第三話「回遊魚は故郷の夢を見るか」その10
第三話「回遊魚は故郷の夢を見るか」その10
「で、みゆきーって、やなぎーと付き合わないの?」
相変わらず、菜々は直球だ。
いつの間にか、アダ名&タメ口だし。
午後3時の休憩時間だった。
みゆきが石田家に招いてくれて、
歩美たち4人はお茶を御馳走になっていた。
菜々の質問に柳が“むせる”が、みゆきは涼しい顔をして、
「さっちゃんは、わたしのこと大好きみたいですけどね」
と笑った。
勝手に他人に玉砕させられて、柳が気の毒だった。
その時だった。
「悟くん!みゆき!いるか!」
玄関口から大声が聞こえた。
みゆきと柳が何事かと玄関に向かう。
「だって。歩美、良かったじゃん」
「ちょっと遠距離になっちゃうけどね~」
さっそく、菜々とめぐみが歩美を冷やかしはじめる。
「たとえ、わたしが良くても、柳さんの気持ちが大切でしょ?」
「でも、ラブレターもらったんでしょ?」
「あゆみんも、隅に置けませんなぁ」
「はぁ!?」
柳からプライベートなメッセージが来たことは、
もちろん、2人には伝えてない。
アリカを見ると、自主的にログアウトしている。
犯人は、あんたか!
アリカを強制的に復帰させようとしたところ、
柳が早足で、3人のもとに戻ってきた。
「すみません、ちょっとトラブルが発生しました」
そんなことは柳の表情を見ればわかった。
「先にAFCVで、市役所に戻っておいてください」
「何があったんですか?」
歩美の質問に、柳は数瞬、躊躇していたが、手短に事情を説明した。
柳悟の弟、柳誠がトラブルを起こした、とのこと。
柳を呼びに来たみゆきの父も混乱しているようだが、
誠が「水農会」との間に小競り合いを起こし、
相手に大怪我をさせてしまったらしい。
騒ぎを聞きつけた近隣の住民が集まり、
当然のように誠を擁護したが、
今度は集団同士のにらみ合いに発展してしまい、
そのドサクサの中で、誠は逃げ出した、という。
騒ぎを遠くから眺めていたみゆきの父だったが、
柳が石田宅に来ていたことを思い出し、慌てて自宅に駆けつけた。
一足先に柳家には事情を伝えてくれたらしく、両親は先に現場に向かったという。
「僕は事態の収拾を図りますので、皆さんは一旦、所にお戻りください。
課長には僕から伝えておきます」
そう言い残すと、柳はみゆきの父と共に、足早に出かけていった。
あとに残ったみゆきが、AFCVの場所まで見送る、という。
「だってさ、一旦帰るか?」
菜々の声で3人とも石田宅を出る。
だんだんと日は沈みかけているらしく、
石田宅に上がった時よりも、
あたりは薄暗くなってきていた。
なぜか、3人とも足が自然と止まる。
もちろん、職務的には帰還するのが正しい。
水戸市役所管轄のトラブルに、口を挟む義理もない。
でも、本当にこのまま帰ってしまって良いのか。
たとえ何事もなかったとしても、
明日、笑顔で柳に顔を合わせられるのか。
「『人』に寄り添う職員でありたい」という想いは、
肩書や、管轄に縛られるべきなのか。
3人とも顔を見合わせるが、でも、答えは出ない。
こんな時どうすれば良いのかなんて、
どのマニュアルにも書いてなかったから。
ためらいながらも、3人の足は再び動き出す。
後味の悪さを感じながら。
だんだんと、AFCVの姿だけが近づいてくる。
その時だった。
「まこちゃん...」
振り返ると、みゆきが遠くを指差している。
その方向に目をやると、こちらに向かって走ってくる少年の姿があった。
「ねーちゃん!」
柳誠だった。
柳が走っていったであろう道路ではなく、
全く別の方向から農道を駆けてくる。
誠はみゆきの前で、急停止する。
息が荒い。
「ねーちゃん、おれ、おれ、あのさ...」
何か言おうとしているが、息が上がっているのと、
焦りからか、うまく言葉にならない。
「少年、どうした?」
菜々の腹のすわったような太い声に、
誠はようやく歩美たちに気がついた。
しかし、知らない人物の登場によけいに混乱したらしく、
その瞳はみゆきと歩美たちを行ったり来たりする。
その時、誠が駆けてきた農道を駆けてくる複数の人影が視界に入った。
歩美がそちらの方に顔を向けた途端、
誠が何も言わずに駆け出した。
猛スピードで、裏山に繋がる林道に飛び込んでいく。
その後を「あの!すみません!」と歩美たちに断りつつ、
みゆきも追いかけていった。
「待て!」
「がきが!」
目の前から、10人ほどの男の集団が罵声を上げながら駆けてくる。
その様に、歩美の足がすくむ。
でも...
このままだと、嫌な予感がする。
歩美は深呼吸すると、心を決めた。
「アリカ、わたし、今からフレックスで勤務終了する。課長に伝えといて」
『え?』
アリカが歩美の指示の意図がわからず、一瞬固まる。
情報処理能力では人間を超えているはずのアヴァターよりも、
歩美の想いを一番最初に汲み取ったのは、菜々だった。
「へぇ、歩美、いいじゃん、その提案、あたしも乗るわ。『アゲハ』、よろしく」
『はいよ、ケガすんじゃないよ』
「ばーか、『ケガさせんな』の間違いだろ」
「菜々、昔に戻ってるよ~。『アナスタシア』、わたしも皆と同じだから」
『Да』
めぐみも“のほほん”としながらも、歩美の隣に並ぶ。
ありがたかった。
本当は膝が震えている。
でも、菜々もめぐみもそばに居てくれる。
だから、頑張れる。
歩美は大きく息を吸い込むと、叫んだ。
「ちょっと待ってください!」
つづく...




