第26話【代表者会議】
「ん… まだ寝かせてくれよ…」
俺は誰かに肩を揺すられるのを感じ、意識が朦朧とする中なんとか言葉を発した。
「カゲナギ起きて…」
その声は俺の耳元でささやき、余りにも美しい声だった。
「め…が…み…さ…ま…?」
やっと俺にも異世界モノでよくある夢の中で女神に出会って秘められた力が目覚めるテンプレ展開が訪れたのだろうか?
「そうよ、私は女神」
「やっぱりそうでしたか! 要件はなんですか?」
「魔王退治? それとも滅び行く世界の救済ですか?」
ついに俺にもチャンスがやってきたんだ! あぁ〜早く魔法使いてぇー!
俺が薄目になると、そこには金髪に紅の瞳をした美しい女神がいた。
仰向けになったままその女神に手を伸ばすと、何か異常に柔らかい感触のモノに当たった。
「あっ」
「おい…捻くれ妄想男…」
俺が朦朧とした意識の中で胸を踊らせていると、耳元でささやいている声のトーンと口調が激変した。
てか今冷静に考えたら金髪で紅の瞳、それにこの声もどこかで聞き覚えがあるような…
待て待て勘違いだよな。
いやいやこれは勘違いなんかじゃない、俺が女神と見間違えていたのはフィオナだ。
てことは、女神様は全て俺の幻想なのか。
そして俺の手が当たってしまったモノはフィオナの胸部だ、なんか前にも似たような事があった気がする。
次の瞬間、俺の襟裳が強い力で引っ張られ俺はベットから落下した。
この時、俺の意識は完全に覚醒した。
辺りを見てみると部屋には外から仄かに光が差し込み、悠貴はまだベット上にいた。
俺はフィオナに体を引きずられながら寝室を後にした。
寝室を出るとフィオナは俺の体を離し、俺は恐る恐るフィオナの方に体を向け正座した。
「カゲナギはそんなに私の胸が好きなのか…?」
「いや、決してそんな事は…」
「俺は女性は苦手ですし、できればお関わりしたくはありません」
俺は真顔で堂々と自分の思っていることを言った。
「じゃあ… なんでこんな事が起きるんだ?」
「それに… これが初めてでは無いだろ?」
「俺にもわかりません、テヘ」
あぁー 次は俺が主役になれる世界に転生できますように。
ボフッ
来世に望みを託した瞬間、俺の腹部に強烈な痛みが走り、体は宙に浮き上がり部屋の壁まで飛ばされた。
「フワァー なんだよ、今の音は?」
悠貴はあくびをしながら寝室から出てきた。
「おい! カゲナギが泡を吹いて倒れているぞ!」
「あぁ、そうだな」
「なんでフィオナ、そんなに怖い笑顔を浮かべてるんだよ…」
「それに拳から煙が出てるぞ…」
♢ ♢ ♢
「カゲナギ、起きろ」
まただ、誰かが俺を呼んでいる。
しかし、俺はもう同じ過ちは繰り返さない。
「おはようございます、フィオナ様」
「よし、代表者会議に行くぞ」
「了解です」
「朝ごはんはパンがテーブルの上にある、早く食べて顔洗って歯磨きしてこい」
「了解です」
腹部がまだ痛む、もうあんなパンチはくらいたくない。
しばらくの間はフィオナの機嫌を損なわないようにしなければ。
その後、俺は言われた通り迅速に朝の身支度をすませた。
「よし、それじゃ行くか」
代表者会議はこの宿舎に隣接してあるこの都市のフロンティアギルド支部で行われるらしい。
その為、徒歩で10分もかからずに代表者会議の行われる部屋へと到着した。
「この扉の向こうに先遣隊のリーダー達がいる」
フィオナの顔つきがいつも以上に真剣な顔つきになっている。
「やっぱり、俺じゃなくてあいつらと来たほうが…」
「言っただろ、カゲナギに会わせたい人がいるって」
「カゲナギは堂々としていればいいんだ」
「わかったよ」
「それじゃー入るぞ」
フィオナは合図と伴に部屋の扉を開けた。
部屋の入口をまたぐと空気が一変した。
先に部屋にいた者達の視線がいっきに俺達へと浴びせられる。
中にはおよそ100名の各先遣隊の代表者達がすでに着席をしている。
部屋中のどこを見渡しても、一筋縄ではいかない曲者揃いと言ったところだろうか。
「やぁ フィオナ待っていたよ」
部屋の構造は大学の受講室のように机と椅子が何段にも配置されており、入り口とは反対側にある部屋の一番低い場所が教壇のようになっていた。
そこにいた銀髪の一人の若い男性がフィオナに気さくに話してかけてきた。
「遅れて申し訳ありません」
「全然大丈夫さ」
「フィオナ後ろのその子は?」
「私の新しいパーティーメンバーです」
「そうか… 黒髪、黒目ね…」
その若い男性は俺を不思議そうにまじまじとみていた。
「何か…?」
「いやすまない、何でもないよ」
「丁度、2つ席が空いている所は…」
「ここだ一番前の右端、ここに座ってくれ」
俺達はその若い男性の指示に従い、指定された席へと着席した。
「全員揃ったようだね」
