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ESP:Children  作者: ゆたなるい
Chapter01 喪失者達は世界を知る
7/8

第07話







 廊下の曲がり角から僅かに顔を覗かせ、結城はじっと一点を見つめていた。

 彼の視線の先は―――正面玄関。

 ずらりと下駄箱が並ぶ広い空間の目の前、その廊下に佇む一人の大男。右手には二つの間接を持つ昆虫の脚を模した巨大な剣が握られ、苛立っているようにその場で貧乏ゆすりを繰り返している。

 男の様子をじっと見つめる結城に焦りはなく、彼の右手にも一つの武器が握られていた。


(あの様子だけどまだ足の怪我は庇ってるな……よし、こっちも最終確認だ)


 一旦顔を引き手元に視線を移すと、シルバーの本体といくつかの金具、持ち手の部位となる黒のプラスチック素材で構成された直径25センチ程度の直円柱―――正式名称『PHOTONSWORD-02 MASAMUNE』、通称『マサムネ』を軽く持ち上げ、安全装置が全て解除されていることを確認する。

 重たい引っ掛かりのあるスライドスイッチを力を込めて引き上げ、カチッと音が鳴る。

 と、同時に。

 ヴォン、という機械的な音を鳴らし、円柱の底面から青白い光の柱が飛び出した。

 光はそのまま光線のように飛び出すことはなく、90センチほど伸びたところで形状を保持する。ライトセーバー、フォトンソード、光剣―――様々な言い方がされるが、ESPフォトンを利用した光粒子ブレードが爛々と煌いていた。

 試しにブレードの先端を床に軽く当ててみると、ビシッと強い熱で焼き切るような音が響いただけで、一切の感触がなくレーザー光は食い込んでいく。殺傷力は十分すぎるレベルだ。


(もちろんこれで倒せるとは思ってないけど)


 敵は異能力者―――それも今まで結城が思っていたESP症候群者とは格の違う、真の意味で異能力を行使する相手だ。結城に限っては奴の異能力が効果的ではない……かもしれないという仮定があるとはいえ、あの剣を振るう男とはすでに二回対峙している。その異常さがどれほどのものかは理解できている。


(普通足に深い刺し傷なんか受けたら動けないレベルなのに、ああして立っているだけでもおかしな話だ。本来はEPが数人掛りで囲って倒すのが基本なんだろうな)


 そんな相手に一人で立ち向かおうとしている結城は間違いなく異常なのであろうが、この状況では他に安全な選択肢もない。何とか死なないよう立ち回り、結城は結城の役目を果たすことに専念しなければ。

 スライドスイッチを元に戻すと床を貫いていたブレードは空気中へと霧散するように消えていく。武器に不備はなし。

 あとは結城自身がどれだけアドリブに対応できるか……そしてどれほど運に恵まれるか。神のみぞ知るとはこの事だろう。


「結城」


 小さく聞き覚えのある声を耳が拾った。

 振り向けば、立っていたのは幼馴染みの愛場柚木だ。あまり響かないよう極力声を絞ってくれている。

 柚木は右手の親指を立ててグーサインを作った。


「こっちは準備オーケー。先生達も三分後には仕掛けるって。他のみんなは上の階で待機中。結城が敵を引き付け次第、すぐ外に出れるよう準備できてる」


「了解、ありがとう。それと連絡係りご苦労様」


「いいってこれくらい」


 もしスマートフォンが使用可能であれば別だったのだが、現状敵の異能力のせいで校内で電波機器を使用することができない。その為全部で三班に別れた結城達の連絡係を、柚木が引き受けていた。

 そしてここに来たということは、これが最終確認だという事だ。今まで走り回ってきた柚木に労いの言葉をかけて、しかしまだまだ体力のありそうな彼女は笑顔で手を振っている。こんな緊迫した状況だからか、その笑顔に寧ろ心が軽くなった気がする。

 結城も返すように小さく笑みを浮かべた。


「僕も準備は整ったよ。柚木が体育館へ戻ったらすぐに飛び込む」


「うん……結城、あのさ」


 走ってきた為少しだけ息の荒い柚木は、何か言いにくそうに言葉を途切れさせ俯いてしまう。

 どうしたのかとその肩に手を置こうと伸ばすが、置かれる寸前、バッ顔を上げ真っ直ぐ見つめてきた。


「成司のこと、なんだけど」


「!」


 思わず伸ばした手が止まり、彼女の真っ直ぐな瞳を見つめ返してしまう。

 僅かに動揺した脳が一瞬だが思考を停止させる。だが、このまま誤魔化したままという訳にはいかない事はよく分かっていた。それを聞かれた際に何と答えればいいのかも。


「……みんな、聞かないようにしてる。結城だけが戻ってきて、なんで成司は戻ってきてないのか。みんな知るのを怖がってる……あたしも」


 気付けば柚木の目には僅かに涙が溜まっていた。しかし、当たり前の感情だ。結城と、成司と、柚木……この3人は特に仲が良かった。いつだって行動を共にしていたし、登下校もほぼ一緒だった。それでも必死に涙を堪えている柚木は、きっと凄く立派なのだろうと結城は思う。

 止めていた手を動かし、小さく震える彼女の肩に手を置く。きっと誰だって不安で一杯なのだ。結城も勿論。なら今できることは、その不安を少しでも共有してあげることなのだろう。


