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土色の青春  作者: あん
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2 初めての四股

「これでよしっ。記入できたよぉ~」

「まぁ、まぁまぁまぁ、部員になってくれるのね」


 希望する部活の項目に相撲部、もとい、四股って素敵な女子になる部活動、と記入されている。略してシコる部、っと追記されているには気にしてはいけない。


 また、名前の項目には新道明美。こちらも同じく記入済みだ。

 ちょっとした猫の絵を追加しているのが明美のお茶目な部分と言えるだろう。


 入部届に目を輝かせて見つめる凛。


「これで部員は四人と言う訳だな」

「ええっ、早速、吹雪ちゃんにも報告しなくちゃ」


 凛はスマートフォンを出す。可愛らしいウサ耳カバーのついたピンクのスマートフォンだ。連絡を取る為、指でポチポチと操作する度に、耳がピョコピョコ動いている。


「ふふふっ、明美くんが入部してくれるのがよっぽど嬉しいのだろう。どうだろう? 皆で連絡先を交換してみるのは?」

「いいのぉ~? 私もスマホ出すね~」


「あら~、じゃあ、グループ作りましょ。部活動の連絡取り合うの~」


 明美、凛、遥の三人で連絡先の交換を行い、グループを作ったのだが……作成主は明美で名前がちゃっかりシコる部になっている。遥が突っ込まないのは優しさであろう。


「さて、明美くん。一回、四股を踏んでみるかね?」

「いいのぉ~? ブドウジュースの分、しっかりとお返しするよぉ~」

「お返しするのは自分の身体の中で、だがねっ。運動してカロリーを燃焼するとしよう」

「あっ、私もするわよ~」



 明美、凛お着替え中。



「着替え終わったようだな。似合っているぞ。明美くん」


 更衣室で着替え終えた明美の体操服、ブルマ姿を見て見惚れた様な言葉を投げかける遥。


「あら~、私はどうなのかしら~? 遥クン」

「あっ、ああっ、凛くんもとっても似合っているよ」


 遥ちゃんから遥クンに呼び名が変わっているだけ。

 だが、凛の身体全体からドス黒いオーラが出ている。


 明美だけに、『似合っているぞ』と発言した遥に対して、『あら、私はどうなのかしら?』

と嫉妬しているのだろう。


 それはともかく、明美の着衣している格好について説明しよう。標準的な身体を包み込むのは体操服。胸は少し盛り上がって、へそを通り、下は赤いブルマである。

 対する凛も同じく上から体操服。胸が明美よりもやや大きく盛り上がって、へそを通り、下は明美と同じく赤いブルマである。

 ちなみに、男子である遥は裸にマワシである。男と言うのはいつの時代も扱いが雑である。


 三人はそれぞれ距離を取り、土俵を囲むように立っている。四股って素敵な女子になる部活動。その部活動の始まりである。


「まずは準備運動をしよう」


 遥は近くにあった古いラジカセのスイッチを入れる。

 中に入っているカセットテープ、そのテープが巻き取られながら再生される音楽。

 それは……ラジオ体操である。


「おぉっ、これは知っているよぉ~。準備運動でおなじみだねぇ~」

「ふふふっ、そうね~」

「その通り。ラジオ体操と言うのは誰にでも馴染み深いもので、身体をほぐす準備運動も兼ねているのだよ。まずは軽く身体を動かしたまえ。ただし、真剣にだ」

「わかったよぉ~」


「ふふっ、一緒に頑張りましょう~」


 慣れ親しんだ音楽と動き。それについては三人とも動きに差異は無く滞りなく終了した。ラジオ体操第二が始まる音声が流れる頃、遥はラジカセの電源を落として、深呼吸一つ。


「明美くんの姿勢を見てみようかと思う」

「えっとぉ、どうしたらいいのかなぁ~?」

「うむ、ではこうしよう。指導は私がするので、凛くん。君は明美くんの手本となるよう、ふるまってくれ」


「あらあら責任重大ねぇ~」


 そう言いながらも遥に頼られて、まんざらでもなさそうな凛。凛は明美と同じく未経験者だが、数日先に入部しているので、ある程度の知識は先行している。明美にとっての部内での先輩でもあるわけだ。


