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深海の街  作者: 記章
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第四話「2つの正しさ」その6

遅くなりました...

第四話「2つの正しさ」その6


竹原(たけはら)美樹(みき)は目を覚ました。

少し肌寒い。

体も痛い。

そして、見知らぬ天井。

部屋?

天井もとても低く、なぜか垂れ下がっていて、部屋といえるのだろうか。

自室のベッドに寝ていると思っていたのに、

なんだかイモムシのサナギのような形をした布の袋に体を入れて寝ていてようだ。


あ。


思い出した。


記憶が一度に蘇る。


美樹は家を出た後、特別行政区を目指した。

最近、社会科の授業で習ったのだ。

美樹が生まれるずっと前に、町が大きく変わったらしい。

その時に「内側」と「外側」に町は分かれて、

「外側」から「内側」にたくさんの人が引っ越しをした。


幸い、美樹の自宅がある場所は「内側」だったため、

美樹の両親によれば、そんなに大きな変化はなかったらしい。


「でも、今まで空き地だったところに、一気にマンションができて、

 町が狭くなったように感じたよ。遊ぶ場所も少なくなったし」


とお父さんは言ってた。


「そう。急激に同級生が増えて、名前を覚えるのもたいへんだったのよ。

 でも、そのおかげで、いっぱいお友達ができたわ」


とお母さんも言っていた。


そして、学校では来月、社会科見学で特別行政区を巡ることになっていた。

だから、ちょっと先に下見して、お友達に自慢しよう、と思った。


実際に足を踏み入れた特別行政区は、

美樹を興奮させずにはおかなかった。


全く見たことのない町並み。

暗くなっていてる信号。

そして、誰もいない。


時折風が吹いたり、鳥の鳴き声が聞こえる以外は、

美樹自身の足音や、呼吸の音しか聞こえない。


海の中みたい。


美樹は思った。

とても静かで、でも、どこか息苦しさを覚える。


なぜか自然と息を殺して、足音をさせないように気をつけて、

美樹は冒険を続ける。


すごい!

すごい!

すごい!


自分の家の近くに、こんなにも楽しい場所があったなんて!

お父さんもお母さんも学校の先生も「入っちゃダメ」なんて言ってたけど、

やっぱり、大人が「ダメ」って言うものは、

子供にとって楽しすぎるからなんだな。


美樹は夢中になって歩きまわった。

まるで、自分が踏破した場所が、自分だけのものになるような気がして。


ふと気がつけば、空は赤く染まっていた。

あ、時間!


美樹はポーチからスマホを取り出して、スリープを解除する。


あれ?


画面は黒いまま。


そういえば、昨日の夜、ゲームをした時に、

電池がもうすぐなくなる、って表示が出たっけ。

もう1ヶ月近く充電していなかったら、うっかりしてた。


美樹は慌てなかった。

道を引き返せばいいだけだ。


ここを右に曲がって、次の十字路はまっすぐで、

そして、次は...


思い出せない。


曲がり角を左右ともに覗いてみるが、見覚えがない景色。


だんだんと呼吸が浅くなり始める。


え?

こっちから来なかったっけ?