「それじゃ先遣隊代表者会議を始めよう」
「司会進行は僕、ブリューゲルが担わせて頂くよ、どうぞよろしく」
そのブリューゲルと名乗る男からは不思議なオーラが感じられる、上手く言葉では表せないが常識では測ることのできない奥深さだ。
全く関係は無いのだが俺の元いた世界でもブリューゲルとか言う画家がいたような。
ブリューゲルさんは世間話から会議を始めようとしていた。
「彼が君に合わせたかった人物だ」
フィオナが俺の耳元でささやいた。
「あの人は一体何者なんだ? まぁこんな所にいるんだから強い人なんだろうけど」
「彼は現在、世界最強のフロンティアと呼ばれている男」
「二つ名は『現世の語部』」
「カゲナギと同じ魔力を持たない者、しかし世界で唯一全ての魔力属性を保有する者でもある」
「えぇ、どういう意味だ?!」
俺はつい大きな声を上げてしまった。
次の瞬間、俺に向けられる視線の圧力が凄まじかった。
「どうしたんだい? えぇ…っと」
しかしブリューゲルさんの気さくでラフな雰囲気が俺の気持ちを少しだけ軽くした。
「カゲナギです」
「そうか、君はカゲナギって言うのか」
「ごめんなさい、何でもありません」
俺は謝罪の言葉を述べて、再び席に着いた。
「そうかい、じゃ世間話はこれぐらいにするか」
「何やってるんだ、詳しい事は後で本人から聞くといい」
「彼の世間話もそろそろ終わる頃だ、会議に集中するぞ」
フィオナはこういう場には慣れているのだろう、凄まじい圧力の視線がこちらに向いても一切動じていない様子だ。
「皆も本当は手短に終わらせたいだろうし、そろそろ本題に入らせてもらうよ」
「今日、皆に集まって貰ったのは承知の上だと思うが先遣隊の先遣隊を決めるためだ」
「『ギルドマスター ガレス殿』からの司令で先遣隊の中から更に精鋭を選び、その者達に『蒼天大瀑布』の偵察をしてきて欲しいと言う事だ」
「ちょっと待ってくれ」
俺達の丁度真後ろに座っていた巨漢の中年男性が男らしい太くて低い声を放ち挙手をした。
その男は深海のような深々な青い色をした髪と目を持っており、黒い毛皮のコートような物を羽織っていた。
「なんだい? セルギウス」
「俺達はそもそもこの大探索クエストに参加する者達の中から選抜された先遣隊だ、それをこれ以上少数にしてわざわざ偵察に向かわせる必要性はあるのか?」
「それは僕もそうなんだと思うんだけど、ガレス殿が言うには『蒼天大瀑布』は今だ未知の土地で何が起こるか分からないから、先遣隊全員で行って全滅する可能性があるかもしれないと…」
「そうなっては『蒼天大瀑布』の攻略はほぼ不可能ってわけだ」
「先に無事に帰ってくる可能性の高い真の精鋭達があの島の状況を偵察し、その情報を元に残りの先遣隊と本隊が乗り込むと…」
「そう言う事だね、『蒼天大瀑布』の攻略には少しでも多くの戦力が必要だ」
「被害はなるべく最小限に押さえたいからね」
「と言う事で、その先遣隊の先遣隊を決めなければいけないんだけど…」
「これは僕達が一応候補を決めておいたよ、後は彼らが承諾してくれるかだけど…」
ブリューゲルさんがそう言うと部屋の中を緊張感のある静寂の空気に包んでいた曲者達がざわつき始めた。
「はいはい、みんな静かにしてくれ」
「それじゃ…発表するけど、行くか行かないかは本人達の自由だ」
「まずはゼスタ率いるルーペスト帝国軍」
あの騎士風のおっさんもここにいたのか。
てか一番前の中央に座っているのにも関わらず居眠りしているし、本当に見た目は強く無さそうなんだけど。
でもブリューゲルさん達に選ばれてるし、帝国最強の剣士なんだよな…
「次にベルドハイム=セルギウス率いるノルデン連合国『漆黒の暴牛』」
ノルデン連合国、バベリアより遥か極北に位置する七星樹の一カ国。
もともとは民族意識の強い4つの部族が結束してできた国で、各族で構成される4つの軍の中でも『漆黒の暴牛』は連合国、一の屈強さを誇る無双の軍勢らしい。
「俺達は連合国、そして我が部族の誇りにかけて要請を断ることなど決してありえない」
俺達のすぐ後ろにいたセルギウスさんは立ち上がり、屈強な体と重低音の響く声で返事をした。
彼が放つオーラはまさに漢の中の漢っと言った感じだ。
「次にイージス=アイギス率いるパーティー」
イージス=アイギス、二つ名は『絶界の護神』
Sランクフロンティアにして世界最強の守りを誇るイージス家の当代当主。
バベリアより遥か西方に位置する七星樹が一カ国パルテスト王国の大貴族家ではあるが政治には一切関与せず、代々フロンティアとして名を挙げてきた実力派の名門らしい。
「央都やこの地を守りし結界を張った当家の力は必要不可欠であろう」
「それに我が祖国パルテスト王国の国王より国の代表も仰せつかっている、断るわけにはいかんだろう」