「……、終わったら話すよ。だから安心して……とは無理な話かもしれないけど、僕を信じてほしい」


「……」


「僕はみんなを信じてるし、だから一人で立ち向かうことができる。大丈夫さ、やられたりなんかしない」


「……うん」


 涙ぐみながら頷く柚木は、肩に置かれた結城の手をそっと両手で包んだ。なんだかその様子はとても愛おしそうで……少し見惚れてしまう。

 柚木は再び笑みを浮かべ、ぎゅっとその両手に力が篭るのが伝わってきた。


「……あたし達、勝てるよね」


「勿論。絶対に勝てる」


 不安や心配がないと言えば嘘になる。だがそれ以上の自信……いや、必ず勝つという強い意志が心に宿っていた。

 だから結城は確信を持って首を縦に振る。

 それを見た柚木は満足気に綺麗な笑顔を浮かべると、二人の手はスルリと離された。お互い、最早迷いは存在しない。


「じゃああたし戻るから……結城、作戦通りの合図よろしくね」


「了解」


 少し名残惜しそうに手を振る柚木は、しかし一度背を向けると気を取り直し廊下の奥へと走り去っていった。

 その背中をじっと見つめながら、結城も改めて気持ちを入れ替える。

 マサムネを握り締め、壁に背を預けると再び正面玄関前の廊下へ視線を送る。標的となる男は未だそこで待機している。

 ここから先は紛れもない命を賭けた戦場だ。今まで結城が経験してきた人生にはなかった、人と人との殺し合い。

 怖いか、と聞かれれば間違いなく怖い。恐怖という感情ほど人を弱らせるものはない。

 しかしいつまでも恐れ戦いている訳にはいかない。戦わねば前に進むことはできない。

 ならばここは結城自身の為に。

 結城を信じて作戦に乗ってくれたみんなの為に。

 親友との約束を果たす為に。

 今は恐怖に打ち勝ち戦う時だ。


「よし……行くか」


 自身への渇を込めて小声で呟く。

 ―――それが合図だった。

 両足に力を込めて床を蹴り上げると、曲がり角の影から全速力で躍り出る。

 マサムネのスライドスイッチを切り替え青白い粒子ブレードを放出すると、突っ立っている男目掛けて低めの姿勢で一気に走り抜けた。

 ダッダッダッ、という足音に気付き男の顔がこちらへ向く。その時点で互いの距離は10メートル。鋭い視線が交差する。


「ハッ! 見つけたぜクソガ―――、」


 怒りの対象となる結城を見つけたことでその顔に獰猛な笑みが浮かぶが、結城の手に持つマサムネの放出するブレードを見て言葉が詰まる。

 ここで距離は5メートル。

 飛び掛るには十分な距離だ。

 両足をめい一杯曲げた結城は、勢いに任せ走り幅跳びでもするように男へ向けて大きく飛び上がる。そこから距離が更に縮まると同時、すでに振り上げていたマサムネを全力を思って振り下ろした。青白いフォトン粒子がアーチのような軌跡を作る。

 当たってしまえば必殺。

 しかし結城の攻撃に即座に反応を示した男は、直撃するよりも速く自身の持つ剣を水平に構えることでブレードを受け止めた。

 バチィッ!! と一際大きな火花が散る。

 そんな事だろうとは思っていたが、カーバインさえも焼き切るESPフォトン粒子でさえ一切の傷を受けずに男の持つ剣は防いでいる。同等か、またはそれ以上の材質か。とにかく敵の防御を楽々突破してそのまま撃破、とは行かないようだ。

 鍔迫り合いではこちらが不利。そう判断しすぐさま結城は身を引くと、敵のリーチ外までマサムネを構えたまま後退する。

 男はそんな結城に追撃はせず、こちらが立ち止まったところで愉快そうに顔を歪めた。


「ンだぁ? 無様に逃げてた奴が、次は随分とクソッたれな玩具を取り出してきたじゃねぇか」


「……、」


「まさかそれでこの俺を殺せるとか思ってんじゃねぇだろうなぁ!? ヒャヒャヒャ! だとしたらただの池沼だぜテメェよぉ!!」


 奴の言うことはもっともだ。こうして強力な武器を手に入れたとはいえ、そう簡単に事が進むとは思っていない。

 だが、奴はいくつか重大な勘違いをしている。

 一つは結城が単独で無謀にも挑みかかってきたと思っていること。

 そしてもう一つは、


「……お前は認識が甘い」


「あぁ?」


「お前達は強力な力を持った異能力者なのかもしれないが、だからといってあまり人間を舐めない方がいい」


 マサムネを乱雑に振るう。その切先を男へ向ける。

 そして結城は、眼前の"敵"へ向けて宣戦布告するように。

 戦いへの狼煙を上げるように。

 決意の炎が宿る瞳で眼光を光らせ、己が意思を宣告した。


「僕は決死の力を持って、お前を倒す」


「ハッ!! 何を言い出すかと思えばただの戯言かクソガキがよぉ!!」


「精々油断してろ。―――その足をすくわせてもらう」


 戦いへの合図はない。

 言い切ったと同時、マサムネを構えなおした結城は再び強く踏み込んだ。

 狩る者と、狙われながらも虎視眈々と狙う者。

 両者の持つ必殺の刃が、直後に激突する。




     ◇




「さて……坂井、早々に始めるぞ。覚悟はいいか?」


 物陰に隠れながら職員玄関をこっそり見つめる璃々子は、隣で同じように観察する霧島の言葉に耳を傾けた。


「大丈夫ですよ。生徒が張り切ってるのに、先生が怖気づいていられません」


「そいつは頼もしいがヘマすんなよ? 弟が心配なんだろうが今は自分の事だけを考えろ」


「……分かってますよ」


 霧島の言うことが少々図星でありバツが悪そうに呟く璃々子。

 二人の視線の先には、玄関前で呑気に鼻歌を歌っている白いドレスを着た異能力者の女がいた。奴は随分と楽しそうに手元で何かをしているが……あまり凝視はできなかった。

 人の死体をまるで料理でもするように、右手に装着した篭手から伸びる黒い爪でトントンとリズム良く刻んでいる。つまるところそれは人の頭。最早原型は留めておらず、『中身』が垂れ流されている。


(くそ……なんて事を……)


