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深海の街  作者: 記章
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第四話「2つの正しさ」その3

第四話「2つの正しさ」その3


「なるほど。つまり、特別行政区は外部不経済を最小化するために、

 メンテとコストの最小化とバランスが一番重要だってことですね。

 ただ、それだけならデジタルにはじき出せないことはないけれど、

 世論や住民感情がそこに乗っかってくると厄介ですね」


西野は歩美の想像を超えるくらい飲み込みが早かった。


宮本ともすぐに打ち解け、西地区の情報を適宜聞き出し、

すでに全体像を理解しつつある。


何にしても、変わり者と言われる宮本と、

歩美に対して、初日から高圧的ともいえる態度で接してきた西野が、

旧知の仲のように会話しているのを見て、歩美は胸をなでおろしていた。


歩美の指定席であったはずの助手席には西野が収まり、

歩美は後部座席に座っている。


広々と過ごせるのは良いけれど、なんだか仲間はずれにされている感じがして、

歩美はどこか寂しさを覚える。


西野への基礎研修も兼ねて、今日は西地区全体を見て回っている。

宮本の几帳面な仕事のおかげで、特に急ぎで対処するトラブルもないし、

最近の担当地区は比較的平穏だ。


「主任、次はどちらに参りますか?」


そう振り返ったのは西野だ。

昨日と打って変わって、西野は敬語と肩書を使う。

正直、からかわれているのか、

それとも、それが西野のビジネスマナーなのか判別がつかない。

ならば確かめればいいのだが、昨日の西野の物言いのキツさが心に残っており、

歩美は気後れしている。


でも、仕事なんだから、と自分を叱咤し、


「再開発地区を見て回ったらいかがでしょう」


と提案した。

宮本もにこやかに頷いてくれる。


新浜市では、近隣市からの人口受け入れキャンペーンが奏功し、

年々人口が増えつつあった。

人口増加は、社会福祉サービスに係るコストが上昇するものの、

それ以上に税収や経済活性化に貢献する。


一方で、現在の増加トレンドのまま推移すると、わずか10年後には、

新浜市の中核都市境界内からは人々が溢れてしまう試算もなされていた。

全国的に人口減少傾向が続く中で、新浜市だけはその流れに逆行している特殊な都市なのだ。

その立役者である矢田市長は、その功績を認められ、次期も問題なく当選する見通しだ。

あるいは、立派な実績を引っさげ、国政に出馬するのではないか、ともまことしやかに囁かれている。


いずれにせよ、今後も継続すると見込まれる人口増加に備えて、

新浜市は中核都市境界を“拡充”するため、特別行政区の再開発を開始した。

一度は放棄した特別行政区に舞い戻るというのも、なんとも皮肉な話だが、

背に腹は変えられない。


そのため、中核都市との境界から、ほど近い場所で、

再開発コストと経済性のベストバランスが検討され、

いくつかの候補地が選出された。

早いところでは、すでに中央都市型集合住宅と、

ショッピングモールなどの建設が始まっている。


歩美の担当している西地区でも、吉野町(よしのちょう)が選ばれた。

一年前から用地買収が行われ、買収が完了した地区から開発が開始された。


現地に到着した歩美たち3人の前には大地が広がる。

かつて平凡な住宅街であったろう面影はリセットされ、

黒い土が平面に均されている広々とした平地だ。

普段、中核都市の中心部で生活している歩美からすれば、

こんなにも広い「何もない場所」を目にするのは久しぶりのことだった。


そこら中で重機が唸り声を上げる中、3人は再開発を担当している、

竹中工務店の現場事務所を訪問した。


今年で50才になるという福々しい所長は、宮本とも見知った仲で、

快く案内を引き受けてくれた。


吉野町では最終的には200戸を収容する集合住宅が10棟建つ予定で、

2,000世帯、約5,000人を受け入れることになる。

その人口にあわせて、商業施設や教育機関、公園なども併設されるから、

一つの小さな街が誕生することになる。


見学の最後に所長は、AR技術を使って、

建設予定地に完成予想の3DCGを重ねあわせてくれる。

歩美と西野はコンタクト型のスマートディスプレイ越しに、

宮本はタブレットをかざしながら、その臨場感に感嘆の声を上げた。


「所長、良い方でしたね」という歩美の言葉に、

「あの方は人格者ですから」と宮本はハンドルを握りながら、静かに答えた。


「いや、宮本さんが普段から良い関係を築いていてくださってるからですよ」


西野は相変わらず、宮本への配慮に卒がない。

気持ちいいくらいだ。

昨日とは別人のような態度に歩美は混乱する。


もしかしたら、昨日の西野は、

たまたま、人生で最悪な腹痛に襲われていたか何かで、

だから、歩美にあんなふうに接したんじゃないか、

と淡い期待を抱き始めてさえいた。


今の西野となら、分かり合えるかもしれない。


つづく...

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