第0話【プロローグ:まだ名も知らぬ異端なる地へ】
この第0話だけ、他の話と比べて空気感が異質だと思います。
ただ読者様がこの世界の真相を知った時に思わず、この第0話を読み返したくなるような構成にしたいのでどうかお許しください。
彼の地には一つの巨塔が悠然とそびえ立っていた。
その巨塔は山脈をも飲み込み、海洋をも塔内に有し、あまりの巨大さ故に地上からでは塔の頂上を望むことはかなわない。
塔の中には海、山、川、湖、砂漠、雪原など自然界にある、ありとあらゆる地形に加え浮遊島が存在し、塔内の中央には天まで届くような巨大な大樹が立っている。
そこには数多の町や村、集落などが点在し文明が根付いていた。
なれど、人類が到達できたのは塔の下層領域に過ぎず、そこ以外の領域は未開の地である。
人々はその未開の地に眠る、数多の財宝、資源、生命、そして未知の力や知識を求めた。
そんな人類の新たな時代を創り、あらゆる夢への概念を内包したこの巨塔を人々はこう呼んだ。
『創世の巨塔』と。
♢ ♢ ♢
長らく停滞していた梅雨前線はどこかえ去って行き、今年もまた夏の足音が聞こえ始めてきた。
くそ暑すぎる、なんでエアコンはまだつかねぇーんだよと心の中で悲痛の叫びを上げていた。
俺は窓から見える夏雲と、シャーペンが机に接触する音を聞きながら、7月上旬の温気で気が滅入りそうだった。
とはいえ今は気落ちしている場合ではないんだ。
俺の通っている高校は今、期末考査真っ最中なのだ。
俺はけっして自分の赤点を悟ってテストを諦め、窓の外をぼーと見つめていたわけではない。
ただ、なんとなく今いる世界の光景を目に留めておきたい気分になっただけ。
そうこうしてシャーペンを進めているうちに時が経ち、程なくして予鈴がなり無事に期末考査が終了した。
今回も大方の科目で評定5は取れそうだな…よし。
俺は安堵の叫びを漏らそうと思ったが、心の声で留めておくことにした。
俺とは違い他のクラスメイト達は互いにテストについての談笑を交わしている。
それにより数分前まで緊張感で静まり返っていた教室は一気に騒々しくなった。
終礼が始まるまで少々時間があるので、俺はバックから宿題を出して取り組むことにした。
「おいおい、テストが終わったていうのに、一人黙って宿題してるのか?」
そうしていると課題をやる暇もなく、期末考査が終わって嬉しそうな顔の成績学科No.1のクラスメイト悠貴が話しかけてきた。
「あぁ…テストの自己採点と復習は地味に量多いからな」
「それに家では課題じゃなくてゲームしたいし」
そうこれが俺の学校での過ごし方。
飽くまで勉学に勤しむ場所、それが俺の学校に対する認識だ。
我が高校は一様は進学校を名乗っている為、近くの実業系高校に比べたら宿題の量は倍以上、学校の休み時間や昼休みなどの空き時間は全て宿題に充てる事で、自宅でみっちりアニメやゲームに浸る時間を確保しているのだ。
幸いにも、仲のいい友達がいるわけでもない、部活にも同好会にも所属していない、もちろん彼女などいるわけはない、そんな俺は入学してから毎日欠かさずそれを実行できている。
「ゲームもいいけど…今日駅で七夕祭りがあるらしいから、お前も行こうぜ!」
「俺は行かねぇーよ、人混み嫌いだし、知り合いに合うのも面倒だし、陽キャの溜まり場ぽいしな、それに今日から新規の夏アニがあるんだよ」
俺が早口で拒否した理由を述べると悠貴は苦笑している。
そして彼は机に肘をつけて、俺と同じ目線の高さになった。
「お前さぁー 陰キャぶってないで、高校生活楽しめよ。まぁサブカルチャー好きなのは分かるけど、高校生活は今しかないんだぜ。来年受験だし……」
「別に陰キャぶってるわけじゃない、学校では平穏な暮らしを送りたいだけだよ」
悠貴が気を使ってくれるんのは有り難い、だが俺は別に特段そのような祭り事には興味が無い。
そんな事より俺の頭の中は夏アニのことでいっぱいなのだ。
「でもやっぱり祭りには行かねぇーよ、後今のご時世アニメやゲームはサブカルチャーじゃなくて日本を代表する…」
俺がアニメやゲームの事について語り出すと、悠貴は呆れて違う方向に目を逸らしていた。
「お前のサブカルに対する情熱は分かったから。でも、もし万が一祭りに来たくなったらいつでも連絡しろよ」
悠貴はそう言い残すと、こちらに軽く手を振り他のクラスメイトに呼び出され俺の元を去っていった。
あいつは本当にいい奴だ、文武両道で性格もいいなんて、流石だな…
