は二つあるのさ、1つは先程言った相手の力量を測ることができる能力」
「そして2つ目の能力は僕が実際に見た全てのスキルや技を全て模倣し使用する事ができるのさ、これは僕が魔力を持っていなくても行使可能なものだ」
「はぁっ…! チートじゃん?!」
「そう彼が魔力無しなのに世界最強のフロンティアたる所以は固有スキル『万象魔眼』があるからだ」
「そうは言っても、この能力を使うには幾つかの制約があるのさ」
「1つ目はこの能力を使用できるのは一日に合計1時間だけだって事、2つ目は模倣したスキルや技のオリジナルを持つ人間が生きている事」
「そしてさっき使ったのは僕の盟友にしてフィオナの師匠でもあるシノザクラ・サヤの魔力属性『雷』」
「てことは、あなたの能力に制約から考えるにシノザクラ・サヤは生きているって事ですか?!」
「そう言う事になるね」
「でも、ブリューゲルさんが今までに会った他の人の力って可能性もあるんじゃですか?」
「それは無い」
俺とブリューゲルの会話にフィオナが冷静な声で入ってきた。
「思い出してくれ最初にモンゼンのフロンティアギルドで君達はこの世界にはどんな魔力属性があると教えられた?」
「えぇ…と、基本属性の火、水、風、土、力と特異2属性の時、空間だったけ」
「あれそれじゃ? 魔力属性『雷』なんてないじゃん」
今まで全然気にも留めたいなかったが、雷の魔法が無いファンタジー世界なんておかしいよな。
「それまでこの世界では単なる自然現象としか捉えられていなかった雷を操る者、それが私の師匠 6番の基本属性を世界で唯一持つフロンティア シノザクラ・サヤだ」
「つまり、そのシノザクラ・サヤが生きているのは確かだって事になるね」
「それならそうと早くいってくださいよ」
「だってフィオナと久しぶりに戦闘がしたかったんだもん…」
「それにただ事実を言うだけじゃつまらいだろ?」
ブリューゲルさんは完全にさっきまでの気さくな雰囲気に戻っていた。
「勘弁してくださいよ、明日から人類の最前線を目指すんですから魔力温存しないと」
「すまなかったね、でも今が楽しければそれでよしさ」
後先考えないそんな考えだからブリューゲルさんは世界最強のクセに一文無しになるんだよ。
「ほらほら、早く宿舎に戻らないと二人のお仲間が首を長くして待っているよ」
俺達は言われるがままにブリューゲルさんを連れて再び宿舎へと向かって行く。
「ちなみに聞きますけど、あなた飛空艇持ってませんでしたっけ?」
「あぁ…あの飛空艇ならここに来る前にどっかの貴族のおっちゃんに売ったよ」
「あの飛空艇は世界一の造船職人が造った物だって言ってたじゃないですか?!」
「あの時は丁度、央都センターで名酒の競りがあってね、その軍資金が足りなかったんだ」
「そんな理由で大事な飛空艇を売ったんですか?」
「そんな理由って酒は大人の男のたしなみさ! 酒一つで央都に集まった世界中の人達と楽しく話ができる」
「この世界でこんなに僕をわくわくさせるのは酒と冒険ぐらいなものさ」
「いいですか、これからあなたは仮にも私達のパーティーに入るんですから、しっかりしてくださいね」
「分かっているよ、こう見えても世界最強のフロンティアやる時はやる男さ」
ブリューゲルさんは自慢げに握り締めた拳を自分の胸に当てた。
それから宿舎に着くまで、フィオナのブリューゲルさんに対する説教は続いた。
世界最強のフロンティア、今日俺が出会った男は気分屋で楽天家、酒と冒険をこよなく愛するロクでなしの兄ちゃんだった。
でも彼は目の前の心躍ることに直向きに飛び込んで行く、純粋な子供のような好奇心で世界一冒険を楽しんでいる人物なのだ。
冒険家というのは彼のように後先考えず今を楽しめるロクでなしの方が向いているのかも知れない。
だからこそ、この世界は彼にまさしくチート呼べる能力を与え、世界最強のロクでなしにしたのだろう。
「フィオナ、そんなに怒らないでくれ」
「せっかくの美人な顔が台無しだぞ」
「うるさいですよ」
「二人とも、結局の所はこの世界は楽しんだ者が勝ちなのさ!」
フロンティアギルド支部から宿舎へと続く廊下にブリューゲルさんの高笑いが響き渡った。
そんな上機嫌なブリューゲルさんを見て、俺とフィオナも顔を合わせて笑いあった。
御一読していただき、ありがとうございました。
よろしければブックマーク登録、評価をお願い致します。




