22 正しいやり方
四月二十七日、金曜日は伊藤先生の計らいで相撲部は休日となった。
高見遥より受け身、仕切り、立ち合いと技術を叩き込まれた明美と凛。
二人はまだまだやる気充分で、金曜日も稽古は継続出来たのだが、「自分ではイケるっ! と思っている時こそ危ないわ。少し早めに切り上げて帰りなさい。その代わり、先生は土日も学校にはいるから稽古に来るといいわ」
その言葉を聞いて部員たちは土曜日の朝から部室に集まることになった。
本日は、相撲を取る事の技術を重点的にやる様で準備体操もそこそこにマワシを締める事をなった。
「本日は改めてマワシの締め方を紹介しようと思う。私、吹雪くんがマワシを締める。明美くん、凛くんはそれぞれ補助者をして欲しい」
「そういえば今までは言われるがままだったもんねっ。そろそろ私も遥ちゃんや吹雪ちゃんを手伝ってマワシを締めさせてあげたかったんだ」
「って言うかっ! ボクはっ! この士道はどうすればいいっ! 遥っ! 教えてくれっ!」
四人の中で唯一名前を呼ばれなかった弓弦が声を上げる。
「弓弦ちゃんはいつでもマワシを締めていますの。だから見学ではないのですか? そういえばマワシは解いていますの?」
凛の視線の先は弓弦に注がれる。紺色の改造制服に白いマワシを締めている。
学校の授業中ですら締めている時には驚いたものだが、誰も突っ込まないので凛は改めて声を上げた。
「ふふふんっ。この波防人には相撲を普及すると言った崇高な使命があるのだよ。だから、この士道、マワシを取らないっ! と宣言する」
「弓弦ちゃんの嘘はさておき、マワシの締め方を教えて貰ってもいいかな?」
「明美っ! 最近なにか辛らつではないかっ! この士道、もうちょっと優しくして頂きたい」
「波防人には申し訳ないですけれど、もう少しだけ待って貰えますか? 職員室にいる伊藤先生よりヤカンを受け取って来て頂いて、製氷トレーの氷を入れて頂けたら助かるのですけど。私は波防人が入れたお茶が飲んでみたい」
気を使った言い方の吹雪の発言を聞いてパァッ! と顔を輝かせる弓弦。
「よぉーしっ、そうと判れば行ってくるぞっ。吹雪、この士道っ! 後で頭を撫で撫でして貰うからなっ!」
土俵場から外に駆け出していった弓弦。後姿が直ぐに見えなくなってしまう。
「元気いっぱいだなぁ」
土俵場の扉を閉める遥の視線は優しい。
「さてっ、気を取り直してマワシの締め方を説明するぞっ」
明美と遥。吹雪と凛。二人一組となって、いざっ、マワシを締める事となった。
「まずマワシは一人で締める事が出来ない。必ず補助をする人が必要なのだ。一人で締める事も出来ない事はないが、どうしても緩くなぅてしまう」
「うんうん。運動している時も緩くなってくるとなんがか嫌な感じがするよぉ」
「マワシと気持ちの締めは物理的と精神的なもので実際の所、関係はない。だが、マワシが緩いと稽古に気持ちが入らないのも、また事実なのだ」
スポーツバックから出してくるのは遥の真新しいマワシである。
稽古の最中に身に着けているもので所々に土が付着している跡があるが、全体的にはまだまだキレイである。
元々、股間にインナーを装着しており、最近はその上から明美が購入した黒色のスポーツウェアを着用している。だから衛生面に関しては万全である。
マワシは幅が四十六センチ。
長さは自分のウエストの四倍プラス百メートルの長さである。
高見遥は身長百六十センチ、体重五十二キロ、ウエスト五十五センチである。つまり三メートル二十センチの長さのマワシとなっている。
「では、まずは明美くんに私のマワシを持って頂こう」
幅四十六センチのマワシを四つ折りにして十一、五センチにしている。
更に三メートル二十センチの長さを丸めると巻き寿司のような形となる。
「この巻き寿司を私が持つんだよね」
「その呼び名にはいささか突っ込みたい所はあるが、話を進めよう」
明美に持って貰った巻き寿司の海苔を端から丁寧に遥が引っ張って……もとい、明美に持って貰った四つ折りのマワシの先端部分を適当に引っ張っていき、先端を二つに開く。
更に股間の辺りを八つ折りにすると、たてマワシを作ってまたぐ。
「ここで補助者の明美くんが私の後ろに立つ。股間の辺りが綺麗に八つ折りになるように補助をしてくれないか?」