 マサムネを握る手に力が篭る。止められるならば止めたいが、そう簡単に行きはしないのが現状だ。例え強力な武器を手に入れようとも、奴らは常識の範囲を超えているのだから。

 隣の霧島は特徴的な白い本体に、鼓動するように青白く光る銃口のアサルトライフル―――ESPP機構の光粒子兵器の一つ『パルサー』を手に、目を細めながらその光景を見つめている。


「ったく、キチガイの考えることは訳分からんな。おい坂井、パパッと決着ケリつけるぞ」


「倒すつもりで戦うんじゃないでしょう……?」


「気合の話だ。根性だよ根性。それぐらいの心意気で挑めって話だ」


 さすが実戦経験があるせいか、彼は随分と冷静で居てくれている。癪な話だが、璃々子からすると霧島が一緒に戦ってくれることは大変心強い状況であった。

 手元のマサムネに視線を落とす。これを実際に人へ向けて使うのも久しぶりだ。それも今回は明確な殺し合いの場に自ら飛び込まなければならない。生徒を守るためとは言え身が竦むような思いである。


「いいか坂井。互いの得意分野上、前衛はお前だ。無論危険なのもお前……ヤバイと思ったらすぐに下がれ。こっちで援護する」


「それはいいですけど……私が前にいても撃てるんですか? 背中に当てないでくださいよ」


「俺を誰だと思ってる。これでも大尉なんだからな。礼儀を持て礼儀を」


 小言を言い合いながらも二人はもういつだって飛び掛れる状態になっている。

 残るは互いの確認のみ。戦闘が始まってしまえば呑気に作戦会議をしている暇などないのだ。


「ま、あんな化け物を相手にするんだ。小細工はほとんど通用しないだろう。お前が前衛で斬って俺が後方から撃つ。それであいつらからの合図があるまで粘り切る。いいな?」


「了解してますよ」


 腰を上げ、マサムネを起動する。青白い光の柱が形を表し、いつでも良いという合図を霧島に送る。

 対する霧島もパルサーのバットプレートを肩の前面に押し当て、右手でしっかりとグリップを握り締める。互いに戦場へ飛び込む準備は万全。

 そして。


「行くぞ」


「はい」


 小さく言葉を交わして―――先に動いたのは霧島だ。

 彼は物陰から飛び出すと同時に左手で銃身を握り、女へその銃口を向ける。

 気付かれぬ間に躊躇なくトリガーを引くと、バシュン! と独特な発砲音が響き、パルサーの銃口から一筋の光が迸った。

 まるで水平に飛ぶ雷。

 直撃すれば、一撃で風穴が空くことは間違いない。

 しかし、

 明後日の方向を向いて鼻歌を歌っていた女の右手がハエでも払うような雑な動きで振り上げられた。

 ヘッドショットへ間違いなく吸い込まれようとしていた閃光は、黒い爪に阻まれ空気中へ散っていく。無論女に怪我はなく、その武器にも外傷は見当たらない。


「あらあら。ようやく現れてくれたのね。待ってたのよ?」


 ギョロリ、と立ち上がる女の狂気を宿す目線が霧島を捉える。

 しかし彼は動揺することなく、その場で二発、三発とトリガーを引きレーザー光を発砲する。

 容赦の欠片もない射撃だが、女の右手がその都度振り上がり丁寧に射撃を弾き落していく。銃弾を刀で弾くような芸当を軽々とやってみせる様はまさにあの女が化け物であると証明する光景であった。

 だが同時に、銃弾の時のように異能力で止めないところを見ると。

 つまりはESPフォトンの粒子を撃ち出すパルサーの射撃やマサムネの光粒子ブレードは、異能力では止められないということ。そして当たれば効果があるということの証明でもある。

 その事実だけでも戦いようはあった。


「あらあら。そんなものどこで手に入れてきたのかしら? 面倒ね」


 霧島は射撃の手を休めようとせず女は面倒くさげに右手の爪を振るう。左手は頬に添えられ、一撃必殺の弾が無数に飛んでくるにも関わらず余裕の表情であった。

 幸いなことにパルサーにリロードは存在しない。

 弾倉に込められたESP結晶をトリガーを引く毎に少量ずる粒子化させ、撃ち出している。もしリロードがあるとすれば粒子化し尽くし結晶がなくなった時だが、そう簡単に減るものではない。

 だが。

 次々と打ち出される光を払いながら、女の足は確かに前進していた。リロードというあからさまな隙がなくとも、奴にしてみれば接近するには十分な間隔という訳である。一歩一歩確かに進みながら、霧島との距離を詰めていく。

 対する霧島は引き撃ちしようとはせず、その場で立ち止まって撃ち続ける。目的は一つ、少しでもこちらへ引き付けるためだ。後ろへ下がっては奴も速度を上げて距離を詰め、タイミングが図りにくいだろうと考えているのだろう。

 未だ物陰に隠れる璃々子は、手に汗握りながらその『タイミング』が来るのを図る。

 少しでも、少しでも近くに。その方が不意を突きやすい。

 10メートル。

 9メートル。

 8メートル。

 7メートル。

 そこへ来て、霧島の視線が僅かに動き璃々子を見る。

 これが合図だ。

 直後、パルサーの射撃が唐突に止まる。それに合わせるようにして、璃々子は物陰から飛び出した。


「あらら?」


 互いの距離は僅か。突然の敵の追加に女の動きは一瞬鈍る。

 その隙に一気に距離を詰めると、右手に持つマサムネを腰溜めから振り抜いた。

 バチィッ!! と火花が散る。

 不意打ちとはいえ見切られたらしい、黒い爪によりブレードがいなさた。

 しかし彼方の動きは止まらない。


「っつあッ!!」


 流れのまま攻撃の手を休めることなく、二、三、四、と連撃を叩き込んでいく。加減はない。最早殺すつもりで斬りかかる。

 それでも尚防いでくる女の動きはまさしく人間離れしていると言っても過言ではないだろう。彼方の攻撃を余裕の表情でいなしてみせるその姿は、まるで輪舞だ。


「あらあら。あなたも来たのね。可愛らしい教師ちゃん?」


「うっさいッ!!」


 涼しい顔で戯言を叩く女を一喝し、より力を込めた一刀を振り下ろす。敵が多くの人間を殺したという事実からか、璃々子の攻撃には微塵の躊躇も存在しなかった。


「あら」


 が、女の口元が嗤う。

 振り下ろされた一撃を弾く―――のではなく、女は5本の黒い爪で優しく包み込むように受け止めると、青白い刃を掴む(・・)。接地面からバチバチと火花が散り、手首を捻るようにしてブレードを受け流した。


