第三話「回遊魚は故郷の夢を見るか」その9
第三話「回遊魚は故郷の夢を見るか」その9
柳の元に、緊急の連絡が入ったのは、研修5日目の午後だった。
研修も大詰め。
研修内容は日々、盛り沢山だった。
柳の同僚の案内のもと、常澄地区以外の甲種指定地区を視察したり、
観光文化局の職員に、水戸市内の商業施設を案内してもらったり、
とても充実した毎日だった。
3日前の柳の想いに触れた菜々やめぐみも感化されたらしく、
“旅行”の高揚感は消え、熱心に研修に取り組んでいる。
一日のプログラム終了後も、菜々とめぐみと歩美は会議室を借り、
まとめと追加調査や考察を行い、
自主的に新浜市役所の関係者にレポートを送っていた。
課長の真田によれば、歩美たちのレポートは所内で好評らしく、
「戻ってきたら、市長への報告会を予定してるから、よろしく♪」とのこと。
真田の当初の思惑が何だったのかは不明だが、
歩美は今回の研修旅行に推薦してくれたことには感謝していた。
「はじめまして、石田みゆきです。さっちゃんがお世話になってます」
「だから、みゆき、その呼び名やめろって」
5日目は「あのさ、住んでる人に直接話を聞きたいんだけど」という菜々の提案を受け、
柳、菜々、めぐみ、歩美の4人で常澄に向かった。
紹介されたのは、柳の東大受験を後押しした、幼なじみのみゆきだった。
高校卒業後、家業を手伝いながら、後継者見習いとして、
「修行の毎日です」と笑う。
作業中だから地味な服装をしているが、
本当はひらひらしたワンピースの似合いそうな、
優しい雰囲気をまとった、かわいらしい人だった。
歩美とタイプが似ていなくもない。
でも、自分よりも、もっと素直な人だと、歩美は感じる。
みゆきは農地を巡りながら、積極的に歩美たちの質問に答えてくれた。
時折、みゆきの説明に、柳がフォローを入れるのだが、
二人のやり取りは、まるで恋人同志のようで、
菜々とめぐみは終始ニヤニヤしていた。
歩美も別に気にもとめないつもりだったが、
なぜか、二人の様子を見たくない自分がいることに驚く。
『なによ、やっぱり、やなぎーのこと気になる?』
アリカがここぞとばかりにちょっかいを出してくる。
歩美は空中をタイプする。
『なんで? 気になるわけないでしょ?』
『大丈夫よ、「ウカノミタマ」によれば、未だにやなぎーは全戦全敗らしいから』
『ご丁寧にありがとう。でも、わたしには関係ないし』
『そうだよね、やっぱり、歩美は宮本さんラブ―』
アリカを最小化する。
もう。
でも、歩美の心も最近落ち着かないのは事実で、
少し冷静になろうと、小さく深呼吸を繰り返した。
つづく...