「うんっ。判った。確か今まで私がして貰ったのは、こうだったはず……見てて」
「ふむっ。後ろを見る事は出来ない。しかし、明美くんの気持ちを汲み取って身体に伝わるマワシの感触によって、判断するとしよう」
「ありがとう。八つ折りをなるべく綺麗にしながら……折り目がしっかりとついているから判りやすいよね」
「そうだなっ。高校生になってから購入したものだが、少しずつ折り目がついて来た頃かと思う。そろそろマワシも締めやすくなってきた事だろう」
マワシの八つ折りを気にしながら、遥に言葉を掛ける明美。
「もしかして、マワシに折り目がつくまで待ってくれていたの?」
「……明美くんが相撲をすると決めたのは一昨日だろう? たまたまだよ」
「そっかぁ、たまたまかぁっ……」
相撲部は昨日休みであったが、遥、吹雪の二人が部室でなにやら準備しているのは判っていた。と、言うより、昨日は折角の相撲部の休日。どこかに寄り道をしようと吹雪に連絡した所、「明日のプログラムを作るから無理」と断られたのであった。
おそらくは今日、明美、凛の為に準備してくれていたのだろう。
高見遥、彼は男ではあるが女性的な顔付き、体格の持ち主である。
光沢のあるスポーツウェアが締め付ける遥のお尻は明美から見ても引き締まっており、盛り上がるお尻は一定の重力を跳ね除けるパワーがあった。
「遥ちゃんっていいお尻しているよね?」
「普段から鍛え上げているから、そう見えるだけではないか? いずれ明美くんや凛くんも引き締まったお尻を形成する事が出来るだろう。そして、それこそがダイエットを成功している結果と言っていいだろう」
「うんっ。私もそれを楽しみにしているねっ」とは言え、遥のお尻は明美や凛とも違う天然モノだと言っても過言では無いだろう。
造り上げる事とは無関係に元々のポテンシャルが違うのではなかろうか? と言う感覚を明美はおぼろげながらに感じていたのである。
陰部、インナーとスポツウェア越しの付け根を通る段階から、会陰からお尻の割れ目を通り腰の下辺りまで、八つ折りのマワシを沿わせる。
遥は胸の前で持っていたマワシの先端を顎と胸で挟み込むようにする。
右手は股間のやや下辺り、左手は腰の下辺りで八つ折りの立てマワシを落ちない様に抑える。
「股の間にマワシを通した後、マワシが落ちない様に手で支える。この後、重要になってくるは補助者である明美くんの動きだ」
「うんうん。細かい動きとしてはどうしたらいいの?」
「うむっ。補助をする人はマワシを張る様にして持つのだよ」
「こうっ? かなっ? えいっ!!」
「んむlkつ!!」
明美が思いっきりマワシを引っ張る。
その勢いゆえに遥の身体が引っ張られる。見張るべきは遥がマワシから手を離さずに足だけで踏ん張って堪えた所である。それ故に股間へと無駄に負荷がかかり、食い込んだマワシに声が上がった。
「ごっ、ごめんなさいっ」
「いやっ、いいっ。大丈夫だ。説明不足なのは私であった。明美くん、マワシを張る様に持つときは適度に、相手の様子を見ながら宜しくお願いします」
「うっ、うんっ。判った。頑張るね。遥ちゃん」
「ああっ、宜しく。明美くん」
「じゃあ、いくねっ」
今度は慎重にマワシを引っ張っていく明美。そうすると今度は遥の手によって、それ以上引っ張られない様になる。
「これでいいのかな?」
「うむっ。そうやってマワシを伸ばし切った状態にする。次は私の腰にマワシを二週するんだ」
「これは判るよっ。こうだねっ」
明美は遥の周囲を回るようにしてマワシを巻いていこうとする。
「ここっ、明美くんっ。少し待ってくれ。腹筋の所をマワシを通る時、締めて貰っている人は息を吐き出してお腹を凹ますんだ。その時、補助者が力強く引っ張りながらマワシを締めていく」
「力強く引っ張っていいの?」
「ああっ、問題無い。腰のマワシを締めて貰っている時は、両足で踏ん張るんだ。だから、先程の様な事になる事はない」
「じゃあ、いくよっ。スゥー……「ハァッー……」」
遥が息を吐き出すのと、明美が息を取り入れて力を込めようとするのは同時。
「んぅっぅう!」
気合を入れて力強く遥のお腹を締め付ける様にマワシを引く。
遥の腹筋に横筋、縦筋がうっすらと浮き上がってくる。
「すごいっ。遥ちゃん、腹筋あるんだねっ」
