18 相撲部
「遥ちゃん、渡したいものがあるの」
早朝の相撲場、明美は遥とちゃぶ台を挟んで座っていた。さっき自動販売機で購入したブドウジュースを飲んで、一息つけてから次の言葉を続けようとしていた。
「ふむっ、どういったものか見せて貰おう……って、うぉっ、こっ、これはまた革新的なモノだな」
明美が遥に渡したものはスポーツウェアなのだが、中身が直ぐに判らないようにラッピンクしていたのだった。それも、ピンク一色に赤のリボンと言う朝から見るには明るい色だった。
「ありがとう。これは今、開けてもいいのかな?」
「うんっ、今日の部活で使って欲しいから購入したんだよぉ~」
「どんなのか楽しみだなぁ」
丁寧に赤いリボンをほどいて、ラッピンクを傷つけないように剥がしていく。リボンもラッピンクも折り畳み、ちゃぶ台の上に奥く。
「このラッピンクもリボンも私の為に選んで購入してくれたのだな。何かの折に使用させて頂くよ」
「そこまで畏まらなくてもいいよ。私が好きな色を選んだだけなんだから」
「明るい色は気分もほぐれる。いい色を好きになっているんだな」
『明美くんが赤、それにピンクを好きなのを覚えておこう。今後、お返しする時に何かの役に立つかもしれない』
遥は、そう心のなかで誓う。
相手からの好意は、こちらも好意を持って返さなくてはならない。心のなかに戒めとして有るのではなく、ごく自然にそういった考えに至るのが高見遥と言う男性である。
「えへへ、ありがとう。でも、そっちはちょっと違うんだよ」
明美、遥の視線はラッピンクの中の商品へ落とされる。
基本的には黒一色だが、胸の心臓に当たる部分には黄色の稲妻のワンポイント。スポーツウェア、黒衣の稲妻であった。
「私はこういった色合いは非常に好きだよ。黒色、と言うのは男性的だ。女性的な顔つきと称される私が普段好むのはより男らしい色のものだ」
「うんっ。なんとなく、そうなのかなって感じがしたから今回、そのスポーツウェアにしたんだ」
遥が普段から使用している濃い緑色の湯飲みも、女学生ならほぼ選ばない色である。
「よく観察してくれてたんだね。私は明美くんの事を見てはいるつもりではあるけれど、そこまで出来ているかと言われれば違うだろうさ」
「ううんっ、いっつもダイエット見て貰っているから、そのお礼なんだ」
「ありがとう。これからここでの稽古の時は着用するよっ」
「本当っ! ありがとうっ」
裸にマワシが男性の相撲する時の正装と聞いていたので、遥があっさりと着用を宣言したのは明美にとって予想外であった。
「ああっ、本当さ。ところで、その格好から察するに明美くんは相撲をしようかと思っているのかな?」
遥の指摘の通り、明美の格好はピンクのスポーツウェアの上から黒いマワシを締め込んでいた。
「弓弦ちゃんから相撲を競技とする上で一目で判るような格好をするように聞いているから」
「……相撲大会で一目で判る格好だと目立つのは判るな。しかし、普段からその様な格好をしている必要が無いのは私や吹雪くんを見ても判る通りである」
『弓弦は割と余計な事を教えたがりでもあるから、今一度注意が必要だな』と思う遥であったが、この場には明美と二人きりなのであった。
となって来ると必然的に発生する事が一つあり、「あのっ、どうやって外したらいいのかな?」明美は立ち上がってお尻を遥に見せる。マワシの結び目と言うのは本人からは見えていない。
「これはっ! だなぁっ……」
立ち上がりお尻の上の結び目をほどいていく遥。弓弦特製のギチギチ締めだったが、なんの事はない。経験者である遥の手にかかれば直ぐに外すことが出来る。
