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さよならにはまだ早い(仮)  作者: 岩本ヒロキ
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4月10日 新聞部にて

 あれは高校2年の春だった。

 母方の祖母が用水路に足を踏み外し腕を怪我したという連絡があったのだ。最初は驚いた親族中が実家に集まったものだ。怪我が大したことないということが分かるとその時は、一人娘である母が実家に帰りしばらくは入退院の世話、退院後は月に一度実家に帰り様子を見るような生活を続けていたような気がする。当時の母は言った。「暇なら冬至が行ってきてくれない?おばあちゃんと一緒にいてあげるだけだからさ?」と。結局その数年後、祖母は検査入院の末に病気が見つかり、3年ほどで亡くなった。会いに行く事もなく、顔を見たのは葬儀でだった。


 一度だけ、春休みの終わる間際に一人で祖母の家に訪れたことがあった。記憶の片隅に同じように若い女の子が祖母の家を訪れていたことを思い出した。それが、10年後に出会う先輩だったということに今気づく。


 後ろからドタドタと玄関に祖母が走ってくる音に我に返る。

 腕の中にいた10年前の先輩を解放し、小さく「ごめん」とつぶやいた。数回瞬きをし、こちらを見つめるその目から目線を外し玄関を上がり、すぐ隣の昔母が使っていた自室へと引きこもった。



「あ、ヒナちゃん、わざわざ悪いねぇ。あ、そういえば、ヒナちゃんも高校2年生やったねぇ。明日からうちの孫がヒナちゃんと同じ高校転校して来てくれることになってねぇ。冬至って言うんよ。お願いねぇ。ばぁちゃんの事心配してこっちに来てくれたんやわぁ。頼むわぁ」

 襖を挟んで祖母たちの会話が聞こえる。

「冬至君て、お孫さんの?やね??埼玉から来てくれたんや!良かったねぇ!」

 すると、いきなり襖があいた。

「冬至君、明日からよろしくね!私、山脇ヒナ。分からないことあったらいつでも聞いてね!」



「ごめんねぇ。ばぁちゃんが転んだばっかりに。転校なんて、嫌やったやろうに。」

「大丈夫。ばぁちゃんこそ。気ぃつけてな。」

 当時の祖母への、最期まで会いに来なかった罪悪感からか、必要以上に会話が出来ない。ヒナちゃんが帰った後の祖母の家は、驚くほど静かに感じた。あの時、母じゃなく僕が祖母の家に来ていたら…どうしていきなり祖母が生きていた時代に来たのだろう。祖母への罪悪感?謝罪?罪滅ぼし?

そうだ、あの時僕の身体は車に激しくぶつかった。それから何が起きた。




 なぜこの時間にいるのだろう。




「埼玉県から来ました、敷島冬至です。よろしくお願いします」


 翌日、言われるがままに登校した高校。案内された教室は30人もいるかいないかのクラスだった。先生に後ろの席に座るよう促される。とりあえず、廊下側の空席へ。

 前のヤツが振り向いて何かを言おうとする、が、声が小さくて聞こえない。

「え。ゴメン。今なんて、、、」



 突然、真後ろのドアが立て付けの悪い音を立てて開いた。思わず振り返る。目を丸くした背の高い眼鏡をかけた男子生徒が不思議そうにこちらを覗き込む。

「ごめんなぁ。ここ、僕の席なんだけど…君はどちらさまかな?」

 ニコニコと笑いながら僕に話しかける人懐っこい彼に先生からの野次が飛ぶ。

「渡辺ぇ。転校生や!敷島すまんが、その隣使ってくれ。渡辺は後で職員室な!!」


 席を代わり、ジェスチャーで渡辺君に「ごめん」を伝える。すると、寝癖のついた長い髪と眼鏡で顔の半分は隠れているにもかかわらず、それでも分かるほどの笑顔で渡辺君は笑い返してくれた。



