第22話【願いの英雄譚】
遥か南方の空を目指し離陸してから数時間が経過した今の高度は上空2000メートルに達している。
飛空艇のしたから地を見渡せば、雲の隙間からまだ村や町をはっきりと視認することができた。
俺達、先遣隊はそんなまだ浅い空域を何十隻の飛空艇が固まって飛行している。
俺とフィオナンは船の甲板に出て外の様子を見ていた。
「後どれくらいで『蒼天大瀑布』とやらに着くんだ?」
「今日はまず中継基地がある浮遊島を目指す事になっている」
「そう言えば、肝心の浮遊島が中々見当たらないな…」
「基本浮遊島が存在しているのは上空3000メートル以上の空域」
「上を見てみろ、僅かだが雲の隙間から浮遊島が見えるだろ?」
「これから目指す中継基地のある島はバベリア内に稀に存在する、約上空2700メートルに浮かぶ人類の手が最も施されている浮遊島だ」
「フィオナ、お腹空いたんだけど…」
悠貴は腹を押さえなが船内から出てきた。
「食料なら1ヶ月分は持つように頼んである、倉庫に行けば積んであるはずだ」
「そうか、ありがとう!」
悠貴は目の色を変えて、倉庫へと駆け出していった。
「あいつは全てが完璧なイケメン君のくせに、どうして食べ物だけには弱いんだろうな?」
フィオナが半ば諦めた表情で俺の方を向いてきた。
「さぁーな… 俺もあいつとはここに来る前は1年ちょっとの付き合いしか無かったからな」
「どうして、俺とあいつが一緒にこの世界に来たんだろうな?」
俺はフィオナとは顔を合わせず、青々とした大空を眺めなら自らに質問を投げ掛けるように答えた。
「君達は日本からどうやってこっちの世界に来たんだ?」
「それが…俺達にも全くわからないんだ」
「悠貴に聞いてみ、気づいたらこの世界に来ていて隣には俺がいたらしい」
「俺がフィオナの頼みを聞いて最前線に行こうとしたのも、シノザクラ・サヤにもし会えれば、俺達がこの世界に来た原因が分かるかもって思ったのもあるんだ」
「そうか、なら君達に言わなければいけない事がある」
「なら、みんなを呼んでくるよ」
「いや… 今はカゲナギだけに聞いて欲しい」
真剣な表情のフィオナの要望に対して、俺は何も言わずに首を縦に振った。
「私が師匠と別れる際、師匠は最後にこんな言葉を残していった」
『世界は英雄を欲しているわ、そしてこの創造の巨塔もね… 私はいつか来るその子達の為に道を開くだけ、もしフィオナがその子達に会ったら導いてあげて… これが師匠としてあなたに与える最後の課題』
「それが、師匠が最後に私に伝えた言葉だ」
「私は彼の英雄が君達二人のことなんじゃいかって思ったんだ… 特に悠貴は能力やスキルから見ても恐らくな…」
フィオナは師匠の事を思い出して恋しくなったんだろう、少しだけ悲しそうな表情に変わっていた。
「ちょっと意味深な言葉すぎて理解するのに時間がかかるんだが… フィオナ師匠の言葉」
「まぁ、とりあえず俺は確実にその英雄とやらでは無いだろうな、だって弱いしな」
そうだ、弱キャラで色々と捻くれている俺が皆の憧れの対象となる英雄なわけは無いのだ。
でも、あいつなら何もかもが英雄のそれに当てはまるのだ…
「それなら、俺じゃなくて悠貴に伝えるべきじゃないのか?」
「この世界に来て間もないのに最前線でも戦わせ、重ねてそんな酷な話をするわけにはいかないだろ…」
「別に英雄なんて言われて、酷な話だと思うやつなんて居ないんじゃないか?」
フィオナがこの話をなぜ酷な話と言っているのか、俺はよく理解できなかった。
「カゲナギ… この世界で語り継がれる英雄は美化されたおとぎ話の主人公では無いんだ…」
「どう言うことだ、英雄はみんなの憧れるヒーローだろ?」
