23 いいアタリだっ
「じゃあ、遥ちゃんっ。最初の稽古内容は何かな?」
明美、遥、凛、吹雪の四人は土俵外周に等間隔で円形に並んでいる。その中で一番初めに発言をしたのは明美だった。
「明美くん、凛くんの二人には、相撲に関する基本的な動きを学んで貰う事になる。押し、寄りに関する技術を私が教えよう」
「なるほどぉっ」
相槌を打ち首肯する。
遥の次なる発言を促していく明美。
「押しは相手のマワシを取らないで、前に押す技で相撲の基本となる技術である。対して寄りは相手のマワシを取って相手を押し込む技となる。押し、寄りの違いはマワシを取っているか? マワシを取っていないか? その一点につきる。尚、この稽古の時は押す側と受ける側に別れる事となる」
吹雪、遥が土俵に入り、吹雪が土俵際の俵に踵を近づけて仕切りの構えとなる。遥は吹雪の前に立つ。右足を前に出して膝を軽く曲げながら腰を落としながら体重を乗せる。左足は後ろに下げて爪先を外側へ向ける。両腕を左右に大きく広げ、胸を前へ出す。
「これが受ける時の姿勢である。押しの稽古をする相手が遠慮せずに向かって来れるように、どっしりと構える事が大事である」
「押す側で重要なのはしっかりとぶつかる事ね。受けてくれる人に遠慮せずに、しっかりとぶつかる事が稽古を付き合ってくれる側に敬意を払う事になるわ」
吹雪は素早く踏み込むと遥の右胸に額で当たる。勢いの強さは明美、凛にとっては想像以上の事もあり、「すっごっ、い」「そんなに激しくですの!?」と目を見開く形となる。
「ここで重要なのは運び足ね。すり足で前進して高見くんを押していくわ」
「押されている私は吹雪くんの力に逆らわずに下がっていく」
遥は吹雪に押される力に逆らわずに反対側の土俵際に向かって行く形となる。不自然な押され方では無く、あくまで吹雪に対しての壁である事は意識している。
吹雪の押す力以上に遥の堪える足は腰、上半身を鍛え上げているから出来る芸当だ。
「ふっ! んんっ!!」
土俵際まで遥を押し込むと、身体全体で遥の重心を押し上げ、そのまま俵を越えさせて土俵から出す。
「とっ、こんな感じねっ」
明美、凛へと向き直った吹雪は涼しい顔をしていたが額には汗が浮き出ている。水色のスポーツウェアの所々に水玉模様のような汗の跡が出来ており、眉根を寄せる形でどこか苦し気な目元をしている。
「吹雪ちゃん、大丈夫ですの?」
「ええっ、問題無いわ。和音さんも今の稽古をしっかり見ていたら判ると思うけど、押しの稽古は思った以上に体力を消耗するのよ」
『それ以上に私は薫子様の精神が摩耗している様に見えるますわ』、とは口が裂けても言えない凛。吹雪と凛がやり取りをしている間に土俵では、遥が明美へと声を掛けていた。
「ふむっ、では明美くんから来たまえっ!」
土俵際付近に立ち、自分の右胸を親指で指差すと、「ここにっ! 額でぶつかってくるといい。勢いよくっ!」足を広げて腰を下ろしていき、両腕を広げて構える遥。明美とほぼ同じ身長でありながらも強大な壁のようだ。
「うんっ! 判ったよぉっ! 思いっきり、いっくよぉ~!」
目の前に壁があるとは思えない程、快活に元気よく発言すると土俵に入る。最早慣れた動作となった腰割。股を割きながら綺麗な形でお尻を落とし込んでいく。
「……」
集中力を研ぎ澄まして澄んだ瞳で遥を見つめながら、拳をしっかりと土俵につける。
「さぁっ、こいっ!」
上から見下ろしてくる遥に対して、「いきますっ!」と元気よく返事をして立ち上がっていく。今の自分の全力で足の裏で土俵を蹴り上げて、額を思いっきり遥の右胸にぶつけにいく。
