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深海の街  作者: 記章
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第三話「回遊魚は故郷の夢を見るか」その4

第三話「回遊魚は故郷の夢を見るか」その4


市役所での挨拶が一通り終わると、その日は解散になった。

柳にホテルまで送ってもらった3人は、夜の水戸駅に繰り出した。

どの中核都市も同様だが、水戸駅に隣接する繁華街も大きく栄えていた。

ロードサイド経済から、レールセントラル経済に立ち返った地方都市は、

主要駅を中心とした経済圏を再編した。

管理法施行前は、学生の利用しかなかった水戸駅もその姿を大きく変え、

街は活気に満ちていた。

3人も普段の業務から一時離れた解放感からか、

旅につきものの高揚感からか、柳に紹介された寿司屋で大いに盛り上がった。


「にしてもさぁ、歩美はなんで彼氏作らないわけ?」


菜々が早々に酔っ払って、絡み始めた。

やっぱり、日本酒は()めればよかった、と歩美は後悔するが、もう遅い。


「別に作らないわけじゃないよ、たまたま機会がないというか...」

「でも、あゆみん、モテモテじゃん!」

「またぁ、そんなことないってば」

「「はぁ」」


菜々とめぐみが同時にため息をつく。


「なんで、歩美は認めないかね」

「そうそう!内定者時代に男子の間で『あゆみんファンクラブ』ができてたのも知ってたでしょ?」


生憎(あいにく)だが、知っている。


もちろん、同期の中で一番モテていたのはめぐみだ。

いつも明るく、誰にも別け隔てなく接する性格だし、

童顔と小柄が相まって、中学生くらいにしか見えないその容姿は男性の庇護欲をそそるらしく、

さらに、進藤家は旧華族出身の有名な資産家で、

「生粋のお嬢様」であるめぐみを、男子たちが放っておくわけはなかった。

誰がめぐみを射止めるのかという話題は、内定者時代、飲み会の鉄板ネタだったくらいだ。

ただ、「オジサンキラー」のめぐみには、同期と付き合う気などさらさらなく、

いつも歩美と菜々と共に、鉄壁の女子会を形成していた。


そんな中、「あゆみんファンクラブ」なるものが作られた、という噂をめぐみが聞きつけてきた。

でも、歩美からすれば、からかわれているとしか思えなくて、

苦笑いを浮かべただけだった。

実際に、その後も、何か男性たちからアクションがあったわけでもなく、

入所後も仕事に追われていて、そんなことすら、すっかり忘れていた。


「あゆみん、あれさ、まだ存続してるんだよ」

「え?そうなの?」

「あれ?知らない?っていうか、歩美、ちょくちょくご飯とかに誘われてない?」

「んーん、誘われてないよ」


いくら多忙とはいえ、記憶を失うほどではない。

でも、数ヶ月ほど思い起こしても、デートのお誘いを受けたことはない。

確かに、同期の男子から「仕事の依頼」があるにはあった。

経済局の同期からは、商店街にできた新たなビジネスモデルを持つレストランへの合同調査の依頼があったし、

観光文化局の同期からは、新設されたエンターテインメント複合施設への合同視察の依頼があった。


「あゆみん、それだよ!」

「なんで、あいつら、そんな回りくどい言い方するかなぁ」


なぜか、二人が頭を抱える。


「あれだね、うちの男子は分析力とコミュ力が最低レベルだね」

「だな。歩美の絶望的な鈍感さを、奴らは知らなすぎだ」


なんだか、バカにされ始めた。


「そういや、柳さんは、どうよ?」

「へ?」


菜々からの想定外のボールに、変な声が出る。


「顔はそこそこだけど、東大出で、優しそうじゃん」

「え、ちょ、ちょっと待ってよ、なんでそんな話になるの?」

「やーっぱり、あゆみんは宮本さんが好きなんじゃん!」

「はぁ!?」


思わず、大きな声が出てしまった。

周りの客に会釈で謝りつつ、席に座る。

その時、菜々が店の入口に向かって大きく手を振った。


「やなぎー!グッドタイミング!」


振り返れば、柳の姿があった。


「やっぱ(はな)がねーとな!」


お酒が回ったらしく、菜々が昔の口調に戻ってきている。

というか、いつの間に「やなぎー」なんてアダ名をつけたんだろう。