「まずは普通に立ってみるといいですわ」

 凛は特に恰好つける訳でもなく普通に立っている。ただ、背筋を伸ばし、顎をしっかりと引いている。外から入る風が彼女の髪を揺らして、社交場のお嬢様といった雰囲気を醸し出している。


「こっ、こうかな?」


 対して、明美。こちらは特に何も考えずにその場で立っている。しかし、それを見た遥は感心した声を上げる。


「明美くん。君は姿勢がいいようだね。顎を引けているし、それでいて背筋も伸ばしている。姿勢が自然体だ。高い潜在能力を秘めている事の表れだ」

「えへへ、そうかな~。ありがとぉ~」


「そこから更に足を閉じてみよう。手は足の横にピッタリつけたまえ」

「こっ、こうっ?」

「いい調子よ。明美ちゃん」

「なんか、今から校長先生が来そうだね」


 明美がそう思うのも無理もない。

 この姿勢、全校集会で生徒が集まった時に皆がする姿勢だ。

 それは、気をつけの姿勢。

 明美、凛、遥の三人は気をつけの姿勢となっている。


「相撲で言うと、来るのは豊作、大漁だがね。相撲は古くから農業、漁業の関わりが強い。農業で言う所の豊作、漁業な大漁と言う具合で地域によって独自の文化を築いており、それぞれの土俵には神、「遥ちゃん、明美ちゃんが眠そうよ」……ぐっ、そうか……まだこの話は早かったか。いやっ、四股を踏むと言う事は、相撲をすると言う事。知識は必要不可欠。ならば起こしてでも聞かせるべきか……いやっ、それだと退屈するかもしれない……いやっ、しかし、だが……うううむ」


 まさに遥の話が校長先生ばりの長い話に突入しようとした時である。

 器用にも、気をつけの姿勢を保ったまま、重くなった瞼が重なりそうになりながら、「はっ!? いけないっ」と目を覚ます。


「本当に寝ていたのかっ!」


 驚く遥に対して、すかさずフォローに入る凛。


「知識は吹雪ちゃんも勉強したいって思っているから、また今度ね」

「むっ、吹雪くんがそんな事を……彼女が……いいだろう。今度、是非じっくり話そうではないかっ!」


 本当に吹雪が言っていたか? どうか? はさておいて話は続いていく。


「ごほんっ。では気を取り直して……明美くん。次は膝を開きながら、腰を落としていきたまえ」

「膝をひらいて……」


膝を開いて腰を落としていく。この時、足のつま先は地面につけたまま。踵は持ち上げる。背筋は伸ばしたまま。


「おっ、ととっ。バランスがむずかしいねぇ~」

「両手はそれぞれの膝の上に置くのよぉ」

「肩の力も抜くといいぞっ。背筋は伸ばしたままで、前屈みにならない様に気を付けるんだ」

「なっ、なるほどっ。こっ、こうかな」


 凛、遥の姿勢をお手本にしながら自分も習っていく。

 そうして出来上がるのは、「蹲踞って言うのよぉ」そうっ、蹲踞の姿勢である。


「そんきょ……判ったよぉ」

「明美くんは姿勢がいいから、きっといい力士になるぞっ」

「ほんとぅ? ありがとぉ」

「本当さ。いやぁ、惚れ惚れするねぇ」


「あらっ、遥クン。私はどうなのかしら?」

「あっ……ああっ、凛くんも、もちろんいい力士になるぞっ。スジがいいもんなっ」


 凛の遥ちゃん→遥クン、と呼び方が変わるだけでドス黒い嫉妬オーラが出てくる。品のいいお嬢様でも嫉妬は黒いものなのか? と思いながらも適当に流していくのが遥である。


「では、姿勢はそのまま。次は塵手水だ」

「……? ちりちょうず?」


 疑問符が重なるのも、無理はない。普通の学生の明美には馴染みの薄い単語である。

 そんな明美をフォローする様に、凛が言葉を続ける。


「簡単に言うと挨拶になるのかしら?」


 尚且つ、遥に言葉を促していく。


「相撲特有の動作の一つだな。これから相撲をするにあたって、自分は武器を持っていませんよ、と言うものだ」


「ぶき? 私、相撲って詳しくないけど……武器を持っていないってふつうじゃないのぉ?」

「明美くん、その通りだ。相撲をする時に武器を持っている力士はいない。相撲の動作の一つと思ってもらえればいい。しかし、説明するのであればだが、神様の話になる。相撲の神様は刃物を嫌う。人間に便利を与えた刃物に嫉妬しているのだよ」