「!?」


 勢いを殺せなかった璃々子の体はその場でバランスを崩し、前へつんのめる。

 まずい、と感じた矢先、視界の隅ではすでに5本の刃を振り上げ璃々子の首を狙わんとする女の右手。防御は間に合わない。回避も間に合わない。体勢を整える隙もなく、殺られる。

 だが。

 後方から、バシュン! とパルサーの射撃音。

 霧島だ。同時に女の視線も正面へ向く。一直線に飛来するレーザー光は器用にも倒れかける璃々子の背中から外れ、女の顔面へと射線がブレることなく直進する。

 璃々子の命を絶たんとしていた黒の爪は軌道を変え、霧島の援護を楽々掻き消す。

 だが、体勢を崩していた璃々子が持ち直すのには十分な時間だ。


「ッ!!」


 上体を起こすと同時、振り上げられるマサムネの刃。

 直前に防御を行っていた右手は間に合わないと判断したのか、女は防ぐのではなく一歩後ろへ下がると、体を回転させるようにしてヒラリとそれをかわしてしまう。

 が、僅かに何かを焼き切る音。気付けば、ブレードの先端が舞い上がるドレスの裾を僅かに切り裂いていた。女の白い肌が露出し、ドレスの裂かれた部分の端は黒く焼け焦げている。二歩、三歩、と後退しこちらと距離を置く女は、ドレスへ視線を落とすと残念そうに頬へ手を当てた。


「あら……勿体無いわ。これじゃあ鑑賞に使えないわね」


 心底落ち込んでいる様子だが、そもそも白いドレスは大量の返り血でとっくのとうに汚れている。勿体無いも何もないと思うのだが、そんな璃々子の何気ない思考を読んだように、女はドレスの裾を摘みながら口を開く。


「ふふっ、何のことって顔ね? これはね、ワタシの芸術品なの」


「は……?」


「このドレスは白いキャンパス。画材は逝ける人の血液……同じものを作ることなんて出来ない、世界にたった一つのアート……素敵だと思わない?」


 さぞ愉快そうに喋りながらその場でくるりと回ってみせる女は、正しく狂気に満ちていた。

 奴の言いたいことを理解し吐き気を催すほどの嫌悪感さえも抱いた璃々子は、自然とマサムネを握る手に力が篭る。

 この女はあまりにも狂っている。されどそれを自覚し、あまりにも『純粋』すぎる。危険だと、人としての本能が理解した。


「あなた……本気でそう思ってるのね」


「あらあら。もちろんよ? 真っ赤に濡れたドレスを並べて鑑賞するのは、まさに天にも昇る気持ちだわ」


「……、そう」


 そんな。

 そんなくだらない事の為に。こいつの私利私欲の為に、大勢の人が殺されたというのか。

 大切な生徒達が。まだまだ未来のある子供達が。こんな奴に。

 頭に血が昇るのが分かった。しかしそれを抑制できるほど璃々子は大人ではない。

 精一杯の怒りを込めて目の前の狂人を睨みつける。


「あなたの事は絶対に許さない」


「あらあらあら。熱い視線ね。ワタシは好きよ? そういうの」


 これ以上話を聞く道理はない。

 女の言葉を半ば無視するように璃々子は前動作なしで踏み込むと、体重を乗せて水平に切り払う。動きは読まれており容易に弾かれるが、続け様に幾重にも斬撃を繰り出す。光粒子ブレードと黒い爪が激突する度に、強烈な火花が空を舞う。


「あらあら。あまりかっかしないの」


 直後、再びブレードが衝撃を吸収するように奴の爪に掴まれた。

 加えられていた力と体重があらぬ方向へ流され、体勢を崩しかける。一瞬の隙とはいえその一瞬が命取りとなる。必殺の刃が璃々子の首を狙って掲げられた。

 だが、

 二度も同じ手に引っ掛かりはしない。

 同時に動く、璃々子の左手・・。その手は決して手ぶらではなく、いつの間にか握られていたのは()()()()()()()()()

 予備として腰に下げていたものを双刀とし、引き抜く。そこから伸びる青白い光の柱が軌跡を描いて隙を守り、振り下ろされた黒の爪を受け止めた。

 それと同時に足を踏ん張り、右のブレードが女の首を断ち切らんと風を切る。

 手応えはなかった。

 即座に反応を示した女は力任せに左のブレードを弾くと、跳ぶ勢いで後方へと下がる。刃は空を切り、互いの距離が5メートルほど空いた。


「あらあら。随分と小細工が上手ね」


 相変わらず口数が減らない余裕の態度ではあるが、奴は先程から不意を突く攻撃―――特に右手が塞がっている最中の攻撃には後退することで対処をしている。つまり、迎撃方法はないということ。

