第四話 「情報屋」
翌朝、朝早くザウルスは俺の所に来た。
「会ってもらえる事になりました。向こうの都合上、昼時にこの部屋に来るそうです」
「少しの時間でも惜しいが向こうがそう言うなら仕方がない。他に出来ることをしておくか」
俺は続けて
「ザウルス、お前は今回の件に関してどこまで知っているんだ?」
「私はあの日玉座とは別の場所にいました。しかし火の手が上がったのを知って真っ先にそこに駆けつけました。しかしそこには高官の貴族達の死体がいくつもありましたが国王様やミカエル様は見当たらりませんでした。そこで城中を探し回っていると何やら不審な奴らを何人も見かけました。その内の数人が地下へと向かったのを見て何事かとあとを追うとあの場面に居合わせたのです」
なるほど。
「国王の死体は見ていないのか?」
「はい、国王様は今どこにいるのでしょうか」
「王はボイスラーによって殺された」
俺は端的に言った。
「なんですと!国王様は逃げられたとばかり思っていましたのに。しかも首謀者があの宰相ですと!」
ザウルスの顔には驚愕と怒りが見て取れる。
俺も聞いた話だがそれを見た王子自らが言っていたのだからそうなのだろう。
だが死体は残されていなかったのか。
やはり敵は何か嘘をでっち上げようとしているのかもしれない。
だがうかうかと表立って出ていくわけにはいかない。
最早宮廷には宰相の味方の奴らしかいないだろう。
しかもアイツらは俺を探しているかもしれない。
かといってここに閉じこまっていては全てが手遅れになる。
どうにか素性を隠して行動に出なければ。
俺は長い沈黙のあと
「ザウルス、何か服を用意してくれ」
「分かりました。しかしなにゆえ急な事だったので手持ちがほとんどありません」
「あぁ分かっている。俺とお前用のローブが買えればそれで十分だ」
「はいかしこまりました」
「それとお前が俺に敬語は使うのはこれからはやめておけ。変に歳上の男が歳下にかしづいていると身分を疑われる。そうだな、お前と俺は祖父と孫にしては似ていなさすぎるから、旅を共にする師匠と弟子と言ったところにしよう。敬語も俺が使った方がいいだろう。それと魔術は極力使うな。それこそ身分がバレかねない」
ザウルスは暫く間を空けてから
「なるほど、分かった。恐れ多いがそれで行くほうが都合が良さそうじゃ。それで何の師弟関係にするんじゃ?」
俺もすぐに切り替える。
俺は演者のプロだ。
「師匠は身体強化が得意でしたよね。ということは魔術を使わなくてもある程度の体術は使えるでしょうからそれに。僕も少し覚えがあります」
「お主も出来るのか。それは知らなかった。よし、そうすることにしようかの」
俺は次の話題に話を向ける。
「ところでその情報屋の男はどういう人なんですか?」
「修道女じゃ。それもとびっきりの美女じゃ」
コイツ急にラフになりやがった。
どうでもいい事を言い出しやがる。
スケベジジィでも演じたいのか?
「その女とはどういう繋がりなんです?」
「ワシも貴族の端くれ。後ろ暗い事の一つや二つあるもんじゃ。まぁ他ならぬお主が聞いてきたのじゃ。あえて言うなれば女性関係でと言っておこうぞ」
ホントになんなんだこのジジィは、こっちが下手に出てりゃ調子に乗りやがって。
俺がいくら言ったとはいえなんだこの変わり身の速さは。
偽物とはいえ仮にも一国の王子ということになっている相手だぞ。
このキャラが素なのか?
それとも演技だとしたら、お前まさか影武者か?
こっちは全く気づかなかったぞ。
と俺までなんだか緊張感が無くなっている。
コイツは俺の肩の力を抜こうとしたのかもしれない。
よし、そういう事にしておこう。
その後すぐにザウルスは買い出しに出掛ける。
俺は一人部屋で教会組織について思いを巡らす。
もう立ち上がれるようになっていた。
教会には独自の情報ネットワークが存在する。
世界各地に教会があり、それらが信徒から情報を集めている。
また各国が不可侵ということは逆に教会が敵になることもない。
貴族の情報の中継地になる事も多い。
その後昼となり、買い出しに出掛けていたザウルスが一人の修道女を連れて戻ってきた。
「実力はワシの折り紙つきじゃ」
そう言うとザウルスは女に椅子を用意して自分は俺の後ろにつく。
俺はベッドの上で上体を起こしている。
俺は目の前の女に尋ねる。
「あなたが情報屋さんですね」
「はいその通りです」
なるほど、ザウルスがわざわざ言うだけはある。
腰まで伸びる美しい黒髪。
前髪は斜めに切りそれえられている。
肌は白く透き通っていて、大きくて丸い目が特に印象的だ。
顔の作りは整っているが、浮かべる微笑には快活さが伺える。
白を基調とし、黒い線の入った修道服を着ている。
身長は俺よりは低いが女としては大きい方だろう。
話す声はやや低い。
歳は俺と同じくらいか。
ややあどけなさは残るが美人と言える。
「はじめまして、私はサライと申します。お会いできて光栄です、ミカエル王子」
俺は目を細める。
「俺の正体はザウルスから聞いたのか?」
「いえ。ですがこれでも私は情報屋です」
なるほど、流石といえる。
国王と比べれば王子は人前に立つことは少なく、そもそも若い。
だから本来王子である俺の顔は平民にはあまり知られていない。