「柊也は遅刻常習犯なの。いつもは昼前からしか来ないから、今日は早い方かな?」

 同じクラスになったヒナちゃんが次の休み時間にそう説明してくれた。ヒナちゃんには家が近所という事もあり、校内や身の回りのことを事細かに教えてくれていた。昔も今も。相変わらずだ。けれど、その笑顔からは僕の知る、あの寂し気は感じられなかった。

「冬至君、部活って入る?前の学校では何してたの?」

「前の学校では吹奏楽してたよ。サックス吹いてた。」

 嬉しそうな顔をするヒナちゃん、僕は知っている。10年後の先輩が僕にそう語ったのだ。同じ吹奏楽部だったという事を。


 すると、ヒナちゃんは最初に僕が席を間違えた時に話しかけて来た渡辺君の前の席の男子生徒を引っ張って来た。

「同じ吹奏楽部なの!横野秋月!バリトンサックスだから!秋月良かったね!男の子だよ!」

 先ほどの渡辺君と同じかそれよりも背が高い。さっきは緊張もあってか気付かなかったが、驚くほどに顔が整っている。

「こいつが無理矢理すまん。吹奏楽部、来れる?無理はしなくていいよ。」

 横で膨れっ面になるヒナちゃんを他所に、横野は続ける。

「良かったら、俺ら新聞部もやってるから、そっちはどうだ?」


 その昼休み、ヒナちゃんと横野がPCパソコン教室に連れて来てくれた。そこにはすでに3人の生徒が二台のパソコンを挟み何やら議論をしていた。

「敷島君だよね?ヒナ達が悪いな。いきなり連れて来て。部長の原田だ。部員全員同じクラスなんだけど、分かるか?」

 そう挨拶を始めた彼は、僕の3つ前の席の人だ。彼の隣に座るのは、今朝遅刻して職員室に呼ばれた渡辺君。その隣の肩下までの髪の女の子は…

「森岡春奈です。よろしくね。」

 森岡さんの横にヒナちゃんが腰を下ろす。


「秋月ぃ、喉乾いたぁ…」

 横野と渡辺君が二人して全員分の飲み物の買い出しに行かされている間に原田が説明をしてくれた。

「ヒナと秋月は部活掛け持ちな。俺と森岡はここだけ。柊也は、、まぁ、なかなか学校来ないからな。ここが丁度いいんだろう」

 彼らが触るパソコンの画面に映るのは、僕が昨日の夜も、10年後にも何度も見ていたこの学校のホームページだった。彼らの作業はこのホームページの更新だという。


 森岡さんと楽しそうにもう1つのパソコンの画面を覗き込むヒナちゃんの横顔に安堵感を感じながら、原田の話を聞き続ける。

「記事とか作成する時は、文字数制限があるから、みんな誰の投稿か分かるように語尾に一文字だけ入れてる。森岡なら春奈で(椿)、柊也は(柊)、秋月は(楸)だ。俺は…下の名前夏樹って言うんだ(榎)な。ヒナは、(雛)なんだがあんまり投稿はしてないかな。あいつ生徒会もやってるし。面白いだろ?春夏秋冬揃えたんだ!季節勘違いされるっていうので途中から木偏つけてさ。まぁ、秋月がなかなか入ってくれなくてさぁ。苦労したもんだ。」


 いちごみるくを片手に嬉しそうに戻ってきた渡辺君から高校生の僕にはまだ苦いコーヒー牛乳を受け取った。

「ヒナはこれで良かったんだよね?」

 と、ヒナちゃんにアイスティーを渡す渡辺君の顔は、今の僕にでも分かるほど慈愛に満ちていた。愛しいものを見るような、大切にするような目だ。


 その時僕は察した。

彼女が最後に言った言葉を。『会いたい人がいるの』と。

僕は、その人を知りたいと願った。もしあの時、僕が死んでいたのだとしたら。それは、僕の最期の願いだったのかもしれない。

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