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ESP:Children  作者: ゆたなるい
Chapter01 喪失者達は世界を知る
6/8

第06話








 ―――夢を見た。


 遠く過去。けれど確かに記憶する、夢を見た。


 灰色の空の下。


 沈黙の世界。


 炎を揺らめかせる瓦礫。


 赤い鮮血を流し倒れる人々。


 それらを洗い流すように振り続ける雨。


 一人の少女が力なく倒れ、光を失った瞳で空を見上げていた。私は、そんな少女をじっと見下ろしていた。


 やがて少女の下に一人の少年がやってきた。


 その体には多くの傷があった。血も流れていた。けれど一歩一歩、力強く歩いていた。


 少年は少女に向けて声を振り絞る。ガラクタのように横たわる少女へ手を差し伸べるように、声を張り続ける。


 少年はあまりにも非力だった。少女はあまりにも無力だった。


 けれど少年の瞳には確かな灯火があった。その光を手渡すように、光を失った少女はじっと少年に視線を注ぐ。


 少年の背中に少女が背負われ二人で一つの影となった子供達は、沈黙の世界を破るように灰色の空の下を歩き出した。


 多くの人を見た。多くの人を跨った。しかし少年少女は前へ進む。―――その背中を、私はじっと見ていた。


 きっと。


 きっとこの世界は夢だけれど。


 少女にとって―――私にとって、これは心の根底にある憧れだった。


 例えそこが地獄であろうとも、誰かに手を差し伸べる事のできる強さが。その瞳の輝きが。


 記憶の最底辺に潜む、何よりの私の憧れだった。


 私は振り返る。


 そこには人の山があった。


 屍の積み上がる小さな山があった。


 その頂上に『光』を見つけて、私は両足を動かす。屍を越えていく。


 人の手を踏んだ。脚を踏んだ。首を踏んだ。頭を踏んだ。目を踏んだ。肉を踏んだ。内臓を踏んだ。


 しかし不思議と嫌悪感はなく、頂上に辿り着いた私の目の前には"それ"があった。


 全ての屍の上に成り立つように。人の死の上で尚も生き続けるように。


 『私』が―――『少女』が倒れていた。


 目を開き、輝きのない瞳で空を見上げ、胸の中央に『何か』が突き刺さっている。まるで少女こそが、その『何か』の台座であるかのように。


 私は吸い込まれるように『何か』へ手を伸ばす。それを掴み取らなければならない気がして、手を伸ばす。



"いいの?"



 少女が言った。


 己の胸に突き刺さる『何か』をじっと見つめて、そして私を見つめて。


 少女が言った。



"本当にいいの?"



 その問い掛けに、私は何も返す言葉が見つからない。


 何を言うべきなのか分からない。


 けれど、なぜか迷いは感じなかった。その『何か』を掴むことで大事な事象を為すべきだと、心のどこかで声がした。


 だから。


 だから私は。


 救済を求めるように、それを掴む。


 この灰色の世界を。雨に打たれる果て無き地獄を。


 せめて、その沈黙だけでも打ち破るように。




 ―――私はそれを、引き抜いた―――。








     ◇




「彼方さん――――ッ!!」


 香凜のその悲痛な叫びが聞こえたと同時。

 強烈な睡魔に襲われ、暗闇に包まれていた視界が一気にクリアになる。

 間違いなく堕ちたはずの意識は闇から手繰り寄せるように脳内へと収束し、思考が、体の感覚が、彼方の元へと本来ある形へ戻っていく。

 ―――夢を見た。

 遠く過去。けれど確かに記憶する、夢を見た。

 不思議な感覚だった。今なら何だって出来てしまう。そんな気さえもするほどの高揚感が体の奥底に宿っていた。

 彼方の肉体を支配していたはずの睡魔や脳を掻き回すような感覚はとうに失われ。

 その華奢な二の足が、再び地面を踏み締める。


「……あぁ?」


 『槍』で殴り飛ばし、間違いなく意識を刈り取ったと確信していた男は怪訝な表情でこちらを見る。

 静かに息を吐き出し、ゆっくりと立ち上がる彼方は直感で理解した。

 今自分がすべき事を。何を行い何を成せばいいのか。その為の手段と工程が、まるで知らない感覚だというに即座に脳が理解してくれる。


(これは―――、)