 やれる。どこまで押し切れるかは運次第だが、女にとっての予想外のアクションさえ取り続ければ十分に時間稼ぎは可能であるという感触がある。

 そしてもし、隙さえあるのであれば。

 生徒達の仇は取る。璃々子は2本のブレードを改めて構え直し、目の前の敵へ向けて眼光を光らせた。


「……前にも言ったけど、私はあなたみたいな人大っ嫌いなのよ! さっさと終わらせてもらうわ!」


「あら、残念ね? でも構わないわ。ワタシはワタシからの愛があればそれでいいもの」


 狂気が満ち溢れる女は、まるで獲物を前に舌なめずりでもするように爪の側面に舌を這わせる。

 相手が二人だというにも関わらず何一つ動揺を見せない辺り、やはり絶対的な自信があるのだろう。しかしそれ故に、こちらのチャンスとなる。今のうちに余裕ぶってろ、と内心毒づき絶対に隙を逃すまい意識を集中させた。


「おい坂井、あまり熱くなるなよ。本来の目的を忘れるな」


「分かってますよ」


 念を押すように霧島の声が後ろから飛んでくる。乱暴に返しながら、女の懐へ飛び込むタイミングを虎視眈々と狙う。

 女にもそれは聞こえているが、こちらの会話など興味がないのだろう。より一層愉しそうに微笑み、指先から伸びる黒の爪が猛獣の牙の如く怪しい光を放つのが分かった。


「若い血の方が好きなのだけれど、あなた達は特別だわ。ゆっくりじっくり切り刻んで、ワタシの大事なコレクションに染め上げてあげる」


 栗色の前髪から除く瞳の輝きは、まさに殺戮者のそれ。

 しかし臆する理由は存在しない。

 引くわけにもいかない。

 璃々子は姿勢を低くし、その残虐を止めるべく双刀のマサムネを唸らせた。


「できるもんなら―――、やってみなさいッ!!」


 全力で床を蹴り上げる。

 同時に、女の黒い爪も獲物を狩るべくゆらりと動く。

 互いの距離が接近し、再度殺し合いが幕を開けた。




     ◇




 凹凸を繰り返す獰猛な刃を持つ巨大な剣と青白いESPフォトンの光粒子ブレードが幾重にも刃を交える。

 火花を散らし、壁を抉り、地面を穿つ。直撃さえしてしまえば一撃必殺、確実に相手の命を奪う攻防戦に結城も大男も互いに一歩も譲らない激突を繰り返す。

 しかし、僅かに結城が遅れを取っていた。

 敵は人を殺すことに躊躇いのない戦闘のプロ。さらに『武器』を使用する異能力者に現れる身体強化のブーストまでが掛かり、2メートル近い大剣を自分の腕のように振るいながら猛攻を繰り返す。

 対する結城は今まで実戦経験がゼロ。右手に持つ獲物『PS-2マサムネ』に関しても、強力な武器とはいえこうして振るうのは初めてとなる。いくらEP訓練校で学年首席の成績とはいえ、経験値があまりにも少なすぎる。

 刃が衝突を繰り返す戦場は少しずつ結城が後退することで場所を大きくずらし、長い渡り廊下での戦闘になっていた。


「らぁッ!!」


 昆虫の脚のような巨大な刃が水平に振るわれる。

 教室の壁やガラス窓を薄い紙のように引き裂きながら、結城の胴体を狙って繰り出されるそれは物量からは想像できないほど速い。咄嗟に身を屈めることで死の一撃は頭上を通り過ぎるが、髪の毛が僅かに切り落とされて嫌な汗が滲み出てくる。


「ハッハァ!! おいおいクソガキ! さっきまでの威勢はどうしたァ!?」


「っ……!」


 あまりのリーチの長さから壁や天井をズタズタにしながら、尚も勢いを衰えさせない必殺の数々をギリギリの判断で何とか受け流していく。

 こちらに攻撃の余裕はほとんどなく、後ろに下がりながらの回避と防御が精一杯であった。

 額には大粒の汗が浮び上がり、全身の産毛は鳥肌が立ちっぱなし。体力も少しずつ限界に近づいていく。このままではマズイと感じながらも、逆転の期さえ見えない現状に奥歯を噛み締める。


「下がってばかりじゃ俺ぁ倒せねぇぞ!? ギャハハハ!!」


 不幸中の幸いではあるが、最初の邂逅で結城が左足に突き刺したボールペンの傷が尾を引き僅かに男は動きを鈍らせる時がある。後退する結城と速攻で距離を縮めようとせず、武器のリーチを最大限に利用してくるのもその為だ。

 こちらの攻撃タイミングは動きが鈍った瞬間こそではあるが、しかしその一瞬では簡単に結城の反撃は打ち落とされてしまう。

 このままでは平行線どころか、右下下がりの戦闘だ。やがて結城の体力が限界に達し命を刈り取られてしまう。


(どうする)


 襲い掛かる刃をマサムネで受け流しながら、少しでも冷静を保ちつつ考える。


(どうする)


 圧倒的に不利な状況。しかし今は何としてでも耐え抜かなければならない。


(どうする)


 一度でも判断を間違えれば即アウト。それでも攻撃を避けながら必死に脳を回転させる。


「ちんたらしてんじゃねぇぞォ!!」


 剣が真上に振り上げられ、一層力を込めて振り下ろされてくる。

 マサムネを水平に構え防御の体勢を取り、正面からそれを受け止めた。バチィ!! と火花を鳴ると同時に重たい衝撃が腕から足の爪先へと走り抜け、襲い来る重量に片膝が地面につく。何とか押し切られる寸前で耐え、ギリギリと力任せの刃をその場で食い止める。


「く……っ」


「ヒヒッ、どうしたよ? ノロくなってきてんぞクソガキ」


 殺意の篭った視線でこちらを睨みながら、恐ろしい怪力で刃を押し込んでくる。やはり鍔迫り合いでは不利になる。異能力者の身体強化とは、やはり侮れるようなものではないらしい。

 正面からの力比べでは到底太刀打ちできないと判断した結城は、

 不意にマサムネの()()()()()()()()()

