24 上手と下手
「よしっ、ではそろそろこの士道、波防人らしくキチンとした説明をしようと思う」
押しの稽古をしている間、ちゃぶ台でリラックスしていた弓弦が満を持して土俵中央に立っている。
仕切り線で向かい立つのは遥と吹雪の二人である。
「弓弦ちゃん、何を教えてくれるの?」
「百聞は一見にしかず。この士道の説明をよく聞いておくといいっ。遥、吹雪、まずは四つに組んで欲しい」
「うむっ、了解だ」
「判ったわ」
「胸を合わせて互いに向かい合い、マワシを取っている状態を四つ身、と言う。どの様な姿勢となっても、互いにマワシを取っている状態で四つ身、だ」
組み合っている遥と吹雪はお互いに胸を合わせてマワシの位置を確認しながら取り合ったが、弓弦の説明に合わせるように腰を下ろしていき中腰に近い構えとなる。
「で、ここが重要。この士道の持つ指示棒の先を見たまえ」
銀色の細長い指示棒の先、赤い先端は遥の右腕を差している。
「四つに組んだ時、遥の右腕は吹雪の左腕の上になっている。マワシを取る手の上下の位置によって、上手、下手と言う呼び名がある。今の状態は、遥の右は上手を取り、吹雪の左は下手となっている。反対側へと回ってみると、遥の左腕は吹雪の右腕の下になっているので、この時、遥の左は? じゃあ、明美っ、この士道の質問に答えたまえ」
「えっ、え~とぉっ、下手っ!」
「では、この時の吹雪の右は? じゃあ、凛、この士道の質問に答えたまえ」
「上手ですわっ」
「二人とも正解だ。この時、遥、吹雪の二人は右上手、左下手となっている。右腕が上手、左腕が下手の場合は左四つ。、逆に右腕が下手、左腕が上手の場合は右四つとなる。じゃあ、この場合はどうか? この士道、遥には右、左共に下手、吹雪には右、左共に上手になって欲しいとお願いする」
「うむっ、了解だ」
「判ったわ」
弓弦の合図と共に遥、吹雪が言われている通りの姿勢となる。
「この時、遥の右、左共に下手となっている状態をもろ差し。吹雪の右、左共に上手となっているのを外四つと言う」
「へぇー」
「なるほど、ですのぉ」
「この時、遥が上手を浅く、下手を深く取った場合、吹雪の身体は伸び、体勢を崩しやすくなる」
遥が吹雪に対して、右上手でマワシの前の方、前袋よりやや外側の横マワシを取り、脇を締めていく。吹雪の左下手は遥の右上手で腕を締め上げられるようになって、上手く力が入らない。
次に遥が吹雪に対して、左下手で縦マワシ、お尻の結び目の横マワシを取る。左下手の腕を深く入れられる事によって、吹雪の右上手は伸び上がり指が掛かっているだけの状態。
遥は吹雪のマワシに指を深く食い込ませて、しっかりと引きつけられるようになる。対して引きつけられて行く吹雪の腰は上がり姿勢が悪い。
「相撲の基本は中腰の構え、腰が上がる程に不利、腰が下がる程に有利。この士道、原則としてこれだけは覚えておいて欲しいと思う」
「吹雪ちゃん、苦しそう」
「これは確かに苦しい体勢ですわね」
「では遥。ここから吹雪を土曜際まで寄って行って欲しい。吹雪、ここでは受け側となってくれ。この士道、お願いする」
「判った。いくぞっ。吹雪くん」
「波防人の頼みなら喜んで。来なさい、高見君」
遥は吹雪のマワシを手前に引きつけながら前に出る。姿勢は中腰で、すり足でにじり寄る様にして前に進む。
「んっ、んぅ」
遥のパワーに土俵際どころか土俵の外まで持っていかれるかと危惧していた吹雪。遥もそれを判っているのか? にじり寄る遥の寄りに少しだけプライドが傷つけられる吹雪。
しかし、吹雪の感情とは無関係。遥は明美と凛が動きを見て勉強しやすい様にゆっくり動いているに他ならない。
遥は吹雪は自分の弱い力に対して、ゆっくり下がってくれているものだと思っている。遥の力が強いと思っている吹雪。吹雪の力が強いと思っていた遥。だが、これが男女の差で無いのだとしたら……吹雪の課題は大きい。
「よしっ、ここでストップ。この士道、いいぃ位置まで来たと宣言する」
土俵際まで追い詰められた吹雪。弓弦は指示棒で遥の腰を差す。
「この時、追い詰めた相手、この場合は吹雪の反撃を防ぐ為に一腰下ろす。つまり腰を低くする。低い姿勢で前に出る。最後まで相手に反撃を許さず、責めの手を緩めないのが相撲では重要である。この士道、遥が吹雪を寄り出していく所を二人に見せてやって欲しい、とお願いする」
「うむっ、了解だ」
「判ったわ」
遥は吹雪のマワシを十分に引きつけた状態で一腰下ろす。今や吹雪の腰は伸びきってほぼ直立で遥のマワシに指が掛かっているだけの状態だ。遥が吹雪の胸元に顔を埋める様に前に密着して出る。勢いよくではありながら、吹雪の身体が転倒しない様に最新の注意を払って、寄り出す。
「これが寄り、そして四つ身についての説明になる。この士道、説明を十二分に出来たと思ったが、どうだったかな?」