 『それ』の形は、たぶん『(つるぎ)』だ。

 『それ』の役目は、きっと触れられない何かに触れる為のモノだ。

 『それ』は確かに私の中にあり、この手で触れる事だって可能なはずだ。

 キィィン、という静かな耳鳴りのような音が辺りに響く。その音に聞き覚えがあるのか、香凜と男の表情には一層怪訝な様子が浮かび上がる。

 私は頭の裏に漠然と思い浮かぶイメージを、自身の手の内へと出力した。

 できる。何がとは分からないが、できる。

 根拠のない、しかし絶対に可能だという自信が彼方の中にあるチャネルを開く。

 ―――浮び上がるのは、光。

 青白く輝く美しい光の粒子。

 地面から、壁から、空間から、まるでイルミネーションのように輝く眩いばかりの粒子が浮び上がり、彼方の手の元へと在るがままに吸い寄せられていく。


「……おい、こいつは」


 男の口から、確信めいた、しかし有り得ないとでも言うように戸惑いの声が漏れる。

 地面に力なく倒れる香凜もその両目を大きく見開き、幻想的な光景に息を呑む。

 光はやがて形となり、彼方の手の中で一個の存在へと形作っていく。幻想から現実への転位としてその場に姿を現し、外界を侵食し己を主張する。

 光が失われた時、『それ』は世界に君臨した。





挿絵(By みてみん)





 ―――それは一振りの『(つるぎ)』だった。

 装飾どころか、柄や鍔、柄頭は一切存在せず。刀身に最低限の持ち手だけを付けた、『剣』と呼べるのかどうかも怪しい全長1メートル半の直刀。

 この世の物ではない異物資で生成された刃は驚異的な存在感を表し、彼方の手の中で鼓動するように光を放つ。

 あまりにも混沌としながら、それはあまりにも秩序を重んずる輝きを秘め。

 聖剣とも魔剣とも呼べる刃が空間を侵食する。

 秀麗でありながら醜悪。燦爛さんらんたりながら暗晦あんかい。正義と悪、光と闇を内包した0と1の選択さえも無視するあらゆる可能性と両極を宿した『剣』。

 まるで人の心であった。

 そして同時に、心を否定する人の肉体のようでもあった。

 握り締める手は一切の力を込めずとも『剣』を持ち上げることができる。そもそも『持つ』という表現さえも間違っているのかもしれない。

 最初からそこにあったような。

 手の平から同化し、それそのものが体の一部であるかのような。

 思う通りに、ほんの僅かな重量さえも感じずに振るうことが出来る。

 『橘彼方』という存在そのものを表した、『剣』。


「……二人いるなんざ聞いてねぇな。探知にミスがあったか?」


 困窮と疑念の混ざった視線を向けてくる男。信じられないものを見たが、それを受け入れる要素は残っているだけに信じざるおえないといった様子である。

 しかし現状を最も理解できないのは彼方自身だ。

 ただ分かることは、己が手中にある『剣』は目の前の敵を何とかするだけの力があり。

 その為の手段、『剣』の使い方が頭の中で構築される。言葉の分からない赤子が声を上げる本能と同じように、意味やエピソードではない。体が『覚えている』。

 ならば考えている暇はない。思考するべきは後回し。

 自身の華奢な腕で細くスラリとした刀身を正眼に構える。


「あのお堅い娘っ子がミスをするとは思えねぇが……まさかお前、10年前の被害者か」


 男の目には先程までの油断や隙は一切感じられない。

 『剣』を目に留めた瞬間、それらの甘い感情はすでに消えている。彼方のことを無関係な一般人ではなく、警戒すべき対象として認識を改めている。


「『こっち』に踏み込もうとしている馬鹿だとばかり思っていたが、テメェも気付かぬ内にどっぷり漬かってやがったか」


 そこには哀れみのような感情も見え隠れしているが、彼にとって優先すべきは"敵"として現れた彼方への注意。だらしなく下げられた『槍』を持つ腕は一見隙だらけに見えるが、そこに油断できないことは香凜との戦闘を見た後であれば十分に判断がつく。

