第三話「回遊魚は故郷の夢を見るか」その8
第三話「回遊魚は故郷の夢を見るか」その8
「それが僕の夢なんです」
そう言って、柳はいつものように笑う。
「まだまだ、先は見えないくらい遠いんですけどね」
夢が叶うまで、柳の笑顔が変わることはないのだろう、と歩美は思う。
でも、柳は自らその道を選んだ。
あえて、苦味を覚えながらも、明日のために笑うことを選んだ。
そのことを思うと、歩美は素直に柳に敬意を抱いた。
「なーるほどなぁ、甲種地区って、そんなにむずいんだな」
菜々がため息混じりにつぶやく。
「でも、全国的に状況は似たり寄ったりだと思います。
新浜でも同じような問題を抱えているんじゃないでしょうか」
柳の指摘に、歩美は頷けなかった。
何も知らないからだ。
幸い歩美の管轄内の甲種地区でのトラブルは聞いたことがないが、
宮本がうまく采配してくれているおかげだろう。
新浜に戻ったら、足を運んで、住民に話を聞いてみよう、と思った。
「僕ら水戸市職員は、目の前の一つ一つの問題を解決しながら、
抜本的に甲種地区のあり方を変えていかなくてはいけない、と思っています。
もしかしたら、甲種地区に住む人々と、都市の市民の『かかわり』が、
キーになるのかもしれません。
今はにらみ合いが続きますが、
『論点を明確にすることで、対立を先鋭化させる』のではなく、
『なんとなく人々が歩み寄る道筋を作る』ことで、
新たな関係性を結ぶことができれば、
少しは明るくなるような気がするんです。
なんだかんだ言っても、みんな農業が好きなんですから、道はあるはずです。
って、これ、ほんとは最終日の『まとめ』で話そうと思ってたんですけどね」
そうだ。
私達の仕事は、トラブルを解決することが目的じゃない。
そこに住む人々が、自らの人生を懸命に生きていくことができるように、
場所と関係性を整えていくことだ。
人は一人では生きられない。
四ツ街で一人自活する丸田も、
大学で孤独感を覚えていた佐野も、
決して関係性の網目から孤立しているわけじゃない。
「孤独だ」というつぶやきは、レトリックとしては正しいけれど、
論理的には間違いだ。
いや、間違いでなくちゃいけない。
人には等しく、大切な人と共に笑い、共に泣く機会が与えられるべきだ。
そのために私には何ができるだろう。
何をしていくべきだろう。
そして、私も大切な人と、一緒に笑って、一緒に泣きたい。
父と母と一緒に笑って、一緒に泣きたい。
そこまで、歩いて行きたい。
歩美は静かに震える。
目標ができた気がした。
つづく...