「それは違う… この世界で英雄を指す人物が登場する話はたった一つだけ『願いの英雄譚』と呼ばれている物語だ」
♢ ♢ ♢
「これはあくまで架空の話とされているが、これはこの世界にバベリアが創られる前、まだこの世界に巨人や獣人、鬼人、妖精族など多様な種族が存在していた時代の物語だ」
「物語の主人公である『願いの英雄』はこの世界を一度滅ぼしたとされている。
最初『願いの英雄』はそれまでどこかの国に仕えていた騎士や兵士でもなければ、この世界に面識のある者さえいない正体不明の人物だった。
『願いの英雄』はその名の通り、当時この世界には存在しなかった魔法と言う奇跡の力を使い世界中の種族の願いを叶えていった、その結果この世界から争いや格差は是正され平和な世の中が訪れた。
しかし、人類だけは『願いの英雄』が魔法を通して起こす奇跡に依存しすぎたんだ。
人類は自分たちが何か問題を起こしても、解決しようとせず『願いの英雄』がなんとかしてくれるだろうと思い、身勝手な振る舞いを続け腐敗していった。
そんな、身勝手な振る舞いを続けた人類に対して他の種族は痺れを切らし、ついには種族間戦争までに発展し、その火種は他の種族同士の戦争へと飛び火していった。
世界は『願いの英雄』が現れる前よりも戦火溢れる醜い産物となっていった。
そんな世界と自分に絶望し疲弊していった『願いの英雄』は全て無かった事にしようと、魔法の力でこの世界に存在するほとんどの種族を滅ばし、自身はこのバベリアという巨塔を創造し朽ち果てたという。
しかしこの話にはまだ続きがある、皮肉な事にも『願いの英雄』が滅ぼした世界で唯一わずかながらに生き残った種族がいた、それが今の私達の先祖にあたる人類だ。
そして、その後の人類はなぜか『願いの英雄』が使った奇跡の力である魔法が使えるのだ」
♢ ♢ ♢
「『願いの英雄譚』を要約して話すとこんな感じだな」
「まぁ、これは魔法の力を正しく使いこんな過ちを二度と犯さないようにと言う世界中の子どもでも皆知っている教訓話のようなものなんだがな…」
「だから、この世界では英雄という余りにも絶大な力を持つ大きすぎる光は忌み嫌われるんだ」
「じゃ、何でシノザクラ・サヤは世界が英雄を欲しているなんて言ったんだ?」
「それは私にも分からない、だからもう一度師匠に会ってその言葉の真意確かめたいんだ」
「それに君達二人を師匠の所まで連れていければ、全てが分かる気がするんだ」
「そうだなぁ… 何か分かるかもしれない…」
「この話は暫く悠貴には伏せておくよ」
「そうしてくれ、ユウキの為にもな」
俺とフィオナはこの話が終わり船内へと戻ろうとしたその時、魔法で拡声された声が先遣隊中に響き渡った。
「進行方向より多数の飛竜接近! 繰り返す、進行方向より多数の飛竜接近」
「先遣隊、総員迎撃体制に移行せよ!」
「この高度で飛竜種が来るなんて珍しいな」
「流石にまだカゲナギ達だけじゃ難しいか、それに私はあいつらを守るって約束したからな」
フィオナはそう言って、凛々しい表情で進行方向の先にいる飛竜を見ていた。
「カゲナギはユウキとミアを呼んできてくれ」
「分かった… フィオナも戦うのか?」
俺は船内に2人を呼びに行こうと駆け出した途中、フィオナに質問した。
「飛竜は今までの魔物とは別格だ、君達をここで危険な目に合わせるわけにはいかいだろ」
「そうだな…」
そう軽く返事をした後、俺は再び船内へと駆け出して行った。
長い間旅をしてきて、一度も見られなかったフィオナの戦闘シーンがついに見られるのだ。
俺は世界に4人しかいない戦姫の一人である、『衛星の戦姫』がどんな戦いぶりを見せてくれるのかに期待し胸を膨らませていた。
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