 ピシュッ、と空気の抜けるような音と同時に放出されていた青白い光の柱が空気中に霧散する。


「!?」


 結果、唐突に支えを失った男の持つ剣はその場で勢い余って振り下ろされた。

 マサムネのブレードを消すと同時に体を真横へスライドさせていた結城はギリギリのところでそれをかわすと、一歩、正面へと踏み込む。男の心臓目掛けてマサムネの放出口を向けると、再度スライドスイッチを切り替えた。

 ヴォン、と光粒子ブレードが飛び出す。もちろん男の体は射程範囲。


「チィッ!!」


 心臓を貫かんとしていた光を、それでも反応してみせた男は体を逸らすことで回避する。

 だが僅かに左の二の腕を掠めた。肉が焼け焦げ血は出ないが、ほんの1センチ程度とはいえ明確なダメージを与える。一瞬、その表情が痛覚で歪む。

 しかし、


「クソがぁ!!」


 怯むことなく、その左腕が振り抜かれた。

 握り拳。右手に持つ刃から反撃が来ると注意の逸れていた結城は反応に遅れ、ゴッ!! と強靭な拳の一撃が顔面に突き刺さった。

 脳が揺さぶられ思考が断絶し、意識が飛びかける。たった一撃の拳で体が浮くほど吹き飛ばされた結城は、2メートルほど後ろの地面に背中から叩き付けられた。その衝撃と共に思い出したように殴られた頬から激痛が走り、口の中が血の味で広がる。


「あ……かっ……!」


 肺の息を思い切り吐き出す。そのまま地面に倒れていたいとさえ思える痛みを必死に振り払うように立ち上がり、慌てて転がるように人一人分後退した。

 再び視界に男を捉えると同時、結城の倒れていた場所目掛けて刃が突き刺さる。吹き飛ばされたおかげか、僅かに攻撃範囲外へ出ていたようだ。


「はぁ……っ、はぁ……っ」


 口の端から流れてきた血を手の甲で拭いつつ、改めてマサムネを構える。若干ではあるが視界がグラつく。武器ではなく生身の打撃一発でこれとは、刃の必殺を何とか潜り抜けても安心はできないということだ。


(もう一回受けたら……っ、まずいな……)


 間違いなく意識を刈り取られるだろう。その先に待つのは、無抵抗に倒れる結城へ振り下ろされるトドメの一撃。それだけは避けなければならない。

 ―――化け物。

 霧島先生が言っていたこともあながち間違いじゃないなと冷や汗を垂らしながら実感する結城である。


「チッ、運のいいクソガキが。チョロチョロ動き回りやがってよぉ」


 地面に突き刺さる刃を引き抜きつつ、心底鬱陶しそうに男が呟く。

 急いで追撃してくる様子はない。絶対に勝てるという確信がある為か、それとも咄嗟の判断で攻撃を加えてきた結城に警戒しているのか。しかしどの道、結城の事はジワジワとなぶり殺しにしたいのであろう。速攻で仕掛けてくるつもりはないらしい。

 そればかりは敵に感謝だ。攻撃を仕掛けてこない内に荒い息を少しでも整える。


「偉そうな口を訊いた割には随分と逃げ腰じゃねぇか。あぁ?」


「はぁ……っ、お前こそ、子供相手に何を手間取ってるんだ」


 わざと挑発的に返すが、男は何も言わず鋭い眼光で睨みつけてくる。

 剣を持つ右腕はダランと下げて、結城の事を見ているが、意識は別のところに向いているような態度に思わず眉をひそめるが、


「……クソが、やっぱ見えてねぇか。しかし『同類』って訳でもねぇ。こいつは……、」


 見えていない。

 その単語に、なるほど、結城に対して異能力を試そうとしているのだと何となく理解する。あくまでこちらの推測では対象となる人間に何かしらの条件が必須であり、それを満たしていない結城は奴の幻覚を見せる異能力が通用しない、と踏んでいる。

 しかしぶつくさ呟く男はまるでそれが分かっていないような様子であった。

 何であれ結城からしてみれば凶悪な幻覚攻撃を受けないのは幸いだ。睨みつけてくる男の目線をキッと睨み返し、奴の動きを観察する。


「……あぁ? おい待て、テメェまさか」


 すると突然男の目が細くなる。まるで品定めでもするように、結城の『目』をじっ凝視してくる。

 そして数秒。何かに気付いたように瞳が見開かれ、男の口からさも愉快そうな高笑いが響いた。


「…………、ぁあそうか。そういう事かよ。そういう事かよクソが! ヒャヒャヒャ!! あの野郎が俺をここに寄こした理由がようやく分かってぜ! ハッハッハッ!!」


「……?」


「つまり俺達の役目は『整理整頓』って訳か!! くだらねぇ雑用任せやがって!! ククッ、俺らが事を終えた後に死体から『部品』だけ抉り出そうって魂胆かよ!! とんだサイコだぜぇテメェはよォ! なぁオイ!!」


「なにを、言っている……?」


「ああ? ヒャハハハハハッ!! 当の本人が自覚がねぇと来たもんだ!! こいつは傑作だな!! あーいぃいぃ知らなくていいって! どうせテメェはここで死ぬんだしよォ、何も知らずに散った方がきっと楽だぜぇ!! ハハハハハ!!」