 先程までの、ワガママを言う子供とそれをあしらう大人ではない。

 明確な敵同士なのだ。


(分からない。分からないけど……、)


 今自分の身に何が起きているのか。この『剣』は一体何なのか。

 分からないことだらけだ。きっと順序だててゆっくり説明してもらわないと彼方には到底理解の及ばないことだ。

 しかしやるべき事がたった一つだという事は認識している。

 故に、『覚えている』記憶を肉体へとトレースしていく。

 正しい答えをなぞるように体を動かせばいい。ただそれだけいい。


(たぶん、足りないのは"速さ")


 彼方があの男と正対する上で、力も頭脳も未熟すぎるのは分かる。

 しかしその中で最も不足しているのは"速さ"だ。奴の動きに反応するにも、体の遅延があることで同じステージに立つことすらままならない。

 だが、今なら。

 それを可能とするだけの力が、握り締める『剣』には内包されているような気さえする。


(速く……あの人よりも、何倍も速く……)


 できる。

 何の根拠もないが、沸き立つ自信がある。

 柄を握る手にぎゅっと力を込める。風のような速さを、求める。そうであって当たり前だと脳に訴えかける。

 不思議な感覚だった。見えない何かに突き動かされ、されどそれは自分の意思であるかのような。


(速く……!)


 そして彼方は、"第六感"を理解した。

 視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚を超え、理屈では説明しがたい、深層心理にて蠢く脈動。

 言わばそれは『超感覚的知覚』―――ESP。

 橘彼方は『それ』に触れた。

 本能がそれを智見し把握する。


(これ、が)


 もしその第六感に別の名称を与えるとすれば。

 人はおそらくこう言うだろう。


 ―――『異能力』と。


「不測の事態だが……まぁ、とっ捕まえるのが二人になっただけか。悪いが譲ちゃん、お前さんも『こっち側』である以上放っておく訳にはいかねぇ。一緒に来てもらおうか」


 男の槍が正面に構えられる。目的が増えたことでさっさとケリを着けるつもりなのだろう。香凜の時のように目にも止まらぬ速さで武器を弾いてしまえば、相手はどうすることだってできなくなる。

 だが、彼方が求めるのはそれ以上の速さ。

 それを得るためのモノが、今手元にある。使い方は体が覚えている。故に、体はいくらだって動く。

 香凜を助けると、巻き込んでほしいと口に出した通りに。


「ッ……!!」


 互いが臨戦態勢に入る―――と、ほぼ同時に。

 彼方は全力を持って地面を蹴り上げた。その瞬間、胸の中で蠢く第六感が強い鼓動を放つ。

 そして―――不思議なことが起きた。


「―――、」


 気付けば彼方は、()()()()()()()

