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深海の街  作者: 記章
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第四話「2つの正しさ」その5

第四話「2つの正しさ」その5


歩美が課長室を急ぎ足で出ると、

西野が自身のデスクに座り、何かを眺めていた。

政策局で何をしてきたのか聞くのがちょっと怖い。


「あ、あの...」

「おぉ、あんたか。さっきは助かった」

「え、えっと、菜々...村井さんには会えました?」

「あぁ、とりあえず、聞きたかったことは聞けた。

 にしても、お前の同期も変なやつだな」


あなたに言われたくない。


わずか2日間で、すでに西野の評価は最低レベルだった。

もともと、歩美には「嫌いな人」というのがいない。

「苦手な人」はいるけれど、そういう人は、自分からは近寄らないようにしているから、

それ以上に発展することもない。

ただ、西野は「苦手な人」から「嫌いな人」エリアに足を踏み入れる、

初めての人間になるかもしれない。


さておき、歩美は先ほど真田から聞いた話を西野に説明する。


「ということで、わたしはこれから、宮本さんと落ち合います。

 西野さんは明日は通常通り―」

「何してんの?」

「え?」


なぜか西野がすでに手荷物をまとめ、廊下に向けて歩き出している。


「早く行くぞ。時間がもったいない」

「もしかして、一緒に来てくれるんですか?」

「当たり前だろ。俺は西地区担当の管理官。

 辞令見てないの?」

「いや、そうじゃなくて...」


だって、昨日は「やる気がない」とか言ってたくせに...


