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雪が降った日

 低い空から降る白は、街の景色を変えていく。

 数え切れないほど過ぎていったこの季節。また見ることができたのかと、窓から灰色の空を仰いだ。


 街の賑わいは寒さを忘れさせるほど暖かい。外で遊ぶ子ども達のはしゃぐ声は部屋にいても聞こえてくる。丁度見下ろした先に、雪を固めて遊んでいる子ども達が傭兵に気付いて手を大きく振った。傭兵はそれに微笑みで返すと子ども達も明るく笑い、また遊びに意識を戻していった。


 この街では冬を告げる雪が降ると祭りを開く。その流れは遥か昔から受け継がれたものだが、今では人々が楽しむだけの祭りとなった。

 傭兵のいつかの記憶の中にあるこの街は、雪はめったに降らなかった。だからこそ、『雪が降ると祭りを開く』のだ。祭りはその日の、深夜の皆が寝静まる頃に行われる。そうしてこの街の中心にある広場に街の人は集い、そこで祈りを捧げる。捧げた後は誰も喋らぬ静寂の中、帰路に着く。

 『迎魂祭ぎょうこんさい』────そう呼ばれていた。今ではこの街に残っていない祭りだ。

 もし空に向かって祈る者がいるのなら、恐らくその時代を生きた人だろう。


 傭兵は祈り続けている。いつか人という人から消えてしまうその記憶を、絶対に忘れないと誓ったから。



 賑わいはどこかへしまわれ、厚い雲に隠れた月が傾きかけている頃。

 一人外に出ると、刺すように冷たい空気を肌で感じる。夜中降り続いた雪は人々の足跡を形も無く消し、道を白く覆っていた。所々につけられているランタンが闇の中の白を反射させ、光が降っているような幻想的な夜を見せる。


 はらはらと降る雪が全ての音を吸い込んでしまったかのような錯覚に陥る静寂の中、踏みしめた雪の擦れる音だけが鳴っていた。



 誰ともすれ違わぬまま街の中心の広場にたどり着く。中央に置かれた銅像────対になる人間の像があるそこは勿論誰もいない。

 傭兵は銅像に近づき見上げた。低い空を仰ぎ手のひらを掲げた一方の人間の像は、その手で雪を迎える。その表情は無いはずなのに、傭兵には切なげに感じるのだ。

 静寂がそうさせているのか、それとも傭兵の記憶がそうさせているのか。傭兵自身にもわからない。


 傭兵は冷たい地面に膝をつく。左胸に手を添え、頭を垂れた。


 目をつむると、遥か彼方の記憶が蘇る。送るはずだった一人の人間の顔が、声が、言葉が。

 その記憶は、自分が思っているよりも遠いものだ。けれど忘れることはない。その罪は消えない。その人間が望んだ最期を、叶えることはもう二度とできないから。


 傭兵はゆっくりと瞳を開けた。

 顔を上げると、暗いはずの目の前は暖かな火の明かりで照らされていた。視線の先の見覚えのある後ろ姿は銅像を見上げている。


「よう〈送者〉、奇遇だな」


 低く落ち着いた声が静寂の中に響く。


「奇遇だな、ではないだろう」


 ため息混じりの傭兵の声に、低い声の主は背を向けたまま微かに声を出して笑う。

 彼はこの街にひっそりとある酒場の店主だ。傭兵がほとんどの依頼の拠点としている酒場で、店主とはかなり長い付き合いがある。


 店主はおもむろにしゃがんで銅像の足元に何かを置く。


「今日で何度ここに来て、これを置いていったか分からん」


 傭兵は何も言わない。否、言えない。


「この銅像の言い伝えが本当なら、そろそろ戻ってきていいと思うんだがな」


 店主の視線は祈る人間の像ではない、もう一つの人間にある。


「帰ってくるつもりはないか」


 まるでその銅像に語りかけるように問う。だがそれは間違い、というわけでもない。傭兵は答えぬまま立ち上がって雪をはらう。そして、彼に背を向けた。

 彼の気持ちはわからない。どうしてそれを問うのか、そこまでして『帰って』来て欲しいのか。それが息苦しい。きっと大切なことが、闇へ葬られた自分の記憶の中にあったのだろう。

 そう思っても二度と思い出すことはない。時間が経てば経つほど、更に遠くへ消えてしまうのだ。


「いつか帰る時が来るなら」


 傭兵は抑揚のない声で言う。


「それは私が“もう一度”死んだ時だ」


 彼との距離が、合わぬ視線が、時間をかけて遠くなっていく。


 今自分がどんな表情をしているのか分からない。足取りは乱れていないはずなのに、自分の白い息が、微かに震えているような気がした。



 ■□■□■□■□■□


 祭りの賑わいがすっかりおさまった頃、傭兵は日の出が近い時間に再び銅像のある広場へ足を運んだ。

 銅像には所々雪が残っていて、銅像の手からは水が滴り落ちていく。その手で迎えたものは地へと染み込み、新たな命をこの地へ芽吹かせる。像の足元にひっそりと置かれた雪のように白い花は、その水滴を受け美しさを保っていた。

 傭兵はその花を知らない。かつての自分が好きだったのか、別の意味があるのか。今は彼にしかわからないことだ。


 傭兵は朝焼けの空を仰いだ。まだ冷たい風が頬を撫でる。

 また、あの日以前の記憶から遠ざかっていく。


 けれどあの日のことは決して忘れぬように、心に刻み付ける。忘れてしまったら、彼が傭兵へしたことを後悔するから。



 次の同じ季節の頃、この地に雪は降るだろうか。



こんにちは、桜羽かおるです。

ここまで読んでくださってありがとうございます。

今回はお題小説第三弾目ということですが、1週間ほどの大遅刻を経ての投稿となりました。この場を借りて友人に謝罪させて下さい。

さて今回の話は今までよりも短くて、しかも内容が良く分からない感じになっています。あまり多く書くと三回目にして全てをばらしてしまいそうになったので……。またこの雪の話は出てきます。お楽しみに。

次回の投稿は未定です。

それでは。

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