俺は去っていく彼の背中を見て改めて悠貴の偉大さを思い知った。
終礼も終わり、俺は足早に帰路についた。
校門を通過して坂の側面に金属のプレートで希望の坂と書かれてある坂を下りながら、現実は過酷なものだと再確認し、「はぁ…」と落胆の声を漏らす。
しばらく自転車を漕ぎ続けると学校からの帰路の途中にある神社が見えてきた。
自販機の横に自転車を停めてコーヒーを片手にひと休みしようと思い、階段を登って神社の境内に入り、スマホを出して夏アニのまとめサイトを検索する。
しばしの間スマホを眺めていると、神社の前の沿道で着物を着たカップルが楽しそうに歩いているのが視界に入った。
特に羨ましいなどとは思わない。
だが、なぜか分からないが、憂鬱な気持ちになっている自分がいた。
「こんなの…現実に満足できない高校生のただの逃避行じゃなねぇーか…」
俺は無意識の内にとても普段の会話では言えないくさいセリフがぽつりと漏れ出ていた事に気がついた。
セリフがぽつりと漏れ出たと気づいた頃には、俺の指はすでにスマホの画面をスクロールするのを止めていた。
そしていつの間にか俺の意識は画面から自分の脳内へと移行していた。
自分でも自分のことを、捻くれ者であまのじゃくだと本当は気づいている。
そして現状の自分では、この空虚な心を満たす事はできないんだと知っていた。
現状の自分を変えないのか? 特別になりたいんだろ?
いつからだろう… 俺は普通ではない何かになりたいと、それで満たされたいと思うようになり、それを求めるようになっていた。
悠貴達みたいに普通の高校生をやってエンジョイした方が無難だし、楽な事も分かったいる。
しかし普通の高校生が楽しむような事はあまりしないし、そういう場所にも行かない。
それをしては、そこに行ってしまっては、自分が普通の高校生なのだと改めて再認識させられるからだ。
そうやって俺はリアルに期待を抱かない代わりに、空想に期待を抱くようになっていた。
アニメやゲームの中にある剣と魔法の世界が無いと知っていても、どこかに存在するのではないかという根拠のない期待を、目には見えない僅かな可能性を…心の片隅で抱いてしてしまう。
そう俺の中には普通ではない何かを捻くれ者になりながれでも掴みたい自分と、そんなものは手に入らず捻くれ者を辞め素直に普通の青春を楽しんだ方が楽になれるという、両極端な自分が混在していた。
現状の俺としては前者の自分の方が色濃く外の世界に出てきいるのだ。
だが俺の内側ではこの両極端な二人の自分によって永遠と自問自答が繰り返されることで、一種のジレンマが発生し思春期の精神病的な物を患っているのかもしれない。
では何故、前者の自分が色濃く外の世界に出てきているのか?
それは漠然とだが一つだけ分かることがあるからだ。
今ある俺の捻くれた青春を普通ではない何かなら変革してくれる予感がする。
気がつけば片手に握っていたコーヒーの缶が軽くなっていた。
神社から、落ち行く夕日と淡い色合いに染まり黄昏れている街を見下ろしていると、私服姿の悠貴が神社の前の沿道を通り過ぎて行くのを発見した。
おそらくさっき言っていた駅で催されている七夕祭り行く道中なのだろう。
俺は今見つかりたくなかった奴に見つかって、少し顔をしかめていたのだろうか?
「俺を見てなんで嫌そう顔するんだよー」
「異世界ならお前みたいに青い春の最前線に立てるかもな」
上機嫌そうに言葉を発する悠貴を見ながら思わず心の声がそっと漏れ出てしまった。
「え、なんて言ったんだ」
本当にこいつは… 自然と難聴系主人公みたいな切り返ししてきやがって。
「いいや、独り言だ気にするな」
俺の遥か上空には、ぼんやりとだが星が姿を現そうとしている。
「今日は七夕か、なら……」
その星を仰ぎ見て、目を閉じた俺は一言呟いた。
その後の言葉を発しようした瞬間、周りの空気が変わったきがした。
次の瞬間ふと目を開けると、俺達の目の前には見たことがない光景が広がっていた。
♢ ♢ ♢
かくして捻くれ高校生小野田陽凪と陽キャ高校生神夏磯悠貴は、まだ名も知らぬ世界の大地に足を踏み入れる事となったのだ。
後に彼らが紡ぐ事となる冒険の旅路は主人公以外が王道ファンタジー路線を辿る、『捻くれた物語』だということを、まだ誰も知らなかった………
御一読していただき、ありがとうございました。
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