「はぁっ、ふぅー……鍛えているからなっ」
息を吐き出した遥の腹筋が凹から凸に戻る。
しかし締め付けられている為にマワシより外側へと肉はいかない。
「すごくキツそうに見えるけど大丈夫?」
「うむっ。見た目以上に大丈夫だぞ。明美くんの購入してくれた黒いスポーツウェア。腰部分の生地が強い編み込みをされているんだ。これによって皮膚へ対してはマワシの接触は少ない」
遥の着用しているのは男女兼用のスポーツウェアと銘打ってはいる。
しかし、その大部分は女性に対して配慮されているものなのだ。
マワシはテント、船の帆などに使われているのと同じ生地を使用しており、特徴は一言で言うと堅いに尽きる。
それ故に今の様にマワシを力強く腰回りに締め込もうとすると、皮膚に食い込むように痛いと感じる事がある。
皮膚が強いなら問題無いが、そうでないと辛く感じる時がある。
明美が購入したスポーツウェアはそういった部分にも配慮しているのだ。
「気にいって貰っている様でよかったよぉ」
「うむっ。さすがは明美くんだ。それで、この続きになるのだが……マワシを二周させてくれっ」
「わかったよぉっ。じゃあ、さっきのように力強くいくねっ」
「どんと来いっ、と言いたい所だが、一回強く締めたのであれば、後はほどよくでいいぞっ。マワシを引っ張り気味にしながら二周してくれ」
「勢いはつけないけれど、力は緩めない感じだね」
「その通り。では頼む」
「うんっ。任せてっ」
足を肩幅ほどに広げて踏ん張る姿勢の遥の腰回り。
華奢でありながらも腹筋より感じられる筋肉を見ながら、集中しないといけない。
明美はそう考えてマワシがたるまない様に、気持ち引っ張りつつも力強く、勢いはつけない緩やかな動きを見せる。
更に思考を支配するのは一週目のマワシの上に二周目のマワシを重ねる事。
綺麗にピッタリと意識し過ぎてもよくないが、考えなさ過ぎも駄目。集中して行う動作は感じている熱量と、時間の経過は別。
腰前まで来た辺りで、「いい感じだぞっ。では次の工程へといこう」と遥が声を掛ける。
そこまで来てようやく明美も集中力を切り、微笑みを見せる。
「今まで私が顎で挟んでいたマワシ、前垂れを横マワシへと下ろしていく。この状態で更に一周。私がその場で回転運動をするので、マワシを伸ばしていってくれ」
「うんっ。ゆっくり回って貰えれば、私もタイミングが判るからありがたいな」
「判った。ではその様にしよう」
その場で遥が一周回転する。
下ろした前垂れの上からマワシが巻かれていく。
明美は持っているマワシを少しずつ出していく。遥の横マワシの上へ綺麗に新しくマワシが巻かれていく。
動きは遅く、巻かれるマワシは力強く、これで腰回りへと通る横マワシは三周目となった。
「よしっ、ここでストップだ。腹筋の手前までマワシを巻けば、その後は前垂れを二つに折り……元々二つ折りの部分ではあるので、四つ折りの状態にするんだ」
前垂れ、元々二つ折りの状態なのだが、それを更に折る。四つ折りとなった前垂れの先を横マワシの上へと配置するが、場所としては右側となる。
「横マワシ、前垂れの上から更にマワシを巻く。これはまた私が自分で回転しよう。先程と同じようにマワシを力強く引きつつ、延ばしていって欲しい」
「うんっ。判った。これが最後の四周目だねっ」
「そうっ。マワシを締め終わるのはもうすぐだ。頑張ろうっ」
「おー」
遥、明美の動きは先程と同じく。遥の回転運動に合わせて、明美がマワシを力強く伸ばしていく。
遥の形のいいお尻が明美の前に来た所で動きが止まる。
「そこで来たら後は結び目を作るんだ。それをする事によってマワシを締め終わる事になる」
「マワシも大分短くなって来たもんね」
「うむっ。残っているマワシを八つ折りまでにして結び目を作る準備を行う。その後にお尻を通っている立てマワシの右側から八つ折りマワシを下から上に通す」
「結構キツく締めたからお尻を押さないと通らないね」
遥のお尻を八つ折りマワシの先端がグイグイ押す形となりそうだったので、「ふむっ、ちょっと力を抜いてみよう」足の踏ん張りを解いてリラックスする。
そうすると八つ折りマワシの先端は折れず、曲がらずスルッと下から上へと抜けていく。
「上手く通ったよっ」
