恋は何色?
ジタバタと逃げようとする鶏を押さえつけ、細い首に狙いを定めてナイフを突き立てた。
拍動する動脈から勢いよく血が飛び出して、鶏を押さえつけていた少女の頰を赤く染める。
手慣れたように鶏の胴体と頭部を切り離すと、暴れていた胴体の動きは鈍くなっていく。
頭部は苦しげに口を開け、無機質なものとなってしまった瞳には少女の顔を映していた。
「よくやるよね。」
少女はにやけた顔を元の無表情だった顔に戻して、声を掛けてきた幼馴染の少年を見上げた。
「食べ物しか殺してない。」
言い訳するように少女は言う。
命を奪うことが例え人間に関係ない動物であっても、世間の目からは忌み嫌われることを知っている言い方である。
とは言え幼い頃は無差別に殺していた命も、分別を身につけた少女は食料となる家畜等しか殺さなくなっていた。
「婚約が決まったよ。」
「ふーん。」
少年の言葉に少女は興味が無いと言わんばかりに適当に相槌を打った。
少年もその反応は予測できていたのか、鶏を吊るし血抜きをする少女をただ無言で見ていた。
鶏を吊るし終えて、少女は真っ赤に染まった両手を桶の水で洗う。
血の付着していないエプロンの端で濡れた手を拭き、少女は少年に手を差し出す。
「これからもよろしく。」
「こちらこそ。」
少年は少女の手を取る。
気の狂った動物殺しの少女を一人娘に持つ領主と、それを逃げもせずに受け入れた少年を息子に持つ野心家で地位と権力を欲しがっている家臣、利害は一致していた。
決まった運命、少年少女も随分と前からわかっていたこと。
鶏の血が滴る部屋で、二人は晴れて婚約者となった。
「…あんな基地外よく相手にできるな?」
「気持ちは良くないけれど、それで権力が握れるのなら安いもんだよ。」
「まぁ、愛人を囲えば済むことか。」
「愛人、にはして置くつもりらないが、ね。」
「…はぁ?」
青年となった少年が友人と話している所を少女だった女性はたまたま居合わせてしまい、耳に入れてしまう。
女性は幾ら外で女を作ろうとも興味のなかった青年の心情が動物を解剖する時のように露わになったことに少し興奮もしたが、すぐに冷静さを取り戻して薄ら笑いを浮かべる。
長く傍に居たというのに、今となって青年に不思議と興味が湧いてくる。
まだ…駄目だ。
女性はそう自分に言い聞かせ、歓喜に震えてる手を強く握ってその場から離れた。
「…ありがとう。」
女性は人生で一度も見せたこともないような、年頃の娘と同じような無邪気な笑顔で青年に微笑みかけた。
元は顔の作りの良かった女性の笑顔に青年は一瞬だが、呆気に取られる。
しかし、すぐに何年も前から知っていた女性の正体を思い出した。
青年はどうしたと言いたい口は声を発せない事に気づく。
「大好きよ。」
女性の愛の告白を聴きながら青年は意識を飛ばした。
気がつけば体の自由は無く、同じように体の自由を奪われた家族と恋人がいた。
そして、それらを上から眺めている婚約者と領主がいる。
「私を殺そうなんていい度胸ね。」
相変わらず女性は今まで見たことがないような可憐な笑顔を浮かべ、まるで恋人とデートを楽しむように嬉しそうだった。
「ねぇ、お父様、罰を与えなければならないのでは?」
女性は父親と腕を組んで甘えるように頭を枝垂れる。
父である領主は厳しい顔をして、ただ黙って頷いた。
「私に頂戴。これ全部!そしたら動物を殺すのは辞めるわ!」
「本当に辞めるのだな…」
「ええ、もちろん。」
「ならば好きにしろ。しかし他の人間には絶対に知られるな。」
「承知致しました、お父様。」
これで最後ならばと領主は諦めたように娘に言い放ち、足早に部屋を出る。
ここは血の匂いが染み込んだ女性専用の解体場。
誰かが近寄ることもない。
二人が一緒にいることが多かった場所で、婚約が始まって終わる場所。
「さぁ、はじめましょうか。」
女性は鹿やイノシシを捌く大きな包丁を手に微笑む。
背後には部位によって使い分ける刃物が所狭しと並び、出番はまだかと光り輝いている。
その刃物と同じくらいに女性の瞳は輝いていた。
女性は穴を掘りながら恋とは果たしてなんだったのだろうかと心の中で彼に問いかける。
生き物の中身が暴かれ、紐解かれる瞬間がとても好きだった。
人間の心理もまた動物と同じく解体すれば全てを分かる、そんな感じがしたが、それは違っていた。
考えればすぐにわかることだ。
動物を解体しても心は分からないのだから。
そんな単純ことが分からないくらいに舞い上がり執着した心は、一体なんだっただろう。
女性は彼だった骸にキスをする。
やはり、彼への好意は持てなかったが、あの時の興奮が女性の中で湧き上がってくる。
鳥肌を立たせながら、ぶるりと一度身震いすると女性はニヤリと笑う。
そして、もう一つの骸を手にかけると彼と唇を合わせた。
これが正しい恋。
女性は腑に落ちたようで、そのまま二つの骸を一つの穴に入れた。
これまで女性が手がけてきた動物たちの墓に数体の人間の墓が加わる。
無数にある墓がいくつ増えようとも誰も気づくことはないだろう。
女性は花を添えて形だけの弔いをする。
ここは彼らを弔う場所ではなく、彼女の勲章の場所。
何度も思い出して、悦に浸るための目印。
「ありがとう。」
理由をくれて。
「大好きよ。」
これ程までに自分に執着をくれて。
きっと恋の色は、切り離されてもまだピクピクと動いていた彼の心臓の薄紅色。
その快感を忘れられるはずもなく、女性は父に笑いかける。
「言ったじゃない、動物は、殺さない、と。」