 一瞬の出来事。瞬きに合間だとか、そういうレベルじゃない。例えじっと凝視していたとしても、言葉通りに何も捉える事のできない驚異的なスピード。

 僅かに遅れて通り抜けた道筋に疾風が舞う。


「!?」


 男はそこで初めて気付く。背後を取られていたことに。

 それでも尚攻撃の直前に意識を向けられたのは、彼の人並み外れた反応速度のおかげだろう。

 だが僅かに遅い。

 寸でのタイミングでは防御こそできても、衝撃に備え力を込めるどころか、足をふんばることだってできない。


「はぁ―――ッ!!」


 吐息一閃。

 煌く刃が風を切り、一筋の閃光の如く振り下ろされる。

 刃と柄が噛み合い、普段の彼方では決して有り得ない腕力を持ってそのまま振り切る。

 ギャン!! という武器同士の衝突音と火花が散り、一回り大きい男の体を押し飛ばした。


「っ……ぐ、」


 地面を滑るように3メートル以上後ろへ後退する男に、彼方の追撃は止まらない。

 再び地面を蹴った途端、狙った場所―――男の真横へと刹那の間に移動する。

 その勢いのまま繰り出される二撃。

 水平、逆袈裟と振るわれる刃を未だ体をよろめかせながらも男は器用に弾き落とす。だがそれだけ。反撃に出るほどの余裕がない。


「覚醒したばかりでこれだと……ッ!? テメェ一体―――、」


 もちろん彼方にだって余裕はない。頭の中にあるのはただ空白。何かを考える暇もなく、ひたすらに脊髄反射のみで行動を起こす。

 間髪入れず彼方の体が再び姿を消した。正確には、地面を蹴り男の頭上近くまで跳躍した。

 空中で体を横に回転させ、さながらダンスでも舞うような動きで刃が飛ぶ。男は『槍』の銅金の部位で防いでみせると―――流れのまま、矛先が上空にいる彼方へと向けられた。

 刺突が来る。香凜でさえ見切れなかった音速の一撃。

 漂うプレッシャー。尋常ならざる雰囲気。

 互いの視線が交錯する―――次の瞬間。


「ッ!!」


 彼方を穿つべく、極められた瞬撃が放たれる。

 ―――だが、見える(・・・)

 別世界さえも感じていた、常人であった彼方には決して捉えることができなかったその矛先が、今は見える。

 危機に瀕した際にスローモーションを感じるというタキサイキア現象ではない。

 体も動く。間違いなくその矛先を視認できる。彼方の感覚が"攻撃が来た"と反応を起こす。

 故に、避けることは容易い。

 風を突き抜け放たれた一撃を、彼方は小さく体を捻ることで受け流した。

 ほんの数センチ真横を十字の刃が通り抜け、身の毛もよだつような感覚に襲われるが彼方は止まらない。再び『剣』が狙いを定め、『槍』を持つ男の右肩目掛けて閃光が迸った。


「チッ!!」


 舌打ちと共に慌てて後方へ跳ぶが、切先が僅かにその肉を抉る。筋肉質な二の腕にかすめ、少量の鮮血が後退する男を追うように軌跡を描いた。

 初めて人の肉を切断したことに、しかし感覚は伝わってこなかった。

 まるで熱したナイフでバターを切るような。豆腐に包丁を入れるような。驚異的な切れ味に、具体的な感覚すら伝わってこないのだ。


「っはぁ……!」


 地面に再び着地すると同時、お腹の中に溜まっていた空気を一息に吐き出し、眼鏡のレンズ越しに視線が男を追う。

 いや、追った時には既に脚は動いていた。ダンッ! と地面を蹴り、風が吹き抜ける。

 体勢を立て直しきれていない男の視線は、彼方の持つ『剣』へ注がれている。奴の注意は間違いなくそこへ向いている。

 ならば。

 一瞬の判断。

 光速で移動する彼方は、『剣』を地面に突き刺し手放した(・・・・)

 生まれるのは一瞬の、しかし致命的となる僅かな隙。

 疾風の如く駆ける彼方は、勢いを殺すことなく、男の目の前で止まることもせず、


 その懐へと肩から体当たりを叩き込んだ。


「かはっ……!?」


 ドゴォ!! と人体から聞こえるとは思えない打撃音が響く。

 実際に彼方の華奢な体で体当たりしたところで大したダメージはないのだろうが、こればかりは驚異的な速度が上乗せされている。

 いわば、小さな体から放たれる大型トラックにでも当てられたようなショルダータックル。

 例えこの男であっても耐えられる一撃ではない。

 男は僅かに吐血し、体の中央に受けた打撃に体をくの字に曲げる。風が吹き荒れ衝撃が伝わると同時、足が地面を離れ弾き飛ばされた。

 5メートル近く後方へ吹き飛び、背中から地面に激突。それでも尚勢いは死ぬことなく、ゴロゴロとアスファルトの地面を転がっていった。


「はぁ……はぁ……っ」


 全身から大量の汗が流れ荒い息を吐き出す彼方。

 追い討ちをすることなくじっと倒れる男の姿を見つめたが、しばらくしても彼が立ち上がる様子はない。『槍』は手放され離れた場所に横たわっており、一時的ではあろうが気を失ったらしい。


(や、やった……)


 訳の分からない力に振り回され、しかし何とか撃退することができた。

 意味不明なイベントの連続で最早彼方の頭は限界をとうに超していたが、そのおかげか逆に冷静に現場を再確認する。

 ……とりあえずはここを離れるべきだろう。

 男が目を覚ましたら大変というのもあるが、その男が殺したであろう黒服の奇妙な連中も倒れている。不思議なことにこれだけの騒ぎを起こしておきながら周囲に人の気配が見当たらないが、だからといって他の人が来ないという理由にもならない。

