第三話「回遊魚は故郷の夢を見るか」その1
第三話スタートです。
慣れないコメディタッチで書いてみます。
第三話「回遊魚は故郷の夢を見るか」その1
「見つけ次第、袋叩きにしてやる!」
「おぅ!」
怒号に呼応するように、警棒のようなLEDマグライトを持つ手が、いくつも上がる。
「待ってください!話を聞いてください!」
歩美は、同期の二人と、人々の群れの前に立って呼びかけるが、男たちには無視される。
ついには集団の一人に強く押されて、尻餅をついた。
歩美を押し倒した男は、少し驚いたような目をして、口を開きかけたが、
周りに促され、すぐに山へと歩き出す。
10人程だろうか。
怒れる集団と化した男たちの群れは、LEDマグライトや、鉄の棒のようなものを手に、
一心不乱に山を目指す。
歩美たちに、大の男を止められるわけもなく、
アリカに緊急通報をさせて、その一団を見送るしかなかった。
柳悟には、先程から連絡がつかない。
「山狩りじゃ!」
「おぅ!」
本来は美しく牧歌的なはずの田園の夕暮れは、男たちの怒りを具現化するように、
一面を真っ赤に染め上げ、これから起こる悲劇の舞台装置と化しているようだった。
「なんで...」
なんでこんなことになったんだろう。
歩美は5日前を思い出す。
「あゆみん!元気にしてた?」
進藤めぐみは歩美を見つけるやいなや、飛びついてきた。
場所は常磐線上野駅のホーム上。
周りの目もあるので、強力にハグをしてくるめぐみを、歩美はなんとか引き剥がす。
「いいなぁ!
あゆみんって、相変わらず髪キレイ!
エンジェルリングだよ、ほら、天使の輪っか!
コンディショナー何使ってるの?」
めぐみのマシンガントークは止まらない。
「そうだ!スーパーひたちって、どれくらい乗るんだっけ。
駅弁!駅弁買わなきゃじゃん!
それともビールでもいっちゃいますか!?
あれ?研修中の移動も業務なのかな?」
さらに話題がコロコロと変わる。
入所時代から、いや、その前の内定者研修時代からめぐみは変わらない。
考えたことが、そのままストレートに表現される。
まさに、直情型だ。
でも、歩美はそんなめぐみが嫌いじゃない。
「こら!めぐみ!歩美が困ってるよ!」
そう言って、めぐみの頭を軽くはたいたのは、村井菜々だ。
菜々は「よっ!」と片手を上げ、少し苦笑いしながら、歩美にウィンクする。
姉御肌の長身の美人。
一方で、めぐみは身長も小柄で童顔。言動も幼さが抜けないから、未だに中学生に間違われている。
ふたりとも、内定者以来の付き合いだ。
「えーん、ひどいひどい!菜々が叩いた!
あゆみん!菜々が叩いたよ!」
「うるさい!公共の場なんだから、静かにしな!」
「ちょっとふたりとも、落ち着きなよ~」
そう諌めるようとするも、自然と笑みがこぼれてくる。
めぐみを見ていると、なんだか心がスッキリしてくる。
菜々といると、ホッとする。
二人には面と向かって確認したことはないけれど、
少なくとも歩美は、二人を親友だと思っている。
とりあえず、ビールは菜々に却下され、駅弁を買うと、3人は列車に乗り込む。
ほどなく、リニア制御されている列車は、滑るように走りだした。
つづく...