表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
深海の街  作者: 記章
6/34

第二話「星空の待ち人」その4

第二話「星空の待ち人」その4


真田はセコムの広域セキュリティ管理部のドアを開いた。

定時を過ぎた事務所には、職員が数人。

だから、探していた人物はすぐに見つかった。


「これはこれは、真田課長!お申し付けいただきましたら、お迎えに上がりましたのに!」


でっぷりとした体型の男性が扇子で顔をあおぎながら、立ち上がる。

メガネ型スマートディスプレイを外し、

近くに座る部下に、すぐに茶菓の用意を指示する。

本人はニコニコしながら、真田を応接室まで案内した。


「ごめんね。近くに来たものだから、貫田さんに挨拶をしたくて」


貫田博嗣(ぬきたひろつぐ)は、笑みを絶やさず、扇子で顔をあおぎ続けている。

もう秋も深まり、外では北風が舞っている。

扇子は貫田のクセのようなもので、一年中顔を扇いでいる。


「ほぉ、どういったご用件で」

「巡回だよ。部下がきちんと働いているか、地域の技官に確認してきたところ」

「南地区で何かありましたかな?」


セコムの南新浜営業所は、特別行政区南地区にほど近い、

JR南北線の金沢(かねさわ)駅近くに事務所を構えている。

新浜中央駅から電車で15分と便も良い。


「うん、ちょっと、トラブルがあってね」

「それはそれは、大変でございましたね。何か私共でお力になれることはありますか?」


貫田は、その名のアナグラム通り「タヌキ」だ。

目尻が下がった福々しいえびす顔をしているが、中身は煮ても焼いても食えない。

ぽっこりと張った中年太りの腹は、腹芸をするために作り上げられている。

彼から、情報を引き出すのは少し骨が折れそうだな。

真田の頭のなかに、関係者の顔と、顔と顔を結ぶルート、

ルートそれぞれの摩擦係数が浮かびあがる。

まだ、全体像と力関係が読めない今は、立ち回りに注意する必要がある。

藪をつついて蛇が出るくらいなら、対処のしようもあるが、

鬼を出してしまった時には、準備不足で返り討ちにされる。

確かに貫田は食えないが、会社の利益にしか関心がないから、他の人間よりもまだ与し易い。

貫田から伸びるルートを鑑みても、コストの視点から、ゴールまでの最短距離を選びやすい。

正攻法で行くか。


「あのさ、御社からの報告って全部上がってくるんだよね」

「はい、警察庁様との取り決め通り、何か問題がございましたら、すべてご報告差し上げております」

「飽くまでも確認だけど、警察庁と市役所への通報にタイムラグがある場合は?」

「貴所では対処できないような場合や、人命に関わる事案などの急を要す場合ですな」

「でも、『タイムラグがある』程度だよね」

「何を仰りたいのでしょう?」


相変わらず、扇子を動かしながら、貫田が尋ねる。


「つまり、警察庁には報告が上がって、役所には上がらない、なんてことはある?」

「そんなことはございません」


言葉が少し熱を帯びる。


「私共は、報告システムに万全を期しております。そのようなことがあれば―」


貫田は急に立ち上がり、応接室の扉を開けると、


「おい!最近の市役所様への報告案件データを今すぐ出せ!」


と怒鳴りつけた。

職員が文字通り飛び上がり、次の瞬間、急ぎ足でデスクに向かう。


「失礼しました」


貫田がそう言って、再び椅子に腰を掛ける頃には、

応接室のテーブルの上に立てかけられた20インチタブレットのディスプレイに、

ポップアップメッセージが表示され、データの受信を告げる。

貫田がタブレットを手に取って、セコムが「事象発生」だと判断し、

警察庁と市役所に報告を上げたデータを時系列で表示させる。

総数15件。

真田はざっと目を走らせる。記憶とリストに差分はない。


「データに欠け、なんかあるわけないよね」

「もちろんですとも!情報の正確性には絶大な自信を持っています!」


まぁ、どちらにしても、そう答えるよね。


「真田課長、まさか、私共の業務に疑義を抱いていらっしゃるのですか?