「ありがとう。ではこれから説明する動きを私と明美くんで同時に行う。補助者である明美くんはマワシの最後尾を上げる。マワシを締めて貰っている私は腰を落としていく。立てマワシと前袋が適度に締まる様にしよう」
「わかったよっ。これはどのぐらいの力でやるの?」
「そうだなっ。動きとしてゆっくり私の呼吸に合わせて貰えると助かる。力加減は私の動きに逆らいつつも同じぐらいになるといいだろう」
「一回やってみようっ」
「うむっ、そうだなっ」
遥が腰を落としていく。
明美はマワシの最後尾を上げていく。遥の下に下がる動き、明美の上がる動きによって立てマワシ、前袋が締まってくる。
股間からお尻に対してマワシが食い込んでいくが、苦しくない程度に止める。
「明美くんっ。ありがとう。このぐらいでいいだろう」
「判ったよっ。上手く出来たかな?」
「ああっ、バッチリだ。では最後にマワシの最後尾を左斜めに下ろして、先程通した八つ折り一枚の下から右上へと差し込んで欲しい」
「うっ、うんっ」
明美はマワシ、八つ折りの最後尾をまずは左斜めに下ろしていく。
そして、立てマワシの左側から、先程右側から通したマワシと横マワシの間を下から上に通していく。
「そうそう、そんな感じだ」
「もうちょっと締め上げてみるね」
「っととと」
締め上げようと引っ張り上げた為、遥の足が少し浮き気味となった。
しかし、これでマワシを締める事が出来た。
「これで終了かな?」
「うむっ。問題ないぞっ。次からは皆のマワシを締める時には手伝ってあげるといい。補助者の動きを知ると、マワシを締めて貰う時もいい動きが出来る様になると思うぞ。その逆も然り、だ」
「相撲は準備の段階から二人必要なんだねっ」
「うむっ。これから稽古で切磋琢磨していく部員達が気持ちを引き締める為にも、お互いのマワシを締め合う事が重要なのだ」
「じゃっ、じゃあ、私のマワシも遥ちゃんが締めてくれる」
期待に満ちた目を込めて発言する明美。
「うむっ。任せたまえ」
同様の手順で遥にマワシを締めて貰った明美。
「何回か締めて貰って感じている事だけど、マワシって身体を締め付けているだけなのに気持ちも引き締まるんだね」
「うむっ。私も明美くんに締めて貰ったマワシで気持ちが引き締まっているぞ。だから、今からの練習にも身が入ろうと言うものだ」
「こちらも締め終わったわよ」
「吹雪ちゃんの繊細な動きを勉強する事によって、私もマワシを締める事の何たるかが判りましたわ」
明美、遥、吹雪、凛の四人が締め込んだマワシを見せあっている所に勢いよく扉が開く。
「戻ってきたぞっ! この士道、伊藤先生よりお茶を賜って来た」
「みんなっ。朝早くからやっているのね。先生も見学するわ」
意気揚々と入室して来た弓弦に続いて来たのは伊藤先生である。
伊藤先生はちゃぶ台に着席すると見学とは名ばかりの自分の仕事を始める。何かあった時に対処はするが、基本的には生徒の自主性に任せている。よくいえば生徒の成長を促している。悪く言えば放任主義である。
「吹雪っ! まずは仕事をして来た波防人の頭を撫でで貰おうかっ! この士道っ! 頑張って来た」
「波防人が人間に甘えるってどうなのかしら?」
疑問に思いながら擦り寄って来た弓弦のおかっぱ頭を撫でていく。髪の毛一本一本の動きに逆らわない様に流れる様な繊細さに弓弦は骨抜きとなっていく。
「はにゃ~んっ」
「なんか、こうっ、ゆるゆる過ぎる声ですのねっ」
冷ややかな凛の視線を尻目に、弓弦からヤカンを受け取った明美。お盆の上にヤカンをおいて、まずは畳の間にて時間経過で冷まそうとする。
「うにゅ、その辺りでいいぞっ。吹雪。ボクは見学するとしようっ。波防人が人間の稽古を監督してやろう」
「ええっ、何かあったら宜しくお願いしますね。波防人」
ご褒美もそこそこに弓弦は吹雪の手から逃れるようにしてちゃぶ台付近に着席。
伊藤先生と同じく自らの定位置で基本的には稽古に参加しない方針である。
「あっ、それと明美。ヤカンありがとう。この士道っ、きっちりしっかり感謝する」
「ううんっ。いいのっ。お茶を持ってきて貰ったり、先生を呼んでくれたんだし、このぐらいは当然だよっ」
明美は弓弦と入れ違い様に頭を撫でる。
本日早々に明美と吹雪の二人から頭撫で撫でして貰ってご満悦となっている。




