第三話「回遊魚は故郷の夢を見るか」その3
第三話「回遊魚は故郷の夢を見るか」その3
「水戸市職員の柳です。遠くからよくお越しくださいました」
水戸駅の改札で3人を出迎えてくれたのは、若い職員だった。
長身で真面目そうな男性、柳悟。
水戸市の特別行政区管理課、甲種指定地区管理係の一員だ。
市役所までの車中で、同い年であることがわかり、一同は一気に打ち解けた。
「へぇ、柳さん、東京の大学だったんだ!因みにどこ大?」
菜々が構わず、柳のプロフィールを根掘り葉掘り聞き出す。
菜々のタイプなのかなと歩美は思う。
「あぁ、東大です」
「え!?」
「えっと、東京大学―」
「わかってるよ!すご!」
「いえいえ」
菜々の大げさすぎるくらいのリアクションに、柳は困ったような笑みを浮かべた。
「親戚の家に下宿させてもらっていたので、大学は新浜から通ってたんですよ。
山手エリアのフロア3なんですけど」
「あれ、あゆみん家ってその辺りじゃなかったっけ?」
「そうなんですか?」
「はい。実家です。あ、でも、もう引っ越しちゃって、今は無いんですが」
「じゃぁ、もしかしたら、どこかですれ違っていたかもしれませんね」
柳の笑顔に、歩美はなぜかどきりとした。
「にしても、なんで東大出のエリートが水戸市役所なんかに?」
「菜々、その言い方は失礼だよ」
「いえいえ、木下さん、お気遣いなく。僕も逆の立場ならそう思いますから」
柳は水戸市出身だった。
東京大学進学を機に上京。
当初は一般企業に就職するつもりだったが、進路を考えていく中で、
自分の故郷に貢献したいという思いが強くなり、水戸市役所に就職した。
「すぐに分かることだと思うので、先にお伝えしますが、
僕の担当する常澄地区には実家があるんです」
「じゃぁ、ご実家は農業を営まれてるんですか?」
「えぇ。いわゆる『優遇組』でして」
聖域とされていた農業でさえ、国家の危機から完全に隔離されていたわけではない。
保護されるべき農作物の対象が取捨選択される中、
保護対象となった農作物においても、そのすべての耕作地域が保護されたわけではないのだ。
例えば、稲作は真っ先に保護対象に指定されたが、
独自の品種や、伝統的農法などの「尖った特徴」がない地域は、
“整理”の対象となった。
つまり、同じ地域で、同じように稲作を行っていたとしても、
種の多様性に貢献するような品種を栽培している農家は優遇され、
一般的な品種を栽培している農家は移住を余儀なくされるような事態が発生した。
とうの昔に「食糧生産」という農業の側面は失われていた。
多額の経済支援と引き換えに、
食糧のほとんどを支援国からの輸入で賄うことになった日本では、
農業保護の目的は、食糧自給率の維持ではなく、
種の多様性の保全や、文化保護となった。
つまり、それらの目的に適わない農業地域は保護する理由がないのだ。
ただでさえ、甲種指定地区の維持管理には、多額のコストがかかり、
一部の国民からは「必要悪」と批判されている中で、農業地域の取捨選択も進んだ。
そのため、農地を奪われる農家が少なからず発生し、
そういった人々は、農地を保護された農家を『優遇組』と揶揄するようになった。
つづく...