 彼方は荒い息を整えつつ、踵を返して地面に突き刺さった『剣』を拾う。それを片手に、急いで香凜の元に駆け寄った。


「か、香凜ちゃん。大丈夫?」


「……え? あ、はい。倒れてたら少し楽に……じゃなくて! 彼方さん! そ、その剣は……、」


 香凜の問いに右手に握り締められた『剣』に視線を落とす。

 ……聞きたいのはこっちだ。

 常識外の事ばかりが周りで起きて、意識を失い何か夢を見たと思ったら、目が覚めると同時にこれである。記憶した覚えのない『剣』の使い方までいつの間にか体に染み込んでおり、その肉体もまるで自分のものじゃないみたいに力が湧き出てくる。

 何なんだ一体。

 しかし今は考え込んでいる暇ではないだろう。思考を放棄し改めて香凜に向き直る。


「……と、とにかくここを離れよう。立てる? 辛かったら私に掴まって」


「は、はい。ありがとうございます……あの、でも」


 香凜は何とか女の子座りまで自力で体を起こすと、躊躇うように見上げてきた。

 言いたいことは分かる気がした。

 しかしそれこそ今更な話である。


「もう行動で示しちゃったから……さよならなんて言わないでね」


「…………はい」


 僅かに迷う素振りを見せたが、沈黙の末香凜は小さく頷いた。

 彼女の手を取り、若干ふらつく体を支えてあげる。ヨタヨタとする彼女の横で気を配りながら、二人はできるだけ人気の少ない方へと歩き出す。

 焦燥感と精神的混乱を抱えながらも、彼方は隣を歩く少女の手をしっかりと握り締めた。




     ◇




 結城は2つのコンテナケースを抱え、誰にも見つからないよう一人で(・・・)体育館裏までやってきた。

 上手いこと通路の入り口を隠すように配置されていたダンボールを抜けると、最初に出迎えてくれたのは幼馴染みの愛場柚木である。

 彼女は結城の顔を見た途端笑顔になり、大慌てで駆け寄ってきた。


「結城! よかったぁ……目的のものは取ってこれた?」


「うん。邪魔にならないところに置いといてくれないかな」


「分かった」


 言いながらケースを柚木に手渡し、そこで気付いたらしい。……成司が一緒にいないことに。

 それを言外に尋ねるような視線を投げ掛けてくる。


「……」


「……結城?」


 何も答えない。何も答えられない。

 結城は黙ったまま彼女の横を通り過ぎると、その奥にいた面子をざっと見渡した。クラスメイトの他に、初めて見る顔触れが少し増えている。加えて射撃実習の担当教師である現役EPの霧島先生に加え―――姉であり従姉妹である大切な家族、坂井璃々子がいた。


(……よかった。姉さん無事だったんだ)


 彼女達はすでに『作業』に取り掛かっており、結城が教えていたレシピ通りに制作作業を行っている。ただし璃々子は作業の手を止め仁王立ちでこちらを見つめて―――というより睨みつけており、ズカズカと歩み寄ってきた。


「……ゆう君。あなた、何か言う事はない?」


「作業の方はどう? 必要なものは揃ってるみたいだけど……もし足りないものがあるなら僕が、」


「そういう事じゃないでしょう! あなたねぇ、戦うって本気で言っているの!?」


「でも姉さんも手伝ってる」


「そ、それは霧島まで賛同するから仕方なく……あなた達を放ってはおけないし」


 おい坂井呼び捨て聞こえてんぞ、と彼女の後方からツッコミの声が飛んでくる。

 やはりというか何というか、璃々子は柚木を通して伝えられた『戦う』という選択に不本意なようであった。それもその筈、彼女は少し心配性というか、大切な生徒達が危険な目に合う賭けにコインを投じるような人間ではない。止められるなら止めたい。それが本心なのだろう。


