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土色の青春  作者: あん
8/25

8 波防人

4の別ルートになります。

10まで続きます。

「遥ちゃん、改まってなんですの?」


 応接室。通常であれば一般生徒はまず入室する事は出来ない場所である。座れば沈んでいきそうなソファーに背中をつけず、腰も浅めで前の方に座っているのは和音凛であった。


 和音凛、和音財閥の現会長であり、またこの学園の理事長でもある和音源三のたった一人の肉親、孫である。


 一般生徒、と言うカテゴリーからは隔絶されて、離島に行き、更に誰にも追従されないのが学園にいる和音凛の立ち位置なのだ。


 撫でれば滑り傷一つ無い豪奢なテーブルを挟んで向かい側に座る遥。彼もまた、凛と同じく鏡合わせのように良い姿勢となっていた。


 その遥の隣でソファーに座っている少女。いやっ、これは最早ソファーに沈み込んでいると表現した方が正しいだろう。


 凛の位置からは少女のおかっぱ頭しか見えない。それ程までに姿勢を崩しているのだ。足は伸ばしすぎてテーブルの下を通って、凛のソファーまで到達しかかっている。


 勿論スリッパも履いておらず黒い靴下が剥き出しだ。凛はなんとなく鼻先にまで匂いが昇ってきそうな気がして、顔をしかめそうになっている。


 表情の変化が出るよりも先に遥が先に発言する事によって、凛はお嬢様らしい表情を崩さずに保つことが出来た。


「凛くん。腰割、四股、運び足とダイエット運動には事欠かないと思う四股って素敵な女子になる部活動だが、その辺りの効果は感じているだろうか?」


 まずは世間話から、しかし本題から離れすぎないように気を使っている喋り方だ。凛は話の腰を折らないように返答に努める事にした。


「経過は良好ですわ。と言っても目に見える形では出て来ていませんわね」


 凛が体重計の数値が増えていることに驚くのは、この日の夜だ。結果だけ見ればの話だが、遥と凛が今日に話をすることは正しい選択であった。最も、この日以外に話をした場合でも結果と言うのは変わらない。


「それはいい事だ。やはり相撲の稽古には女性のダイエットを促進する効果があったのだろう。その辺りは伊藤先生に感謝だな」


 相撲部設立の話を遥に持ちかけて来たのは伊藤先生だ。


 伊藤先生は部員獲得の為に相撲とは違う側面からのアピールが必要だと、遥に教授した。その目論みはものの見事に嵌まるどころか予想以上の成果を見せて、学園の理事長の孫である凛を部員に引き込んだ。


「事務的に運動するのではなくて、意識的に運動することによって得られる効果と言うのは私自身実感しておりますわ」

「その実感と言うのもいつまで持つか? 判ったものでは無い。この士道、進言する!」

 凛の発言に対して進言する事を宣言した少女、自分で自分の名前を語尾にしているので自己紹介前に名乗っている形となっている。


「遥ちゃん。先程から気になってはいたのですが、こちらの方はどなたですの?」


 凛との位置関係からすれば頭の先と、足の裏しか見えない少女に対して客人と変わらない扱いをする。この応接室では、凛は仮にだとしても主人であり、遥と少女は客人だ。


「士道弓弦である。このボクこそは士道弓弦で波防人の資格を持つ神足る人間である。この士道、自己を紹介した!」


 姿勢は変えずに右手だけを天井に向けて伸ばして自己紹介をした弓弦。声色からは至って満足している様子だが、この場においては悪手である。


「いい加減姿勢を正せ。ここはビジネスの場だ」

 普段からは考えられないようなドスの利いた声を出す遥。これには逆に凛が驚く形となり目を丸くする。


「なにもそこまで言わなくても、と言った顔だな。凛くん。しかし、私は弓弦のこういったいい加減な所には不満だね。誰のおかげで今まで生きていられたか? そろそろ理解させてやるか? ん~?」