でも、見たことない道だ。

あそこに茶色い箱なんかなかった。


美樹は深呼吸する。

こういう時に焦っちゃダメだ。


ちょっと、道端に座り込む。


ポーチからキットカットを1袋取り出して、キレイに2つに割ると口にする。


あぁ、美味(おい)し♪

やっぱ、キットカットはマッチャよね。

普通のなんか、子供っぽくて食べられないわ。


1袋食べ終え、ちょっと伸びをする。

少し落ち着く。


それにしても静かだ。

そして、あたりはだんだんと薄暗くなってくる。

美樹がキットカットを食べる前は、

だいぶ遠くまで見渡せていた道路が、その輪郭を滲ませ始めていた。


美樹は気がついた。

明かりがつかない。


家の近所なら、17時を過ぎれば、街灯が自動で点灯する。

もしかしたら、17時を過ぎていない、ということなのかもしれないけれど、

そんなことはないだろう。空はだいぶ暗くなってきた。


うそ。

どーしよ。


美樹がそう思っている間にも、あたりは暗闇に包まれていく。

気がつけば、手元のキットカットの袋の文字さえ読み取れなくなっていた。


ここへ来て、初めて美樹は後悔した。


なんで、ちゃんと帰り道を覚えてこなかったんだろ。

スマホを充電しておけばよかったな。

あぁ、お母さんに、行き先を言っておけばよかった。


母の顔が脳裏に浮かんだ瞬間、心細さが去来する。

自然としゃくりあげていた。

ませているようでも、美樹は9才児だ。


美樹はひとしきり泣いた。

でも、誰かが迎えに来てくれるわけでもない。

泣いてばかりでは、家には帰れない。


まだ、横隔膜はひくついていたが、美樹は顔を上げた。

どうにかして、家に帰る方法はないものか。

どうにかして、お母さんに連絡を取れないものか。


辺りはもうほとんどが闇に溶けている。

ほぼ手探りの状態で、ポーチを探り、スマホのスリープを試す。

もちろん、スマホは何も言わない。


だが、何かがおかしかった。


スマホの画面がうっすら光っている。


一瞬、電源が入ったのかと思ったが、そうじゃない。

あかりを反射している。


はっと辺りを見渡すが、すぐに気がついた。

夕暮れの空の光を、スマホの画面が反射していただけだ。

溜息をつく。


たぶん、それももうすぐ消える。


他に方法は?


もう一度、ポーチの中を手さぐりする。

中身の入ったキットカットが1袋。

先ほど食べたキットカットの空き袋が一つ。


でも、それだけだった。


普段、ランドセルに付けているGPSタグでも紛れ込んでいれば、

と思ったけれど、そんな幸運はない。


じゃぁ、仕方ない。

今日はここで寝るしかなさそうだ。


朝になれば、また道が見えるはず。

朝早くおきて、ゆっくり道を調べながら歩けば、きっと家に戻れる。


野宿なんて初めてだけど、そんなに寒くないし、

ポーチを枕にすれば、地面は固いけれど、眠れそうだ。


お腹がすいたな。

でも、次いつ食べられるかわからないから、

キットカットは残しておいたほうが良さそうね。


そう思いながら、横になる。


目を開ければ、夕暮れの明かりが今にも消えそうだ。


あれ?

さっきから、同じ明るさだ。


体を起こして、明るい方向を見つめ続ける。

たっぷり10分ほど見つめていたが、それでも暗くはならない。


他の方角の空に目を向けるが、星が瞬き始めていた。


何のあかり?誰かがいるの?


美樹は立ち上がった。

でも、辺りは真っ暗で歩ける気がしない。

目の前にあるはずの家の門塀すら見えないのだ。


その時、美樹の背後で音がした。

振り向くと、鋭い光が瞳を刺した。

とっさに目を閉じる。


「誰?」


言葉に出ていた。

光は美樹の体を調べるかのように、足元から頭の上まで、何度も行き来する。

たぶん、懐中電灯だ。

光が顔元から外れるのを見計らって、懐中電灯を手にしている人間を確かめようとするが、

暗闇に慣れた瞳には光が強すぎて、

それが男性なのか、女性なのか、大人なのか、子供なのかすらわからない。


ただ、若干生臭いような甘ったるい匂いがする。


「マイゴカ?」


太い男の声だった。

最初、何を言われたのかわからなかったが、

すぐに「迷子か?」と聞かれたのだとわかり、

美樹は「はい」と答えた。


「迷子です。竹原美樹です。住所は杉沢です」

「待て。もう一度」


勢い込んで早口でまくし立てたから、

男はうまく聞き取れなかったようだ。

美樹は深呼吸して、もう一度繰り返す。


「迷子です」

「わかった」

「名前は竹原美樹です」

「わかった」

「住所は杉沢です」

「場所は知らない。しかし、大通りならわかる」

「ほんと?」


一気に気持ちが明るくなる。


「しかし、夜だ。明日行く」


そう男は言うと、有無を言わせず、美樹の腕を掴んで歩き出した。

美樹は一瞬怖くなったが、懐中電灯は美樹の足元を照らし、

歩きやすいように配慮してくれている。

そんなに悪い人ではないのかもしれない。


男の迷いのない足取りにつられて歩いて行くと、

茂みの前に連れて行かれた。

その向こう側から、ちらちらと光が漏れている。

ここが先ほど美樹が目にしていた「明るい場所」なのか。


男を見れば、身振りで、茂みを抜けるように促している。

茂みを見てみると、無理すれば人が通れるほどの隙間がある。

美樹は男に向かって頷くと、思い切って茂みをすり抜けた。


そこには、美樹が想像もしなかった光景が広がっていた。


たくさんの小さなおうち。

そこここで、焚き火がたかれ、大人も子供もその火を囲んで、

食事をしている。


幾人かは、茂みから現れた美樹を見て、驚いたような表情をしたが、

すぐに美樹の後ろに立った男の姿を見て、安堵の表情を浮かべたようだ。


その後の美樹の記憶は曖昧だ。

疲れていたのもあり、ホッとしたのもあり、

なんだか辛いご飯を食べた後、小さなお家の一つに入ってすぐに眠った。


つづく...

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