 唐突に何かに納得し面白そうに高笑いを始めてしまう。一体何だというのか。結城の事……だというのは何となく察すが、まったく意味が分からない。身に覚えもない。

 困惑しながらもマサムネを構える結城に、男はニタニタと悪魔のように嗤う。


「差し詰め"半端者"ってところかァ? ヒヒヒッ、こいつはやっぱ殺し甲斐があるってもんだなぁ!!」


「半端……? だから何を言って、」


「ギャハハ!! 未来のねぇクソガキに話すことなんざねぇよ! 世の中知らない方がいいことってのもあるんだぜ? ヒヒッ!」


 ガシャン、と音を立てて奴の剣が再度持ち上がる。最早話す事はない、ということか。

 結城としても自分のことであれば興味がないわけではないが、今は目の前の敵との戦闘が最優先である。その一挙一動に意識を集中させる。


「しかしそうと分かったら手は抜けねぇよなぁ? グチャグチャに引き裂いてやるから気ィ引き締めろよォ?」


 ゆっくりと剣を持つ腕が上空に掲げられる。どう攻めてくる、と武器の先端をじっと見つめる。

 そして―――その場で剣が振り下ろされた。

 一瞬、頭に疑問が浮かぶ。なにせ互いの距離はそこそこ開いている。その立ち位置では結城に刃が届かない。ただただ空を切るだけの何の意味もない素振りになってしまう。

 が、


 気がつけば。

 頭上に刃が迫っていた。


「……!?」


 意識を研ぎ澄ませていたのが幸いし、咄嗟にマサムネが動く。打ち落とすように横合いからブレードを叩きつけ迫り来る刃を弾くが、改めて男の姿を見て驚愕した。

 男は、その場から一歩も動いていない。しかし届かないはずの刃が届いてきたのはなぜか。

 簡単だ。

 剣の方(・・・)が伸びたからだ。


(間接が外れた!?)


 昆虫の脚のような形状をした2メートルを超える長剣。その合間には二つの間接があるのだが、一切刀身が曲がったりしないのが不思議であった。

 が、振り下ろされたと同時に間接が外れると、間からカッターのような小さな刃で出来た鎖が伸び、まるで巨大な三節棍のように大きくしなりながら振り下ろされてきたのだ。

 その長さは、優に5メートルを超える。

 予想を超えるギミックが未だ隠されていた。


(なんて長さ……!!)


 間接から伸びる刃の鎖がガシャガシャ音を鳴らし、狭い廊下を進みつつ容易に外壁を破壊しながら猛威を振るう。

 続け様に繰り出される斬撃はまるで蛇のように唸り、不規則な軌跡を描きながら結城を殺さんと襲い掛かる。


「ぐっ……!」


 後ろへ下がりながら迫り来る攻撃を弾くが、跳ね返るように戻ってくる。突然の規則性の変化に翻弄され、一切反撃の隙を見つけられない。

 一撃一撃は力が加わらなくなったが、軌道の掴みにくい刃は一撃でも受ければ終わりな四面楚歌の現状で最悪の攻撃方法であった。

 絡め取られれば終わる。

 マサムネのブレードでギリギリ軌道を逸らしながらも、全身に冷や汗が流れてくる。


「オラオラァ!! どうしたよクソガキィ!! 俺を倒すんじゃなかったかぁ!?」


 壁を抉り、ガラスを砕き、地面を切り裂く。

 圧倒的攻撃範囲と不規則な刃の唸りは渡り廊下の原型さえも崩す勢いで振るわれ、抉り取ったコンクリートの瓦礫が振るわれる刃と連動するようにして四方八方へ吹き飛んでいく。警戒すべきは剣の刀身だけではない。

 あらゆる方向へと思考が分散し、攻撃へ転ずるための策すら考えられず無我夢中で刃をいなし続ける。それだけで体も思考も許容範囲が限界に達していた。


(どう、する…………ッ!?)


 その時。

 じりじりと後ろへ下がりながらマサムネを振るっていた結城の背中に、ドンッ、と何かが当たる感触があった。

 考えるまでもない。


(行き止まり!?)


 肩越しに視線を送ると、特徴的なオレンジ色をした鉄製の壁。

 正確には壁ではなく、体育館へ繋がる一際大きい横引きの扉であった。


(くそっ! 開けてる暇は……!)


 当たり前だが背中で押して突破できるような扉ではない。後ろへ振り向き、力を込めてスライドさせなければ開け放てないものである。こんな状況下でそこまでの余裕は存在しない。

 むしろ、一瞬でもそれに思考を持っていかれたのが失敗だった。

 水平に振るわれる刃を何とか屈んで避ける。と同時、背後の扉が上下に引き裂かれ、上半分が体育館の方へと落下する。飛び越えれば入れるが、そこに意識が回ったことで前方から飛んでくる瓦礫の破片に気付かなかった。


(しまっ、)


 意識がその野球ボール程度の破片を捉えた時には回避が間に合わず。

 ゴンッ!! と鈍い音を響かせ、額へと勢い良く直撃した。

 視界に白いノイズが走り、一瞬意識が途絶える。体が傾く最中に気がつけば、同時にズキズキと激痛を訴える頭部と、働かない思考。平衡感覚を失ったように体がふらつき、額から流れてきた血が片目に入って視界さえも満足に機能しなくなる。


(―――……、ま、ず……)


 目の前には結城を殺すべく長剣を振り上げる男の姿。

 ―――ここで。

 ここでやられる訳にはいかない。

 決死の本能が微かに瞳に光を戻し、回らない思考を追い越して体が先に動いた。

 持てる力を込めてマサムネを水平に持ち上げ防御の構えを取る。襲い掛かる5メートルのしなる刃は光粒子ブレードへと吸い込まれ、ガリガリガリッ!! と光を削るようにして押し込んでくる。


「ぐ……ぅっ!!」


 その先端まで何とか防ぎ切り、地面に深々と突き刺さる―――が、顔を上げた瞬間、視界一杯に映ったのは男の履くブーツの裏底であった。

 直後、再び顔面に重い衝撃が走り、結城の体が背後に残っていた扉の半分まで巻き込み体育館の中へと吹き飛ばされる。蹴られた、と思ったのは数秒後。10メートル近く体が投げ出されようやく床に叩きつけられると、肺の中の息が全て吐き出され、強烈な痛みが全身を襲った。