 努めて優しく弓弦の頭に手を伸せる遥。髪の毛を優しく撫でるように見せかけて逆撫でをすると言う高等テクニックを見せている。


「ぬぉぉ~、このままではボクの美しいおかっぱヘアーが乱れるぅ~。やめろぉ~。この士道、抵抗する」


「ぬぉぉ~」っと両手を上げて遥の腕を掴もうとする。姿勢を崩し過ぎているので目はテーブルのふちしか見えていない。されるがままである。


「ほらほら、早く姿勢を正さないと、『ボクの美しいおかっぱヘアー』とやらが乱れに乱れるぞ」


 かいぐりかいぐり、乱暴と言う訳でもないが、丁寧と言う訳でもない。子供を叱る、もとい、あやす様にして髪の毛を逆さに撫で回していく。乱れた髪が逆さまになり、色々な方向に伸びていく。つむじの付近など天井に向かって伸びているのだ。


「参った。参った。姿勢を正すから頭を解放してくれ。もうしないっ。もうしないから許してくれっ。この士道、降参する」


 どう抵抗しても視線が遥を捉えていないので形勢不利と見た弓弦。両手を真っ直ぐ天井に向かって突き出して降参のポーズを取る。


「いいだろう。二十秒待ってやる」


 遥は弓弦の髪の毛から手を離してひとじちを解放する。


「まったく、キミはなんと言うヤツだ。この士道、驚愕する」


 弓弦はまずは足先で豪奢な赤いカーペットをなぞる。内履きの踵部分を親指、人差し指で掴んで捕らえると膝を曲げて、自分の方向へと引き寄せていく。


「ぬぅ、ぬぅぅぅんっ」と呻き声を上げながら、内履きのつま先まで足の指先を押し込んでいく。そのままの勢いでソファーの奥まで小さなお尻を押し込んでいく。


「背もたれに持たれる事は許可せよ。この士道、人間に懇願する」


 厚顔不遜な日本人形。


 そういった言葉が士道弓弦にはよく似合う。



 しかし、彼女は日本人形でも人間でも無い。



 士道弓弦は波防人の資格を持つ神足る人間である。



 右側と左側の両方の肘掛けに肘を置くと手を組み、前のめりの姿勢になって口元を隠す。この時点で背もたれを使用していない。弓弦には優先すべき順序があった。


「まずは髪の毛を梳いて貰えないだろうか? このままでは帰宅する時に他の生徒に笑われてしまう。人間の手本になるべき波防人がこれでは示しが付かない。宜しいか? この士道、お願いします」


 女の子としても切実な問題ではあった。


 だが、ここには櫛となるものが存在しない。なので凛には掛けるべき言葉がなかった。隣にいる遥は先程と同様に弓弦の頭に手を伸ばす。


「弓弦。仕方ないな、これで我慢しろ」


 弓弦の髪の毛を手櫛で元の髪形に戻していく。きめ細かい髪の毛が繊細な手の動きによって美しいおかっぱヘアーを取り戻していく。


「ふむっ。その辺りで構わん。この士道、感謝する」


 髪の毛を乱した張本人に元に戻して貰って上機嫌になっている。


 口角を吊り上げて微笑んでいるが、組んだ手によって遥と凛には見えていない。真一文字に引き結び直して真剣な口元を作り上げてから、手を解いて再び背もたれに背中を沈めていく。


「いいソファーだ。このまま取り込まれていきそうだぞ。この士道、安楽する」


 そのまま瞼を閉じてドンドンずり落ちていく弓弦。このままでは先程までの二の舞である。またお尻の位置まで頭を下げてしまい、内履きを脱ぎ、向こう側のソファーへ放り出してしまうだろう。


「まさかとは思うが、そのままリラックスして姿勢を戻していくんじゃないだろな?」


 疑問を投げかける遥。弓弦は閉じた瞼の片目だけを開き、遥を睨み付ける。


「ふふっ、そのまさかだとしたらどうする? このボクの髪の毛をまた逆撫でするかい? しかし、今度は頭の位置をちょっと変更して、キミの腕を見える様に調整しよう。この士道、抵抗する」