「しかしだ。もし本当に連中を倒す策があるってんなら、諏訪の提案は可能性として十分に有りだ」


 そう言って霧島先生が璃々子の横から顔を出す。髭を生やした大柄な体はいつ見ても鍛えられた体躯だ。

 柚木達の口から聞かされた『戦う』という案に、おそらく最初に同意を示したのが口ぶりからしてこの人なのではないだろうか。


「で、ですが霧島せんせ。戦うっていうのは生徒を危険に晒すってことですよ」


「だな。そいつは教師として見過ごせない……が、だからこそ諏訪。お前の作戦を聞かせろ。まさか無策で戦おうだなんて考えてはいないだろう?」


 言いながら彼は、他の生徒達が作っているブツを親指で指す。


「愛場の連れた連中が、協力してくれなくても"あんな物騒なもの"を作るって言うもんだから、仕方なく今は賛同した。素材も俺が集めてきた。あとはお前の話を聞いて決めさせてもらうぞ」


「……そういう事ですか。分かりました」


 ようは主犯格の結城の意見を聞かせろ、という事だろう。

 他の教室まで物を集めに行かなければならないという危険な役目も、わざわざ彼が担ってくれたらしい。流石は現場のプロというか、璃々子よりもEPとして先輩なだけある。

 だからこそ、作戦を話す前に霧島先生に聞いておきたいことがある。


「その前に一つお尋ねしたいのですが……霧島先生はEPとしても姉と違って大分長いんですよね」


「あん? まあそうだが、それがどうした」


「でしたら知っている情報だけで構いません。奴らについて何かあれば教えてください」


 現在、結城が持っている敵の情報は3つ。

 二人組みである事。奇妙な武器を持っているという事。そして……成司が与えてくれた、異能力者かもしれないという情報。

 すでにある程度の算段は練っているが、確認の為の問いであった。手に入る情報はくまなく全て入手したい。


「あー、そいつはな……」


 すると霧島先生はなぜか困ったように頭を掻き、璃々子と目を合わせている。何か知ってはいるが話していいものかどうか悩んでいる、といった様子だろうか。

 しかしそうこうしている暇もないことは分かっているのだろう。仕方ないか、と呟き改めて結城に視線を送った。


「今から話すことは"敵"の正体についてだ。だが本来は、ある事情からEPに所属する中尉以上の階級を持った奴にしか聞かされない。だから絶対に他に洩らすなよ?」


「分かりました」


 躊躇なく頷いた結城を確認すると、霧島先生は順序立てて話を始めた。

 曰く、敵は異能力者であること。しかし世間で知られるESP症候群者とは実力が違い、特殊な武器を同時に使用できるということ。

 曰く、武器を使える異能力者は何らかの理由で身体能力が生身の人間より頭一つ抜きん出ているということ。

 曰く、奴らは噂に聞くレジスタンスと呼ばれる反政府組織の連中かもしれないということ。

 簡単に纏めるとこんなところだろうか。

 初めて知る情報ばかりで興味深い内容ではあったが、今は掘り下げている場合ではないだろうと黙って話を聞いていた。

 教えられた情報を整理し、しばし思考する。練り上げていた作戦と照らし合わせ、相違点を修正していく。


「こんなところだが、何か質問はあるか?」


「いえ。問題ありません」


「そうか……おい坂井。お前の弟おかしいんじゃないか? 表情一つ変えずに受け入れやがったぞ」


「む、昔からこういう子でしたから」


 教師二人が何やら話しているが、とりあえず無視しておく。

 考えをまとめ上げ、ある程度決まったところで結城は顔を上げた。そして目の前の二人だけにではなく、柚木や他のいる生徒みんなに視線を流すと口を開いた。


「みんな、ちょっといいかな。時間もないし簡単に作戦を説明するよ」


 作業を続けていた生徒達も顔を上げ、一斉に視線が結城の元へと集まる。手は動かしたままでいいよ、と小さく付け加え、注意だけでもみんなの意識が集まったの確認すると言葉を続けた。


「まず先に。みんなに伝えられていると思うけど、大まかな流れは二人組みの異能力者どちらかを撃破し、校内から無事『全員で』脱出すること。おそらく敷地を抜ければ外部と連絡が取れて救援を呼べるからね」