ほどいたマワシを丸めていく。スポーツウェアのみになった明美へ渡す。
「こんなところだ。吹雪くんのマワシを外すのを手伝って上げる時に勉強させて貰うといい」
「わかったよぉっ。じゃあ、着替えてくるね」
「待ってるよ」
明美が更衣室に行ったのを見送った後に、遥はちゃぶ台の前に座って湯飲みに口をつける。その視線は自分が購入して貰ったスポーツウェアだ。
「女性ばかりの部活だったんだから、そこは気を利かすべきだったかな?」
改めて自分の普段の格好である裸にマワシを想像して思い至る。
「まぁ、でも、ありがたい話ではある」
貼られたままの値札を見つめて、残り少なくなったお茶を啜った。
明美は遥にスポーツウェアを渡す事の意味を誰にも語ってはいなかったが、遥はハッキリと理解していた。しかし、それは遥の持つ明美、いやっ、女性像なので真実か? どうか? は判らない。
放課後。
相撲場には明美、遥、吹雪、凛、弓弦の五人が揃って土俵を囲んでいた。
畳の間でちゃぶ台を前に座っている伊藤先生の掛けるラジオ体操を終えた後に腰割り、四股、摺り足、鉄砲と一連のダイエットが終わり、ようやく一息休憩出来る段階になってから、ちゃぶ台を囲んでの雑談である。
現在、ちゃぶ台を囲んでいるのは吹雪、弓弦を除く四人。明美、遥、凛、伊藤先生である。
「遥ちゃんと明美ちゃんのスポーツウェアは購入して来たんですの?」
相撲場に士道武具店のパンフレットを置いていいと言ったのは凛だが、あまりにも早い購入に内心驚いている。
「う……む……」
遥にしてみれば購入してきた訳ではないので、どう伝えたものか? 言い淀んでいたのだが、「うんっ。両方とも私が購入したのっ!」といらない気づかいだったようだ。
「まぁ、まぁ、それはそれはいいですわね。明美ちゃん、ピンクのスポーツウェア似合っていますわよ」
ニコニコと微笑んで明美のスポーツウェアを褒める。
「でしょー。悩んだけど、この色合いが一番いいかな~って」
「ええっ、とてもよく似合っていますわよ。遥ちゃんも、黒いスポーツウェアとってもよくお似合いですわ」
「胸の位置にある稲妻がいいアクセントになってると思わない?」
「言われてみればそうですわね。黒いだけだと威圧感がありますけれど、ワンポイントあるだけでいいアクセントになっていますの」
女の子の様な顔つき、細い身体の遥でもようやく男らしく見えるだろう。
「これで少しでも強そうに見えるといいんだけどな」
「「そこまで気にしなくてもいいんじゃない?」ですの?」
明美、凛の二人の声が重なる。
「ありがと。私としてもそう言って貰えるとありがたいよ」
遥は立ち上がり相撲場に下りる。
「明美くん。マワシを締めた姿を皆に見て貰おうか?」
「すっかり忘れていたよ。凛ちゃん、実はマワシも購入したんだよっ。是非、見せてあげたいな」
遥から差し出された手を取って相撲場に下りる。
「もうマワシも購入しましたの?」
これには凛も驚きである。部員の中で一番、相撲とは縁が無いと思っていたからだ。
「うんっ、私、相撲もしてみようかなっ? って思って。だから、もしよかったら凛ちゃんも一緒に始めない? 一人で始めるより、ふたりの方が絶対楽しいよ?」
誘いの謳い文句。奇しくも凛が明美に対してハッキリと口に出来ていなかったものだった。
凛は明美から誘われた事に嬉しいと感じている。だから返事は決まっていた。
「うんっ、じゃあ、ちょっとやってみましょうですの」
こうして四股って素敵な女子になる部活動は、彼女達らしく軽いノリで相撲部になった。
「じゃあ、ちょっと着替えてくるね」