 片方の頬をソファーヘ押し付けて、遥の腕を注視する弓弦。一旦姿勢は正したものの、楽をする事を譲る気は無いらしく、徹底抗戦の構えだ。


「そうか。仕方ないな」


 遥は弓弦に冷ややかな視線を視線を送る。しかし、その視線は直ぐに外し、テーブルを見つめる。


 視線の先にいる凛の顔を見ているのだろう、と弓弦は考えた。なので、ここからはビジネスの話に移行する。


「そうっ。それでいいっ。キミたちが波防人に逆らおうなんて考えない方がいい。このままボクに楽をさせるんだ。悪いようにはしない。この士道、譲らない」


 勝ち誇り、遥と同じくテーブルの方向を見つめる。先程より目線が高いので、見える範囲も変わっている。


「んっ。なんだ、その円形の筒は? この士道、凝視する」


 弓弦の視線からようやく見えたテーブルの上、そこには一つのペン立てが立っていた。


「ようやく気付いたか。このペン立て、中に入っているのはペンではないよ。興味があるなら取って見せてやろうか?」


「それには及ばない。自分で確認するとしよう。この士道、今一度姿勢を正す」


 意地悪く唇を歪める遥。その様子に弓弦は一抹の不安を感じる。額に汗が噴き出るのを感じながら姿勢を起こそうとする。


「いいやっ。そのままでいい。敬愛する波防人には、そのままの姿勢でペン立ての中身を見て貰おう」


 ペン立てを傾けようとする動き、姿勢を正そうとする弓弦。


 二人の動作が合わさった時、弓弦はようやく中身を確認出来た。



 何のことは無い、ハサミである。



「うっ、うああああああっ。まっ、待った。待った! それをこれ以上こっちへ向けるんじゃないっ!!」


 弓弦は直ぐさま姿勢を正す。但し、腰掛け部分の最奥にお尻をグリグリと押し付けている。


「波防人に刃物を向けるなんてっ! なっ、何を考えている。YA・ME・RO・!」


 最早キャラ付けも何もあったもんでは無い。


 波防人は刃物がとんでもなく苦手なのだ。ただの人間の時はなんとも思っていなかった刃物。


 ナイフだろうが、ハサミだろうが、カミソリだろうが関係無い。


「はっ、刃物を見せるんじゃないっ! 無礼者っ! この士道、両手で目を抑えて平静を保つ」


 瞼を閉じれば済む話ではあるが、冷静になれない場合こういうものだ。遥はその言葉に従って、ペン立てを傾けた状態から戻す。そこにありったけの筆記用具を突っ込んで刃物が見えない様にする。刃物がペン立ての中に隠れて見えなくなる。


「もういいぞ。しかし、無礼なのは弓弦の方だ。何度も言うが、これはビジネスの話だ。弓弦から持ち掛ける話なんだから、毅然とした対応をする必要がある。それにな、細かいようだが……」


 細かいようだが……と説教を続けようとする遥に対して、「判った、判った。判りました。もうその辺りにしてくれ。キミの説教は始まると長くて敵わない。この士道、ちゃんとする」


 士道は、姿勢を正していく様子を見せる。しかし、その動きはソファーに座るものでは無い。


 立ち上がって、凛を見下ろす体勢となる。


「そっ、それはなんですのっ?」


 そこに至ってようやく凛は気付いた。弓弦は、制服の上からマワシを締めていた。


 紺色の制服に対して、白いマワシは映える。そして、マワシから伸びるサガリは膝辺りまで下りている。


「ふむっ、いいだろう。今日は機嫌がいいからよく聞くといい。この士道、説明する」


 遥は、士道と凛の会話の成り行きを見守る事に集中して黙っている。


 そこに、士道弓弦、彼女は言い放った。


「波防人が一人、士道弓弦の運営する武具店の商品であるマワシを購入しないか? この士道、はっきりと商談を持ち掛ける」

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