 お疑いが晴れるためなら何でもいたしますので、おっしゃってください!」


貫田は思わずという表情で、立ち上がっていた。

パフォーマンス。

恐らく貫田はこれ以上ないくらい冷静だ。

部下に放った怒鳴り声も、まるで舞台劇を見ているかのような大げさな身振り、

手振りも、声色も、全てはパフォーマンス。

たぶん、貫田も僕がどれほどの情報を掴んでいるのか分かっていない。


なるほど、そういうことか。

こちらもそれなりの代償を払ってしまったけれど、収穫はあった。

あとは、どこまでこちらの情報を与えずに、幕引きをするか。


「あぁ、ごめん、ごめん、部下を“詰み”たかったんだ」

「詰む?」

「うん、言い訳ばっかりする部下がいてね、

 御社の情報開示のタイミングの遅さがパフォーマンス低下の原因だって」

「はぁ」

「そういう他責の姿勢と、精度の低い言い訳が僕は大嫌いだからね、

 そのための情報の洗い出しだったのよ、変な聞き方してごめん」


そう言って真田は頭を下げたが、貫田がその隙に空中をタイプするのを見逃さなかった。

そう、「報告」は必要だ。

今日、僕が何の目的で来訪し、どこまで情報を握っていたのか、

今後、どのような動きをしそうか、誰かに「報告」が必要だ。




セコムからの帰り道。

貫田が市役所までAFCV(自律走行燃料電池車)で送るというのを固辞して、真田は歩いていた。

真田は考え事をする時、必ず歩きまわる。

歩調が思考のリズムになり、連なったリズムはひらめきを連れてくると信じているからだ。

貫田の態度を注意深く観察したが、たぶん、騙せてはいない。相打ちだ。

これで、摩擦係数が上がるかもしれないけれど、

「向こう側」には僕がどこまで具体的なことを掴んでいて、

次にどんな行動をするかはまだ想定できないはず。

ただ、それも時間の問題だ。急がなきゃいけない。

事態は想定していたよりも複雑だ。

その上、まだゴールが見えない。


整理する。

事実。

部下である木下歩美の元に、技官の宮本を通じて、四ツ街の巡査より、情報が寄せられた。

内容は、特別行政区域内に「不審者の侵入があった」。

巡査から宮本にどのようなニュアンスやレトリックで伝えられたかは不明だが、

少なくとも、巡査は不審者の侵入を確信する情報を得ている。

問題は、それが、どこまで公式に認識されていて、「誰が」精査、あるいは捜査するのかが不明だ、

ということだ。

だから、真田は、県警に出向している警察庁の人間に接触した。


彼女はヒントをくれた。

まず、彼女は、真田が来訪の目的を伝える前から「何が知りたいの?」と言った。

そして真田の質問に対して、「『知らない』と言ったら?」と答えた。

真田の狙い通り、彼女は、職業倫理ギリギリのところで、情報を流してくれた。

つまり、彼女が教えてくれたことを総合すると、こういうことになる。


「不審者の侵入」は事実である、ということ。

その事実は、県警として把握している、ということ。

さらに、市役所側にその事実が報告されていないことも知っている、ということ。

そして、彼女自身、真田がいずれ、自分のもとにその事実を探りに来ると思っていた、ということ。

そこから導き出せるのは、「不審者の侵入」の情報は、県警あるいは警察にとって、

内密にしたい情報であり、今後も市役所側に知らせる気もない、ということだ。


また、不審者の侵入は「よくあることじゃない」とも言った。

違う。不審者の侵入は決して「よくあること」じゃない。

新浜市では、特別行政区の景観保全および財産保護強化を公約に当選した、

新進気鋭の「とある議員」によって、

特別行政区への管理全般はもちろん、監視システムの大幅強化を数年前から行っている。

日本全国を見渡せば、特別行政区への不審者の侵入はまだまだ「よくあること」だろうが、

少なくとも、新浜市のセキュリティレベルは、

モデル地区とされている新潟県の柏崎西山地区と同レベルまで高まっている。

彼女の認識が、たまたま曖昧で、日本全国の事情を念頭に置いた回答だった可能性は、

まずありえない。

ましてや、勘違いや記憶違いなんて初歩的な間違いは皆無だ。

彼女は真田と同じ人間だからだ。

つまり、「不審者の侵入」の情報が市役所に上げられていないのは、

今回だけではない、ということだ。


しかし、警察が市役所に隠したいほどの事実とは何だ?

なんらかの公にできない凶悪犯罪の極秘捜査?

しかし、それと「不審者の侵入」情報を共有するか、しないかは別問題だ。

かえって、市役所を巻き込んで、情報レベルを平準化するべきだろう。

秘密は「秘密にしておく」ほど漏れやすいのだから。

結局、彼女から読み取れたメッセージは「不審者の侵入」情報が隠蔽に値するほどの事態だ、

ということは示唆してくれたが、それ以上具体的なものは見えてこない。

貫田への接触も同様。

恐らくセコムと警察は共謀し、市役所を蚊帳の外に置いている。

でも、今わかるのはそこまでだ。


行き詰まる。

一旦退いて、別の角度から思考をもう一度進める。

しばらくすると、やはり、歩調がひらめきを連れてきた。

そもそも、なぜ四ツ街の巡査は宮本に不審者の情報を与えたのか。

警察にとって、組織ぐるみで隠蔽すべきほどの情報にも関わらず、

巡査が市役所の人間にその情報を与えたのはなぜか。

もしかしたら、本件に関して警察内部で、

実はそれほどコンセンサスが取れていないのかもしれない。

あるいは、末端まで緘口令が徹底できていないのか。

ほころびを見つけた。


「あのさ、『彼』にコールして」


真田のアヴァター『佐助』がうなずき、どこかへと呼び出しをかけた。

すぐに音声通信で反応がある。


「やぁ、久しぶりだね」


真田はにこやかに話し始めた。


つづく...

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