でも、西野の言うことが正しい。

それに、人手が増えることは単純に心強い。


もしかしたら、西野の思考は非常にシンプルで、

シンプルすぎるがゆえに、説明不足なだけなのかもしれない。


「時間ないから急ぐぞ。宮本さんとは現地で落ち合う」


そう言うやいなや、西野は歩きながら宮本にコンタクトして、

杉沢のセコム事務所で落ち合うことを約束する。

それが終わると、階段を下りながら、アヴァターを呼び出す。

西野の横に中世の貴族のような少年像が浮かび上がる。


「『荀彧(しゅんゆぅ)』、真田課長経由で役所のFCVを借りだして、所の前に回してくれ」

『かしこまりました』

「AFCVじゃないんですか?」

「FCVの方が早いし、便利だ」


歩美の問いかけに西野はそう答え、引き続き、アヴァター『荀彧(しゅんゆぅ)』に指示を出す。


「それから杉沢のセコム事務所までのルート検索。

 管理官権限使って、特別行政区内を通るから、最短距離を出して」

『ルート検索完了。コンタクトディスプレイ上にAR表示いたします』


そうか。

短時間で杉沢まで向かうなら、特別行政区内を通行するほうがはるかに早い。

特別行政区には渋滞も信号もないからだ。


そもそも、AFCVは特別行政区の通行を前提に作られていない。

理由は単純で、

そもそも自律走行システムが、中核都市に設置されている各種センサーやビーコンの利用を前提に、

設計されているからだ。

もちろん、AFCVでもGPS情報を頼りに特別行政区内の通行は可能だが、

乗員の安全を確保するため、行政による年に一度の安全性テストに合格した主要道路上でしか、

動作しないように制御されている。

短時間で宮本と落ち合うにはもちろん、その後、もし特別行政区内を走り回るなら、

FCVを使うのは理に適っている。


「あんた、運転は?」

「え、えっと―」

「その様子じゃできねぇな」

「できるんですか、運転?」

「当たり前だろ」


当たり前じゃない。


歩美の親よりも上の世代なら、若いころに取得した「運転免許」を継続して更新し、

所持している場合も多いが、AFCVが主流となった現在、

歩美の世代で運転免許を所持しているなど、はっきり言って「変わり者」だ。


しかし、自身に満ちた西野の表情には嘘偽(うそいつわ)りがなく、

宮本なみにスムースで、スピーディな運転でFCVを駆り、

難なくセコムの事務所に到着した。


先に到着していた宮本と一緒に、事務所に入る。

事務所内には警察関係者とみられる職員も、すでに到着し、走り回っている。


真田から予め連絡が行っていたため、すぐに担当者が現状を説明してくれた。


結論から言えば、セコム側ではまだ女児の足跡(そくせき)を把握していない。

女児の自宅がある杉沢エリア近隣には、

沢渡(さわたり)成宮なるみや谷戸(やと)の3つの特別行政区がある。

もちろん、その外側にもさらに特別行政区は拡がっているが、

公共交通機関を使用していない前提のもと、女児の行動範囲を考えれば、

現実的には先ほどの3つのエリアで充分だろう。


コンビニの屋外カメラの記録を信じ、女児がまっすぐ北に向かったとすれば、

沢渡地区に進入することになる。

同様に、北東に向かったとすれば成宮、北西なら谷戸に迷い込んだことになる。


因みに杉沢の東側には、新浜市の中心部「本町(もとまち)」に向かって、

中核都市エリアが拡がっているし、

西側には葦原(あしはら)エリアを最西端として中核都市エリアが拡がる。


何かの思いつきで、女児が東側にずっと進んでいるなら、

警察がいずれ保護してくれるだろうし、西側も同様だ。

小学生の足で葦原をさらに超えて、

特別行政区の小田原地区などに入り込むことは現実的に考えにくい。


以上の推察のもと、杉沢のセコム事務所では、沢渡、成宮、谷戸3地区の全カメラ映像と、

センサー類の信号をリアルタイム監視しているが、成果はない。

しかし、セコムでは「できることは全てやっておく」ということで、

特別行政区の監視と並行して、

女児の保護者から入手したフォトデータをもとに、

過去48時間の映像データと照合をかけている。


セコムの精力的な動きのお陰で、歩美たちが具体的にできることはあまりなかった。

しかし、おそらく女児が抱いているだろう不安や、

保護者の心中を想像すると、歩美はいてもたってもいられない。

もし、どこかで怪我をして動けなくなっていたら。

最悪の場合、誘拐されて、怖い思いをしていたら。

そんな想像さえしたくない。


「とりあえず、わたし達も手分けして、3地区の見回りをしてはいかがでしょう」


もちろん、近くの派出所の警察官が巡回しているだろうが、

「だとしても」だ。


宮本と西野は歩美の提案に賛成した。

宮本の車と、西野の車に分かれて、3地区を巡回することにする。

歩美は正直、宮本の車に乗りたかったが、


「土地勘が無いものですから、主任は私と同行してくださいますか」


との西野の要請を受けて、歩美は西野の車に同乗することになった。


西野なら、アヴァターを駆使して、迷うこともなさそうだけど...


宮本が成宮地区、西野と歩美が沢渡地区を見て回り、

終わり次第、谷戸地区で合流することにする。


簡単な打ち合わせが終わると、西野が真田へコールした。


「課長。セコムの監視映像とセンサーの信号を、

 リアルタイムで私たちに回していただくように、セコムへ要請をお願いします」

『いいよ。やっとく』


すると、歩美の視界に「データ同期要請」というラベルが点滅し、

承諾するとすぐに、監視カメラの映像が表示され始める。

とはいえ、その数は少なくとも100以上あって混乱しそうだったから、

アリカに位置情報に応じて、必要最低限の映像を表示するように指示する。


「迅速なご対応感謝します。

 それから、監視カメラとセンサーの設置情報もお願いします。

 できれば、GISデータで」

『はいよ。ん?でも、監視カメラ映像なら、Exifついてない?』

「必要なのはGPS情報じゃないんです」

『オーケー。了解。たぶん生データになるけど』

「構いません。荀彧(しゅんゆぅ)に処理させます」


歩美には理解できない言葉と内容が、高速でやり取りされていく。


「それと...」


西野は一瞬逡巡するように言葉を切るが、少しトーンを落として続ける。


「IBJに話のわかる知人はいらっしゃいますか?」

『法務省ならいるよ~』


ん?

IBJってなに?

なんで、法務省が出てくるの?


そんな歩美の疑問をよそに、西野は真田と話を詰めていく。


「さ、行きましょう、主任」


気がつくと、いつの間にか真田へのコールを終えた西野が、

にっこりと笑って言った。



つづく...

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