それに、いつの間に柳を誘っていたのだろう。

歩美がいろいろ混乱している中、柳はなぜか歩美の横に座らされ、

菜々からお酌を受けている。


「んじゃぁ、素敵な出会いと、明日からの研修にかんぱーい!」


菜々の音頭で一同は乾杯した。


「柳さん、すみません、お忙しいのに」


歩美が頭を下げるが、柳は笑顔で首を振る。


「いえいえ、うちの所には同世代が少なくて、かえって嬉しいです」

「新浜市役所が誇る美女3人組だしな!」


いよいよ、菜々のエンジンがかかってきた。


「こら、菜々!矢田製作所(やだせいさくしょ)、でしょ」


必死に歩美がフォローする。


「矢田製作所」は新浜市役所内の隠語だ。

公務員の宴会や飲酒に対する世間の強い風当たりは、なぜか過去から変わらず、

新浜市の職員が居酒屋で飲食する際は、

周りの客に身元がバレないように、市役所のことを「矢田製作所」と称することになっている。

「矢田」は現在の市長矢田久典(やだひさのり)から取られ、

「製作所」は矢田の「政策」を実行する「所」というダジャレである。

市長が変われば、「矢田」の部分が変わる。

前市長は飯島達央(いいじまたつお)だったから、「飯島製作所」だった。

この辺りの隠語は柳も心得ているらしく、

「あ、うちは鮫島(さめじま)有限会社です」などと答えている。


「おぉ、わりぃ、わりぃ。ところでやなぎーにオススメの商品があるんだけど」

「へぇ、なんですか?」


歩美は柳が迷惑していないか、心配するものの、

当の柳も楽しそうにしているようで、少し安堵する。


「木下歩美!我が製作所で人気No.2の美少女!」

「へ?ちょっと、菜々!」

「因みに、No.1はめぐみだよ♪」とめぐみもノリノリだ。


「ねぇ、やなぎーは彼女いるの?」

「残念ですが、いません」

「じゃぁ、あゆみんと付き合っちゃう?」

「もう!やめてよ!」


歩美が注意するが、菜々とめぐみは止まらない。

気がつけば、二人の前にはお銚子が6本倒れている。

しかし、柳は、やはりというか、大人だった。


「木下さんがお困りですよ。それよりも、めぐみさん、人気No.1なんですか?」

「そう!めぐみはね―」


とうまい具合に、めぐみを使って話題を逸らしてくれた。

菜々もめぐみも酔っ払っているから、勢いがあれば、話題は何でも良いらしい。


その後、めぐみのオジサンキラー列伝が披露され、

さらに、菜々と彼氏のドラマのような馴れ初めが披露された。

めまぐるしく変わる話題に対して柳は適切な質問と、相槌を重ね、二人に気持よく話をさせている。

歩美は、内心感心していた。

東大出身だからなのか、柳の元々の素養なのか、頭の回転が速く、話題も豊富だ。


結局、菜々とめぐみの悪乗りは、

うまく柳の手のひらの上で転がされる形でタイムリミットを迎え、お開きとなった。


歩美にとっては散々な一日だった。

なぜ、そうやって、菜々もめぐみも、すぐに人をくっつけたがるのだろう。

小学生じゃあるまいし。


でも、たぶん、あれは菜々とめぐみなりの「心配」なのだ。

そして、久々の再会と、研修“旅行”の解放感が悪さして、

その「心配」が過剰に表現されたのだと思うことにした。

それにしても、わたし、そんなに危なっかしいのかな。


ホテルのシャワールームで気持ちを整理して、ベッドに寝転がった時に、

視界の隅でニヤニヤしているアリカの姿が写った。


「なーに?」

『いやぁ、今日は面白かったね、菜々さんとは良いお酒が飲めそう』

「お酒なんか飲めないくせに」

『比喩よ、比喩。はぁ、歩美って本当に頭固いわね』

「うるさい」

『それよりも、届いてるわよ、ラブレター』

「え?」

『やなぎーの「ウカノミタマ(アヴァター)」がメッセージくれたの、読む?』

「うん、っていうか、柳さんのこと『やなぎー』って呼ばないの!もう」

『おぉ、こわっ』


そこにはこう記されていた。


「今日はお疲れ様でした。明日は朝8時にホテルにお迎えにあがります。


 P.S.寿司屋では言いそびれてしまいましたが、木下さん、可愛らしいと思いますよ」


その夜、歩美はなかなか寝付けなかった。


つづく...

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