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深海の街  作者: 記章
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第三話「回遊魚は故郷の夢を見るか」その13

第三話「回遊魚は故郷の夢を見るか」その13


『まこちゃんと裏山にいるね』


みゆきのメッセージを受けて、柳は林道を登っていた。

高校生の頃、何度も頭を冷やすために登った歩き慣れた道。

あの頃と変わらず、足を踏み出す度に、

柳の思考はクリアになっていくようだ。


裏山に向かう林道の入口で、歩美たちとすれ違った。

水農会は、誠には危害を加えることなく、立ち去ったらしい。

歩美たちは何も言わないが、たぶん、協力してくれたことは想像に難くない。


「ありがとうございました」


柳は深々とお辞儀をした。


「あたしたちのことは良いから、早く弟さんのとこに行ってあげな」


そう言った菜々の頬が腫れていた気がするのは、

気のせいじゃないだろう。

あの3人には、後ほどきちんと感謝を伝えよう。


裏山の高台には、誠とみゆきが並んで座る背中が見えた。

みゆきが柳に気がつき、誠に「さっちゃん、来たよ」と伝えた。

だが、誠は柳に背を向けたまま。


「誠」


柳も呼びかけるが、誠はピクリとも動かない。

でも、ここで逃げてはいけない。

自然と目がみゆきと合う。

みゆきが頷く。

そうだ。

傷くらい、なんだ。


「誠、今まで、本当にごめん」


誠が見ていまいが関係なく、柳は頭を下げる。


「俺は、お前に伝えなきゃいけないことを先延ばしにしてきた。

 だから、話を―」

「何しに来たんだよ」


剣のある誠の声だった。


「兄貴は何しに来たんだよ。俺を捕まえに来たんじゃないのかよ」

「話をしにきた」

「はっ!俺は、今西を大怪我させたんだよ。傷害事件だろ!」

「今西くんの怪我は、ただのかすり傷だった。確認した」

「じゃぁ、帰れよ!俺に用なんかねぇだろ!」

「ある。話をしたい」

「何だよ、説教かよ!お前の話なんか聞きたくねーよ!」

「説教じゃない。

 聞きたくないのもわかる。

 でも、俺は誠とはなしがしたい」

「俺はしたくねーよ!」


誠が柳の方を振り返る。


「俺たちを捨てたくせに!」


そう言うと、誠は両手で顔を覆った。

必死で泣き顔を隠そうとするが、体の震えはごまかせない。

そのうち、嗚咽が漏れ始めた。


必死に耐えていたのだろう。

柳がいなくなった家で、たった一人で背負い込んで。

同級生からはどうしようもないことで責められ、

でも、解決手段なんかなくて、両親を心配させたくなくて、

誰にも相談できずにいたに違いない。


柳が憎かったことだろう。

家族を捨てて、自分の好きな生き方をする兄を憎まなければ、

自分自身を保てなかっただろう。


でも、もともと優しい性格の誠には、

それはどれほど残酷な日々だったのだろう。


結局、俺は、誰も幸せにできていない。


柳は誠に近づいて、抱きしめた。

18歳にもなるが、誠は母に似て背が低い。


「ごめんな」


声が震える。


「今まで、ごめんな」


誠が離れようとするが、力を込めて抱き続ける。

そのうち諦めたように、誠は柳に体を預けて、嗚咽しはじめた。


「誠には、裏切ったように見えたよな」


わずかだが、誠が頷いたように見える。


「俺もな、誠と同じように、家を継がなきゃってずっと思ってた。

 でも、夢ができた。

 常澄に住むみんなも、水農会とか、非優遇組のみんなとも、

 みんなが仲良くできるように、常澄を変えたい、って夢が。

 もうずっと前に、みゆきが気づかせてくれたんだ、ここで」


みゆきを見ると、その瞳にも涙が浮かんでいる。


「でも、一番大切な誠を幸せにできてなかった。

 本当にごめん。

 ダメな兄貴だな、俺は。

 それを誠に教えてもらえた。

 考えたんだ。

 俺は...」


そうだ。

もう決めた。