俺達とは反対側、最前列の左端にいる美しい緑色の髪と目を持った麗人の女性が立ち上がった。
潔白な衣の上には所どころ黄金色に輝く鎧を身にまとっており、ゲームやアニメで度々登場するアテナを具現化したような外見をしている。
「次にアメン=アンク=フィン率いるオリエント聖王国軍」
オリエント聖王国、バベリアの西方に臨在する砂漠の国家であり七星樹の一カ国。
そして聖王国軍を率いて、この先遣隊に参加した王族アメン=アンク=フィン。
「余が率いる聖王国軍の力を世界に示すよい機会だ、協力してやる」
「それと一介のフロンティアごときが余の名前を呼び捨てで呼ぶでない…」
「まぁ…今は寛容な精神で許してやるが、次は死罪に処すぞ」
最前列の中央、居眠りしているゼスタさんの隣で腕を組んだまま一人の少年が立ち上がった。
見た目は俺達よりも年下? ミアと同じくらいだろうか。
白髪に鮮血のような真っ赤な目をした美少年だった。
格好はエジプト王朝のファラオのような格好をしており所々、日に焼けた肌が露出していた。
それにガキのくせに態度がやたらと尊大で、世界最強のフロンティアであるブリューゲルさんに向かって死罪に処すぞなんて言っちゃてる。
まさに古代王朝の暴君と言った所だろうか。
「すまないね、フィン王子」
一国の王子から死罪宣告されかけているのにブリューゲルさんはぶれずに気さくな雰囲気を保ち続けていた。
「じゃ、次を発表するよ」
「次にシン=ギスタン率いるモンテリオール公国『平原近衛隊』」
モンテリオール公国、モンゼンより少し東へ行ったバベリアの東方の草原地帯に位置する七星樹の一カ国。
共和制の君主を立てない民主国家で、専守防衛の公国最強の自警隊『平原近衛隊』別名『大地の覇者』、公国が専守防衛を辞め、侵略してきたら世界の均衡が崩れるとも言われる程の実力を誇るらしい。
「あまり争いはよしたいが我が公国の威信を示し、他国から侵略の抑止になるのなら参加させてもらおう」
最後列の中央に座っていた優しそうな顔の細身のどこにでもいそうな中年の男性が立ち上がった。
容姿は茶髪の茶色い目をしており、本当にどこにでもいそうなおっさんだ。
緑のローブを羽織、腰には立派な鞘に収められた二本の剣を携えていた。
「これで七星樹所属の国の者達は全員行ってくれるようだね」
「じゃ〜これで最後だね」
「最後にユースティア=フィオナ率いるパーティー」
あぁ…なんとなくそんな気はしていたのだがやはり呼ばれてしまったか。
まぁフィオナはなにせ世界で5本の指に入るフロンティアとなのだから当然と言えば当然の話しだ。
「フィオナ…一応聞くが行くのか…?」
「この空気で普通断るか? 君みたいな臆病な捻くれ者はともかく私はそんな事できん」
うるせぇー! 俺は別に臆病者というわけでは無い、ただプライドよりも安定志向が勝っちゃうタイプの人間なんだよ。
だって嫌だよ、曲者の中のさらに曲者達と人類の最も危ない場所に行くなんて…
「それに私だって貴族家の当主としての意地がある」
「ですよね…」
次の瞬間、フィオナは席を立った。
「このユースティア=フィオナ、我が家と我が師の誇りにかけて今一度人類の最前線を塗り替える大役を担わせて頂こう」
フィオナが力強く堂々と宣言すると部屋中の先遣隊のリーダー達から拍手喝采を浴びた。
この状況からもフィオナは余程信頼と期待を寄せられているフロンティアである事が覗える。
「ありがとう、これで全員了承してくれたね」
「本隊は今日より3日後にこの島に立ち寄り、その日の内に『蒼天大瀑布』に向けて出発する予定だ、よって今決まった精鋭の皆には明日にでも『蒼天大瀑布』を目指してもらう」
「今日は早急に支度を済ませて、十分な休息を取ってくれ」
「それじゃ解散!」
こうして曲者揃いの代表者会議は幕を閉じ、代表者達は次々と部屋を後にしている。
「カゲナギ君、フィオナ少し君達に話がある」
会議が終わった後、ブリューゲルさんに少し話を伺おうと思ってはいたが、驚くべきことに世界最強のフロンティアからEランクフロンティアの俺に話しかけてきた。
「なんですか?」
「あの…僕も精鋭の皆と『蒼天大瀑布』に行きたいんだけど、情けない話今僕は一文無しでこの島に立ち往生させられているのさ」
「だから、君達のパーティーに入れてもらえないかい?」
ブリューゲルさは相変わらず気さくな笑顔を浮かべていた。
「「いや…はぁっ?!」」
俺とフィオナは思いがけず世界最強のフロンティアに対して呆れ果てた声を漏らした。
御一読していただき、ありがとうございました。
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