二人、手を繋いで更衣室に向かっていく光景に微笑ましいのを感じて見送る凛。
待つこと10分。
重苦しい顔つきで戻ってきた明美と、一仕事終えたように額を手の甲で拭って、重いため息をついて戻ってきた遥。
「一体、何がありましたの?」
「めちゃくちゃキツいんだもんっ」
疑問を呈する凛の元に駆け寄って来た明美が振り返り、お尻を見せてくる。お尻全体を持ち上げるように縦に黒いマワシが食い込んでいる。
よく見るとスポーツウェアを走る横マワシも隙間なく締められて、お腹が苦しそうに出て強調されている。
身体にピッタリと張り付くスポーツウェアはマワシ周辺に限っては意図的に貼り付けられたかの様なシワが走っている。
「これはヒドい。キツく締め過ぎではありませんの?」
「学生力士に取ってマワシを取られるのは魂を取られるのと同義、この士道、遥に言いたい。素晴らしいっ! と」
いつの間にか稽古を中断して駆け寄ってきた弓弦。満足そうに頷いている。
「マワシがキツいのはそういうものだから。直ぐに慣れるわ」
吹雪もほぼ同意見らしく首肯する。
「明美くんも凛くんもいずれ判るが、マワシの締め付けがキツイと思うのは最初だけだ。慣れてくると気持ちも一緒に引き締める事が出来ていい感じだぞ」
「そこだけは高見くんに同意ね」
「そこだけとはどういう事だ? ひどいぞ、吹雪くん」
「明美、凛(キミ達)、判ったか? これがマワシ愛好家の意見だ。この士道、ようやく理解を得られて嬉しいよ」
弓弦が遥、吹雪の間に入ってお互いの首に腕を回して仲良し三人組をアピールする。
「私は明美くんにマワシに慣れて欲しいだけで、マワシ愛好家ではない」
「相撲との関わりの一つではあるけれど、神話には負けるわね。高見くんと同じく、マワシ愛好家ではないはないわよっ」
遥、吹雪の二人から腕を外されて前のめりになった弓弦。
「明美はマワシの愛好家になってくれるだろ? この士道、もう明美だけが頼りだ」
「うんっ。私は勿論、色んな事を好きになりたいよ。でも弓弦ちゃん……」
明美が無表情で弓弦に近づく。
「学生力士は登校から下校までマワシの着用が義務付けられている、とか嘘ついちゃだめでしょっ」
軽いチョップを弓弦の頭におみまいし、その頬を左右に引っ張っていく。
「悪いのはこのお口かっ? この軽い口で嘘ばっかり言っちゃうのか? 伸ばしちゃえ、えいっ、えいっ」
「もう、ふそはつかないのでやめてくひゃられ~、このひどぅー、まひった、まひった」
「いーえっ、許しません」
「ひんえー、ひゃるかー、わらっぇないでたひゅけてくれぇー、このひどぅー、ひっしょうでひちどのほねがいだわえー」
たっぷり三分間、頬のダイエットをした弓弦は逃げるようにちゃぶ台に駆け寄り、疲弊しきって突っ伏している。
「うううっ、お嫁にいけない」
「波防人が婚姻届とか提出出来るんですの?」
「最近は色々と便宜が図られているんだ。この士道、波防人になっても婚姻届を提出する夢は諦めていない」
「まぁ、まぁまぁ、意外と乙女ですのねっ。私、士道さんの事、誤解していましたわ。これからは敬愛の念を込めて弓弦ちゃんとお呼びしても構いませんの?」
「もう、なんとでもしてくれっ。この士道、相撲部内での扱いには妥協して生きていく」
こうして、凛からも頭を撫でられてる身となった弓弦。最早部活内ヒエラルキーの底辺に位置してしまったのだと、本人は考えていた。
しかし、波防人なので、生物としては頂点に君臨しているので人生? どこでどう転ぶか判らないものである。
「今に見ていろよ」
小さく呟くが自業自得である事は明確だった。