 正確には救援だけではない。残る一人を野放しにしておくわけにもいかない為、霧島先生から連絡して増援のEPを呼ぶ必要もある。

 その点に関しては先生本人がとっくのとうに認識しているだろうし話す必要はないだろう。


「そして問題の撃破対象とする異能力者だけど……正面玄関近くにいる、高身長の男にしようと思う。先生から聞いた話だと、女の方はたぶん"それ"が効かないからね」


 結城は作業中の"それ"へと視線を送る。

 何人かの生徒が不思議そうに首を捻る。真っ先に疑問を口に出したのは柚木だった。


「効かないって……こんなの受けたらひとたまりもないと思うんだけど」


「普通はね。でも敵は異能力者だ。……霧島先生、その女には銃弾が通用しなかったんですよね?」


 話を振られた霧島先生は迷わず頷く。

 彼が今腰に下げている拳銃……オートマチックの基礎的な拳銃とは言え、殺傷能力は十分にあるはず。それが効かなかったとなると異能力による妨害がもっともらしい理由ではあるが、


「ああ、間違いねぇ。撃った弾丸があいつの目の前で止められた。帯電でもするように電気が流れていたが……まあ原因はそれだろうな」


「はい。おそらくその女の使用する異能力は、電気や電磁波……そういったものを、どの程度が限界かは分かりませんが操ることができる異能力。だとすれば金属を飛ばす武器は全面的に通用しない、と考えるのが妥当です」


 それも例外じゃない、といくつか完成している物に目線を向ける。

 同時に、敷地全体を取り囲むように携帯が電波を拾わないのもその異能力のせいと考えられる。何らかの電波妨害か……真っ先に思い浮かんだのは、敷地に踏み込んだ際、全体を取り囲んでいた『光の網』だ。もしかするとあれが原因なのではないだろうか。


「……という訳で、手持ちの武器が少しでも多く通用する方を目標にしようと思う。それに男の方は足を怪我している。難易度は間違いなくこっちの方が低いはずだ」


「でも、そっちは異能力の詳細が分からないから不確定要素が大きくないかしら」


 反論、というよりも疑問に近いニュアンスで璃々子が問い掛けてくる。

 そうか、あの男と何度か直面しているのは僕だけか、と心の中で納得する。もうすでに二度殺されかかっており、何とか生き延びたので知っていると正直に答えると姉がまた怒りそうな気がしたので、ここは適当に考えた理由をでっち上げた。


「……偶然遠くから、奴が他の生き残りの生徒を殺すところを見た。でもその時、生徒の様子が変だったんだよ」


「変?」


「まるで見えない何かと戦っているように、何もないところに叫んだり、手を出したり……もしかすると幻覚を見せるような、またはそういう風に思い込ませる思考の誘導ができる異能力なのかもしれない」


 口に出してみればなかなかえげつない力だと思う。人を操れるというのはなかなか単純なようで、常軌を逸した理不尽な凶器でもある。

 だけど、と結城は続ける。


「逆に言えばそれだけだ。女の方みたいに、様々な方法に運用できる応用力は備えていないはず。奴本人の武器は巨大なノコギリみたいなあの剣だけになる」


「ちょ、ちょっと待ちなさい。あなたそれだけって言うけど、幻覚を見せてくるって相当な異能力よ」


 璃々子が食い下がってくる。しかしそれは突っ込まれるだろうと踏んでいた内容だ。

 いくら足を怪我していると言ってもそんな強力な力どう対抗するのか、と聞きたいのだろう。結城の中には漠然ながらすでに答えはあった。


「たぶん奴の異能力には条件があるんだ」


「じょ、条件……?」


「さっき偶然遠くから見ていたって言ったけど……その後あの男に見つかったんだ。でも逃げ切れた。あいつは僕にこう言っていたよ。『見えていないのか?』って。もしかすると異能力のターゲットとなる人物に何か条件が必要で、それを満たしていないと幻覚を見せることが出来ないんじゃないかな」


「そんな不確かな……」


 そう、璃々子の言う通り不確かな情報の断片を繋ぎ合せてできた仮説の話だ。

 しかし一度目はともかくとして、二度目―――演習準備室で対峙した際、結城に対して怒り狂っていたにも関わらず奴が幻覚を見せたのは成司だった。何が原因かは分からないが、こうして偶然が重なったならば結城に対しては奴の異能力が通用しないと考えられる可能性は十分にある。