向こうが正体を知っているといういうのであれば師匠と弟子の演技も必要ないだろう。
俺は口調をいつものものに戻す。
「あいにく今俺達の手持ちは少ない。払える金はそうは多くはないんだが」
「滅相もない。今日は次期国王となられる方と面識が作れただけで満足です。今後の先行投資とでも考えて下さい」
そういう事なら話に乗らせてもらおう。
余り相手に貸しを作るべきではないが。
「お前の立場は教会の意向に伴うものなのか?」
「いいえ、これは私個人のものです。あくまで教会は母体でしかなく、どちらにも肩入れはしません。判断は各個人に任せられています」
なるほど、敵ではないが味方でもないと考えといた方がいいだろう。
だとすると金が無い今、より高度な情報を引き出すためにこちらの情報を差し出す事は避けるべきか。
顔につられて気を許すわけにはいかない。
結局今後の繋がりは金次第ということか。
サライは尋ねてくる。
「どのような情報をお望みですか」
「現在の城の様子についてだ。それと北の戦場の状態についても出来れば知りたい」
「エリスラーとの戦争の事かいな?」
ここで初めてザウルスが口をはさむ。
師匠としての口調を続けている。
まだ口調は模索中か。
「あぁそれについての情報が必要だ。目的は」
そこで情報屋に聞かれている事に気付く。
下手に知られて他人に流されては困る。
俺は続きを言うのをやめ
「いやそれはあとだ。サライさん、その二つについてなるべく詳しく頼む」
「そうですね」
サライは腰から手帳のようなものを取り出してページをぱらぱらとめくる。
黒い前髪が揺れている。
見ているとまつ毛が長い事に気付く。
サライを指先をあるページで止めた。
「現在火事は消火されていますが城のほとんどが全焼しました。今は後宮の方が臨時で使われています。先頭に立って宮廷の指揮を取っているのは宰相のボイスラー様です」
やはりあの男か。国を乗っ取ろうとでもしているのか。
いや、実際そうなのだろう。
しかし今の王国の制度では何よりも王族の血筋が重んじられる。
アイツはかなりの貴族の家の出であるが、国王にはなれない。傀儡でも立てるのか。
サライは続ける。
「そして現在の北方でのエリスラー王国との戦争ですが、依然膠着状態が続いています。。そして現在、この国の国王自らが戦場に向かっているということにです」
「何だって?国王は死んだはずだぞ!」
驚いて俺はついそう言ってしまった。
「ほう」
今度は修道女の方が目を細める。
そこで気付く。
目の前の女に余計な情報を与えてしまった。
考えを切り替える。
しようがない。こうなってしまったからにはこちらが不利にならないような情報は喋ってしまおう。心証を良くするのも悪くないだろう。
「今回の件は他国の介入ではなく宰相ボイスラーのクーデターだ。だが俺達の味方はほぼ全滅と言って良い」
「なるほど、それはいい事を聞きました。この情報は流石にこちらも掴めていなかったので驚きです。貴方様とは上手くやっていけそうです」
修道女は年齢の割に妖艶に笑う。
様々な表情を持つ女だ。
心の奥では何を考えているのか分からない。信用が重要な商売。情報は信じられるが、この女の人となりを俺は信用出来そうにない。
俺は話を戻す。
「それよりもだ。国王が生きてる事にされているのはこの際置いておこう。何か意図はあるのだろうが。だが他の貴族も大方行ってないのに何故わざわざ国王がこんな時に戦場へ向かう」
「こんな時だからでしょう。王都での事はすぐにでも戦場へ伝わります。それが兵士の動揺を誘わないように、国王自らが行って士気を高めようとしているのでは?まぁこれは私の推測に過ぎませんが」
「なるほど」
しかしどうもおかしい。
そんな情報を流しても実際に王が行くわけじゃない。
期待させておいて来なければ、余計不安を煽りそうなものだが。
ボイスラーが何を企んでいるのかは分からないが急ぐ必要がありそうだ。
そして金が無ければこれ以上の話は聞けないだろう。
いくら俺が王子とはいえ今の状況を考えれば、相手としては俺がすぐに価値が無くなりそうに思えるだろう。
どう考えても宰相の側につく方が旨みがある。
俺がこの女と同じ立場ならそうしている。
だから俺の情報をこの女は宰相に売るかもしれない。
俺が死ねば信用問題も無くなるだろう。
いずれにせよ早め早めに動かなければ。
「ありがとう助かった。次回があれば相応の対価を準備しておこう」
「えぇお待ちしております」
俺とサライは互いに握手を交わす。
「ザウルスさんもまた」
「あぁ元気でいるんじゃぞ」
俺のコイツの心証が悪くなってるからだろうか、このジジィは下心を持っていそうに見える。
ひょっとしてこの男は顔で情報屋を選んだんじゃないのだろうか?
サライは俺達に背を向けて部屋を出ていこうとする。
ドアに手を掛けたところで「あっ」と言って振り返った。
「せっかくの出会いです。貴方様の信頼もいまいち得られていないので、オマケと言ってはなんですが取っておきの情報をお教えしましょう」
「?」
修道女は一度間を空けてから微笑みつつ言った。
「実は私、男なんです」
「なっ」
そいつはイタズラが成功したというような実にいい笑顔で立ち去って行った。