「が……ッ、ご……あ、……!?」


 激痛に体が悲鳴を上げているにも関わらず、意識は朦朧とし油断すれば気を失ってしまう。額から、口から血が流れ、吹き飛ばされた時に何かで切ったのだろう、背中からも焼けたような痛みが走り、四つん這いで立ち上がるのさえ精一杯だ。

 血で滲んだ視界で体育館の入り口を見ると、長剣を従えた男が余裕の態度で踏み込んでくる。


「そろそろギブアップかなぁ? ククッ、無様だなぁオイ」


 劣悪に嗤いながら、数歩体育館に入ったところでスッと下に目を向けると、そこに転がっていた物へ刃を振り下ろした。

 マサムネ。

 手から零れ落としていたそれを目ざとく見つけ、その本体を中央からへし折った。放出口から出ていたESPフォトンの粒子は瞬く間に消え去り、完全に破壊されたことが分かる。


「ギャハハハハ!! これで頼りの玩具もなくなったなぁ!? どうするよクソガキィ!! …………あん?」


 これで完全に結城の心も体も挫いたと確信した男は高らかに嗤うが、すぐに床に落ちている"それ"に気がついたようだ。

 破壊されたマサムネではない。

 その周辺。男の周りに、無造作に落ちているシルバーの本体に黒いフェノール樹脂素材でできた取っ手のついた円柱状の物体。どう考えても体育館という風景にはそぐわない、奇妙な物。

 それは―――『圧力鍋』であった。

 本来は家庭科の調理室に置かれているはずのものが、無数にそこら中に鎮座している。奇妙な光景に思わずといった雰囲気で男は眉をひそめるが、


「……ナイスポジション」


 体も心も満身創痍。男とまともに戦う術さえも失った結城の口が―――僅かに笑いながら呟いた。

 膝に力を込めて、フラフラになりながらも二の足で立ち上がる。まだ戦おうとする結城の姿勢に男が愉快そうにこちらへ振り向くが、結城はゆっくりとした動作でカッターシャツの裏、腰のベルト付近へ手を伸ばすと、それを取り出した。


「……ああ? 拳銃? ハハハハハッ!! なんだテメェ、次はその玩具で悪足掻きすんのかぁ!?」


 結城の右手に握られたのは、オートマチックの拳銃。そう、霧島先生が持っていたものを結城が拝借していた。彼にとっての、残された最後の武器。

 しかし到底こんなもので敵うと思えないのは理解していた。

 だが、ケラケラと嗤う男を前に結城は拳銃のトリガーへと人差し指をかける。

 そして。

 薄く笑みを浮かべながら、言った。


「密閉力の高い容器に、爆薬を詰めて……それを燃焼させると、どうなると思う……?」


「あぁ?」


 突然の結城からの問い掛けに眉間にしわを寄せる男。

 奴の言葉を待たず、結城はポツポツと言葉を続ける。まるで何かのカウントダウンを行うように。


「有名どころだと、2013年……アメリカのボストンで、爆破テロ事件があったんだ……死亡、負傷者合わせて285人……、それがニュースで報道された時、使用された爆弾の作り方が公開されて、色々と問題になったんだ……」


「なに言ってんだテメェ?」


「はは……、聞けよ……。それに使われた即席爆弾が、何なのか……知ってるか……?」


 態度からあからさまに苛々してる男を他所に喋りながら、結城は右手に持つ拳銃を男へ向けて―――ではなく、上空へと銃口を向けた。

 奇怪な行動により一層男は表情を歪める。

 しかし、わざわざ理解してもらう必要なんてない。

 結城にとって、今までの攻防は全て作戦通り(・・・・・・)だったなど。

 奴に理解してもらう必要は毛頭ないのだから。


「"圧力鍋爆弾"」


 何気なく、呟く。

 結城の発した言葉に、男は僅かに動きを止めた。意味が分からなかったのだろう。突然の単語と自分の今置かれている現状が重ならず、思考が停止したのだろう。


「―――、ぁ」


 しかし次の瞬間、怪訝な表情で固まっていた男の目が見開かれる。その視線が自分の周囲に鎮座している"それら"へ注がれる。

 けれど、気付いた時にはもう遅い。

 拳銃を握り締めトリガーに掛かる人差し指に、力が篭る。

 これは攻撃じゃない。挑発や目晦ましでもない。

 これは、



「引き寄せさせてもらったよ。存分にぶちかませ―――、みんな(・・・)



 ―――合図。

 パンッ、と銃弾が発砲されて。

 直後、結城の後方―――ステージの上に、愛場柚木を含む四人の生徒が脇から姿を現した。

 彼女達の手には特徴的なデザインの白い本体を輝かせるESPP機構光粒子兵器ライフル『PAR-4パルサー』が構えられ。

 一瞬の照準の末、青白い閃光が流星のように迸った。同時に結城は、足元に落ちていた真っ二つに切断された体育館の扉を持ち上げ盾にするようにその影へと隠れる。

 男は慌てて足元からパルサーの射撃へと意識を移し、打ち落とさんと長剣を振ろうとして……気付く。

 閃光は男を狙っていない。

 どの射撃も僅かにずれた方向へと向けられている。

 だが、それはわざと。

 狙ったのは。


 足元に配置された『圧力鍋爆弾』。


 導火線がなく燃焼手段もない現状で、瞬間的に強力な起爆剤となる手段はただ一つ。

 そこまで頭が回らなかった男は、自身の周囲へ突き抜けていく閃光を打ち落とすことができなかった。

 それを―――見逃してしまった。

 連射されるレーザー光は大量に配置された圧力鍋の中央を射抜くように的確に撃ち抜いていき、

 次の瞬間。


 ドドドドドドドッ!!! と体育館全体を揺らすような爆破衝撃の連鎖。

 圧力鍋の内側から破裂するように、中に火薬と一緒に詰められていた大量の金属類が爆散し。

 男の体を四方八方から蜂の巣にした。







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