「家に戻る」


誠と、みゆきがハッとしたように、柳を見た。


「ただ、時間がほしい。

 3年。

 3年間で役所の仕事をできるだけ勉強して、

 できうる限りの人脈を作る。

 そして、3年後に、実家を継ぐ」


それが、考えた結果だった。

広い世界を見て、役人の仕事も経験して、

遠回りをして、ようやくわかったことがある。


自分自身も重荷を背負わなければ、

誰も話を聞いてくれない。


もちろん、第三者でも、できることはある。


でも、常澄は内側から変えなきゃいけない。

常澄を牢獄にしているのは、甲種特例でも、水農会でもなく、

住民たちの閉じた気持ちだ。

だから、第三者じゃダメなんだ。


「だから、誠、一緒に頑張ってくれるか?

 一緒に常澄を、変えてくれるか?」


誠が目を見て、頷いてくれた。


「じゃぁ...」


誠が、嗚咽の余韻を引きずりながら、口を開く。


「みゆきねーちゃんと、結婚すんの?」

「は?!」


いやいや、それはない。


「そうできたら良いけど、俺は永遠にみゆきに片思いだと思う」

「やっぱ、兄貴って、人の気持ちわかんねーのな」

「え?」


いつものように助け舟を出してもらおうと、

みゆきを見るが、なぜかあさっての方向を向いている。


「みゆきねーちゃんは、小さい頃から、兄貴しか見てねーよ」

「お前、何言ってんだ、俺は何度もみゆきに振られて―」

「だから、兄貴は鈍感だって言ってんの!

 みゆきねーちゃんは、いつも、兄貴の負担にならないように、

 あえて兄貴を振ってきたの。

 じゃねーと、兄貴、ねーちゃんのために―」

「まこちゃん、ダメ!」


みゆきが大声を上げた。


「もう、それ以上、言っちゃダメ」


みゆきの震える声が、これ以上ないほどに事実を告げている。


「ほんとか?みゆき」

「さっちゃんも、ダメ。

 もうこの話はおしまいにしよ、ね?」


困った笑い顔。

小さい頃から見慣れているはずのその笑顔の意味に、

今、初めて気がついた。


「みゆき!」


柳はみゆきを抱きしめた。


「ダメだよ、さっちゃん」


みゆきの瞳から、大粒の涙がこぼれ始める。


「こんなことしたら、

 さっちゃんのこと、好きになっちゃうよ」


俺は本当にバカだ。


何もかも分かった気でいた。

自分一人で、遠くまで見渡せている気でいた。


でも。


みゆきがいたから。

いつか見た黄金色(こがねいろ)の夢は、

みゆきが隣りにいてくれたから、見えた景色だったんだ。


「好きになってくれ」

「でも。

 わたしは。

 さっちゃんの負担になんかなりたくないもん」


華奢な体が震えている。


ずっとムリをさせていたんだな。


みゆきを何度泣かせたのだろう。


何度ムリに笑顔にさせていたのだろう。


「負担なんかじゃない。

 みゆきなしじゃ、俺は夢を叶えられない」


いつだって目標だった。

みゆきの笑顔を見るのが、俺のすべての動機だった。


「ほんとに?」


いつかの時のように、みゆきの真摯な瞳が迫る。


「ほんとに良いの?

 もう、我慢しなくていいの?

 もう、さっちゃんに、嘘、つかなくていいの?」

「あぁ」

「わたし、甘えるよ?

 さみしがりやだよ?」

「そうだな」

「わたし、わがままだよ?

 気分屋だよ?」

「全部、知ってる。小さい頃から」


みゆきの瞳から、これまでにないほどの雫が溢れだす。

ずっと堰き止めていた想いが吹き出すように。


「さっちゃん」

「ん?」

「大好き...」


みゆきは声を上げて泣き出した。


「ずっと、言いたかった。

 好きって言いたかった」

「ごめんな」


本当にダメだな、俺は。


いつも大切な人を傷つけている。


でも。


「傷くらい治るもん」


「家族だもん」


そう。


家族だから。


「みゆき、結婚しよう」


ずっと、一緒に、歩いて行こう。



つづく...

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