「あら~。途中から遥ちゃんの考えになっていない?」


 嫉妬、と言う単語にツッコミを入れる凛。しかし、遥はこれには動じない。


「ああっ、これには諸説ある。興味があれば図書室に行ってでも調べてみるといいだろう」

「うん。判ったよぉ。色々気になるもんね」

「また今度行きましょう」


 そんなに話が脱線しないで済んだ、と安堵した凛だったが……「まぁ、ちょっと説明を補足しようとすればだな……神様、とりわけ相撲の神様は刃物を嫌うとされている。稲を刈るのに鎌、魚を釣るのに針を使うのだとしても、だ。土俵の中に刃物を持ち込むのは許されてはいない。畑山中はたやまなか波防人なみさきもりそれぞれ男女の神様は互いに『人間が武器を使用』する事を容認していない。それはなぜか? 時代が古く文献も無い為に理由も不明だが、一説では人間が神様に戦争を仕掛けた事が原因とされている」


「遥ちゃん」

「どうした? 凛くん」

「話が脱線し過ぎて、明美ちゃんが眠っているわ」


「蹲踞の姿勢のままで寝るとは器用だな」

「ZZZ……はっ、ごっ、ごめんなさい」

「大丈夫よ。遥クンへは、あ・と・で・! 私がしっかりと教育しておくから」

「凛くん。黒いオーラが出ているぞ」


 凛に威圧されながらも、遥は気にしない様にして塵手水の話を進める。


「で、塵手水の動作だ」

「はいっ、宜しくお願いします」

「よろしくね。遥ちゃん」


 ドス黒いオーラが消えており安心する遥。


「ごほんっ……まずは蹲踞の姿勢のままで、上体を前傾姿勢とする。この時、手はハの字に開くんだ」

「こっ、こうかな?」


 遥、凛にならって、姿勢を整えていく明美。


「いいぞっ。さまになっているな」

「えへへっ、それほどでもぉ~」


「では次に腕を胸の位置まで上げる。胸の前に持ってくると、手の平を擦り合わせるのだが、この時、左手は下、右手は上とする。次に手を小さく円を掻くように回し、胸の前で右手、左手の平を打つ。そして両手の手の平は上に向けるのだ」

「おぉぉ、こうやって手の平を上に向けていると、確かに神様に武器が無いのを証明しているみたいだねぇ」


「空に神様がいるのだろしたら、そうなるな」


「じゃあ、次は正面にいる遥ちゃんに武器を持っていない事を証明してみましょう」


 両腕を左右に大きく広げて、掌は肩の位置より上に来るようにする。まだ、手の平は上を向いている。そこから更に手の平を返して下に向ける。


「いい動きだぞ、明美くん。これで手の中に武器が無い事が判ったな。では。ここからは手を下におろして蹲踞の姿勢に戻るんだ」

「はいっ。なんかこうやって動作をならっていると。不思議な気持ちになりますね」


「うむ。女性の場合、豊作、漁業を願う二人の神様のうち、女の神様、波防人を身体に宿すのが相撲をする上で重要な、「遥クン」……はい、すいません。また今度にします」

「勉強と一緒よね~。じきに慣れるわよぉ」

「あっ、そっか~。運動しながら勉強しているから、不思議な感覚になるんだね~」


 長くなりそうな話に注意を入れた凛。


「次はいよいよ四股、と行きたい所だが、まずは股関節をほぐしておこう」

「明美ちゃん。中腰の姿勢になって」

「中腰? こうかな?」


 明美は立ち上がり、その場で膝に手を置いて前かがみになる。


「それは一般的な中腰だな。相撲で中腰となると、腰を割るのだよ……」

「こうするのよ」


 凛の姿勢は四股を踏む前の姿勢だ。股を開いて腰を落とした姿勢となっている。


「ここから、右足、左足、それぞれを交互に上げて、下ろすと四股になるのよ~」

「凛くんの言う通りだ。しかし、四股を踏むにはまだ早い。凛くん。その姿勢から立ち上がるんだ」

「……? 立ち上がったら中腰じゃなくなるけどいいの?」


 明美の疑問は最もだが、凛はその場で足を伸ばして姿勢を伸ばしていく。


「これでいいのですわ。腰の上下運動が股関節をほぐしていくの~」

「その通り、明美くんもやってみたまえ」

「判ったよぉ~」


 凛の動作を参考にして腰を落としていくが……「こっ、これはっ! バランスが難しいっ」明美がフラフラとバランスを崩しそうになる理由、それは手持無沙汰になった両手である。