気持ち先行、技術皆無のアタリは額が明後日の方向、脇へとぶつかる位置へ向かって行く。
「んぅっ!」
だが、明美がぶつかったのは間違いなく遥の右胸である。
遥は明美の立ち上がりから自分の脇へと額が入り込むのを予測し、僅かに身体をずらした。今の明美には、遥の動作が自覚出来ない程に瞬間的な速い動作である。
「いいアタリだっ。明美くんっ。私を押す前に姿勢を教えようと思うのでよく聞いてくれたまえっ」
「うんっ。遥ちゃん、お願いっ」
「相手の両脇を筈押しにして脇を締め、背中を丸めながら低い姿勢で前に出る。力の動きは低い姿勢から繰り出される身体全体の押し上げ。相手の重心を高くする事を意識して下から上へ押し上げる事だ」
明美は遥から聞いた通りに姿勢を作り上げて、「じゃあ、いっくよぉー!」「こいっ!」元気よく押して行こうとする。
遥は両手の平を明美の肘に添え抱え込む。
「気合だけでは相手を押して行く事は出来ない。押す事だけに集中して脇が直ぐに甘くなっているぞ」
「いつのまにそんな事にっ!」
明美にしてみれば、ちゃんとしているはずなのだが経験者から見れば、一つの動きに集中する事によって他が散漫になるのは仕方の無いのは判っている。
「気にするなっ! さぁ、このまま前に押してくるといいっ」
遥に手を添えられる事によって脇を締める事を常時意識出来る。低い姿勢で前に出る事だけ意識すればいいのだ。
「んっ! んぅっ!!」
明美は身体全体で前に出る事を考えて行動する。しかし、それでは遥は下がってくれない。
「足の動きも併用して、すり足で前に出る事も重要だ」
「そっ、そうだった」
遥に対して明美があまりにも壁の様に感じていた為、身体だけ全体動かしても意味が無い行為だ。すり足で前に出る。すると、遥は明美の押しの力に合わせて反対側の土俵際へ向かってゆっくり下がっていく。
「そうっ、それでいい。力を出す事に意識し過ぎて他が散漫になるのであれば、まずは動きを身に着ける為に弱い力で押してくるといい。少しずつ行こう」
「うんっ。ありがとうっ」
明美の習練度に合わせる気づかいを見せた遥。
徐々に土俵際へと下がっていき、俵を背負うと、「ここは力を込める事を意識して前に出てみるといい。土俵際での責めは正確に油断なくだ」「んぅっ!」明美は遥の発言に対して返事をせずに集中力を見せて、身体全体で下から上へと押し上げながら、足も前に進める。
「いいぞっ。その調子だっ」
「もうっ、少しっ」
視線を合わせる遥と明美。涼しい顔の遥に対して、苦し気な顔の明美。
明美の唇から漏れる息遣いが遥の鼻先をくずぐりながら、「ええええいっ!!」と勢いよく遥を土俵から押し出していく。
「ふむっ。はじめてにしては上手に出来たと思うぞ。まずは動きを覚えるようにしよう。その後、立ち合いの鋭さ、相手を押し込む力、運び足の動きを高めていくといい」
「わかったよぉっ」
「うむっ。いい返事だ。ではっ、次は凛くんっ。やってみようかっ!」
「はいっ! ですのっ!」
次に土俵に入ったのは凛。凛の後ろに並んで順番待ちをしようとした明美に吹雪から声が掛かる。
「次の人は反対側に回るといいわ。高見くんの移動距離が少なくて済むから」
「それもそうだねっ。判ったよっ」
吹雪の助言を聞いて土俵の反対側へと回っていく明美。
明美、吹雪、凛と三人でそれぞれ十回ずつ押しの稽古を体験し、計三十回、汗だくになった遥が休憩を申し出るまで続いた。