「明美くん。両手は胸の前で組むといいぞ」

「こっ、こうかな?」


 言われたとおりに腕を組む。脇が締まり、二の腕で胸を挟み込んで、一の腕で体操服ごと持ち上げる事になる。明美の平均的な体格でも胸の谷間が発生し、強調される。


「いいぞっ、明美くん」


 胸の谷間の事ではない。腕に寄る体重移動がなくなり、安定した姿勢を保つ、平均的な身長、体重を持つ明美でも一つの大きな利点を持っていた。

 それは柔らかい身体。腰がスーッと水平に落ちていく。


「すごいわっ。明美ちゃん。始めてでここまで出来るのね」

「身体が柔らかかったんだな。これは逸材だ」

「えへへ、そうかな~」


 褒められて、思わず手で頭をポリポリとかく。照れて頬が紅潮しているが、バランスが崩れそうになって、「おっとと、いけないいけない」と再び腕を組む。


「あらあら、うふふ」


 対する凛は。片手を笑っている口元に当てて隠している。しかし、バランスがぶれない。少しでも経験している物と未経験者の違いであろうか?


「腰を落として一呼吸。その後、立ち上がるんだ。腰の上下運動はゆっくりするんだぞ。それを十回、、二セット行う」


「判ったよぉ~」

「頑張りましょうね」

「ではいくぞっ。い~ちぃっ、にぃ~いぃっ……」



 遥の掛け声に従って明美、凛は腰割を続けていく。



「はぁっ……はぁっ……結構疲れますわね」

「うっ、うんっ。汗かくよね」

「単純な動きのわりに持っていかれる体力は多いだろう?」

「なんだか痩せれそうな気がするよぉ」

「そうだろう。そうだろう。でも、まだ、これで終わりじゃない」

「次は何をするのぉ?」


 目を輝かせる明美と対照的なのは凛だ。


「はっ、遥ちゃん、まだ、やりますの?」

 疲れてきたのか? 目元に陰りが見える。

 しかし、根を上げている凛に対して、涼しい顔の遥は言葉を続ける。


「ああっ、むしろここからが本番だ」


 にやり、と笑みを見せる。少し意地が悪い感じが出ている。そこに気づいたのか? 明美が凛を気づかう。


「凛ちゃんがキツいんだったら。私の事は気にせず休憩したらいいよぉ」

「と、言われているが、どうする?」

「んっ、そう、ですわねぇ」


 中腰の姿勢のまま考える凛。少し休憩させて貰ってもいい。しかし、今日はもうミルクティーを飲んでしまった。


「今日取ったカロリー、明日に持ち込みませんわ」


 目元をしっかりと締め上げて、真っ直ぐに前を見る。


「やりますわっ。だって、次は四股ですものっ! ねっ?」

「凛ちゃん、本当?」

「ああっ、もちろんだとも。その為の準備運動は整った」


 その言葉を聞いて、明美の目は輝きを見せる。


「やったぁ! 早くしよぉ!」

「気合は十分のようだな」


 元気いっぱいな明美。気合を入れている凛。

 遥は嬉しげな顔で満足そうに見つめる。


「では、いよいよ四股だ。まぁ、これは単純に言いすぎると体重の移動だな」

「体重の移動?」

「そうだっ」

「遥ちゃん、体重移動するならダイエットの必要は無いんじゃない?」

 明美の脳内では自分の体重がどこかに移動するイメージが沸いている。

 先程自分で飲んでいたブドウジュースのカロリー分がぽいっと、ゴミ箱に放り投げられる。だが、それが現実的ではない。しかし、そのイメージはある意味、間違っていない。具体的なイメージが出来る程、効果を増すのだ。

「明美くん。体重の移動とは、どこに力を込めるのか? 見ていたまえ」


高見は四股を踏む前の、中腰の姿勢のままである。


「先程説明した中腰の姿勢。それは、両足をそれぞれ開いている。この時の人間の姿勢は、天秤でいうと左右に均等に重さがかかっている。今まで意識していないかもしれないが、頭から腰、そして足にかけて力、つまり体重が均等にかかっているのだ。イメージしたまえ。均等に掛かっていると言っても、自分がどこに一番力を掛けているのか?」


「ほぇ~……一回やぅてみよっ」

 明美は高見にならって中腰の姿勢のままイメージする。バランスを崩さない様に両手をそれぞれの膝の上、背筋は真っ直ぐ、腰は引く。


「体重がどこにかかっているか? ……あっ、ああっ、んぅっ!」


 すると明美の身体に直上より電撃、閃きにも似た感覚が走る。


「そうっ、もう一度言おう。この姿勢、上から下に体重が掛かっているのだよ。どうだ? そう考えると普段以上に自分の体重を感じるだろう? どこに体重を感じる?」

「こっ、こんな事って!」


 中腰のまま震える明美。両足全体に、ずぅぅぅぅんっ、と重りが絡みつく。


「体重が増えたっ!」

「違いますわ……多分」


 いつの間にか同じ姿勢となっていた凛が突っ込む、


「意識の違い、ですわっ」

「意識の違い?」


「明美さん。私たちは先程まで中腰の姿勢と腰割の運動。各々の動作に集中していましたの」

「うっ、うんっ」


 覚えるのにいっぱいいっぱいになっていたのは確かだ。

「そっちに意識が集中してたから、体重を感じる余裕がなかったのですの。でもっ、今はっ……んぅっ」


 苦しそうに声を出しながら凛は続ける。

「んっ、くぅっ……動作や姿勢に慣れたのですわ。そして、次に意識してしまったのが体重。いっ、今は、はぁっ……凄く足に重さを感じていますのよ」


「わっ、わかるぅ~」


 自分の全体重が足に掛かっている感覚。それが明美と凛の感じている力である。


「そうだっ。明美くん、凛くん、君たちは今、先程までは意識していなかったのだ。中腰の時は足に負担がかかるが、そうじゃない。足に負担が掛かるって事は、上から体重を乗せているからだ。それが体重の移動である」

「そう言われると、なんだか重さが増してくる様な気が……」

「おっ、おもいぃぃ~~」


「意識すればするほど身体に掛かる負担が増える。では四股を踏もうっ! もっと意識させてやる。その姿勢のまま聞きたまえ」

「ひいぃぃぃ」

「遥クン、ドSですわ」


 遥クン。その声から覇気は無く、ドス黒いオーラが消えている。それを見て、遥はようやく稽古に進む事が出来ると満足気で、尚且つ意地悪い顔を見せる。


「四股と言うのは、両足にかかっている体重を片足に集中する姿勢となる。心して見たまえ」


 中腰の姿勢から、遥は身体を右側に傾ける。それは右足に思いっきり重さがかかると言う事、つまり、体重が移動しているのである。そして上がるのは左足である。


「軸足、右足をしっかりと伸ばすんだ。で、だっ! 左足はゆっくりと下ろしていく。その後、中腰の姿勢に戻る」

「んぅっ、こっ、これは見た目以上に」

「ふぅ、ふぅ……足がつかれるぅ」


 明美、凛の二人は足こそ上げるものの、まだ姿勢が安定していない。


「足を上げた時、視線は軸足の親指を見るんだ」

「わかったよぉ」

「んっ、くぅ、これは疲れますわねぇ」

「ふふふっ、では、十回六セット行ってみよう」

「なっ、何か多くない?」

「意地悪ですのっ!」


「ははは。ブドウジュース、それにミルクティーのカロリーを燃焼する為だ。頑張りたまえ。では右足、左足と交互にいくぞっ。ついてきたまえ!」

「頑張るよぉ」

「んぅ、私もついていきますわ」


 明美、凛の二人はそれぞれのカロリーを消費する為、頑張ろうと心に決める。

 元気のある遥の声に続き、明美、凛の疲弊しきった苦し気なカウントの声が続く。


 今日の晩、体重計に乗るのが楽しみになってきた明美。


 だが、明美は気付いていない。この運動が終われば、今日の夜中に訪れる筋肉痛と、翌日に堪る疲れを。

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