「姉さん。100%正確な情報なんて、今ここにはないよ。奴ら二人とも、異能力者という時点で僕達の常識で考えられるような相手じゃないんだから」


「それは、そうだけど……」


「……っつー事はだ。まずはその条件とやらを探るのが目的って訳か?」


 渋々といった様子の璃々子を他所に脇から霧島先生が尋ねてくる。

 しかし結城は首振ってそれを否定する。


「それでは時間がありませんし、危険すぎます。ですから、」


 踵を返し、通路と作業の邪魔にならないよう隅に固められて置いていたコンテナケースにそっと手を添える。一つの命を犠牲に、命からがら入手してきた戦うための武器。異能力者に対抗するための切り札。

 白く印字された武器の名称をなぞるように見つめて、結城は迷わずそれを口にした。


「僕が戦います。これを使って、奴と正面から対峙する役目は僕が負います」


 その一言で全員が少しざわついたのが分かった。

 誰もが思っていたのだろう。戦うにしてもその要となるのは戦いの経験がある霧島先生だと。いくら学年首席で実技に関しても群を抜いている結城とはいえ、まさか生徒が前に出るとは考えもしなかったのだ。

 無論、真っ先に反論を示したのは璃々子だった。


「ちょ……ゆう君!? あなたなに馬鹿なこと言ってるのよ! そんなの認められないわ!」


 小さな体で服の裾を掴んでくる。眉間にしわを寄せて叫ぶ姿は本気で彼女が怒っているのが目に見えた。


「そ、そうだよ! なにも結城がそんな事する必要は……!」


 璃々子に同意するように柚木も詰め寄ってくる。

 彼女達の言い分はもっともだ。単純に心配だからというのもあるだろうが、実際に異能力者との戦いの経験がない僕に、それを担うのは非常に危険な賭けである。だが現状、結城以外の誰かがあの男と対峙するのはそれ以上に危険な賭けとなる。


「……奴の異能力の条件を調べるには、必ず人柱が必要になる。それこそ危険な賭けだ。例え場慣れしている霧島先生でも例外じゃない。だから異能力が効かないと分かっている僕が前に出るべきだ」


「だからって!!」


「姉さん、僕は言ったよね。ここにいる『全員』で生き残るって。僕はその可能性が最も高い選択に賭けたいんだ」


 理屈に正論を重ねた結城の言い分に、璃々子の表情が今にも泣きそうなぐらい歪むのが分かった。これは間違いなく激怒している。ビンタの一発でも来るかな、と冷静に考えて、しかし引く気のない結城はじっとその瞳を見つめ返した。

 しかし璃々子の手を阻むように言葉を挟んできたのは、彼女の隣にいる霧島先生だった。


「……教師としては止めるべきなんだがな」


「それは重々承知です」


「…………できるのか?」


 彼にとっても重い決断だというのはその一言で理解できた。

 だが、彼は教師であると同時にベテランのEPだ。この場を学び舎ではなく一個の『戦場』として考えた場合に、結城の提案がどれだけ理に適っているか十分に理解している。

 結城は即答であった。


「できる、できないじゃありません。やります」


 迷いを一切感じられない結城の言葉に、何を言っても無駄だと早々に察してくれた霧島先生はいち早く手を引いてくれた。


「……そうか。分かった、俺は諏訪の提案に乗るぞ」


「ちょっと霧島先生!」


 璃々子の怒りの矛先が霧島先生にも分散する。何としてでも結城に危険な役目を背負わせるのを避けたいのであろう。

 その事自体は結城も理解している。璃々子は生徒の事を非常に良く考えている上に、結城に関しては家族だ。姉として、弟の事を本当に心配している。それは結城としても非常にありがたい。

 だけど。


(……これだけは。今これだけは、僕がやらなきゃ駄目なんだ)


 結城は思い出す。親友の言葉を。

 倒すと誓った。これ以上、誰一人犠牲を出さずに。

 あの言葉を無駄にしないためにも。約束を果たすためにも。

 こればかりは、結城自身がやらなければいけないことなのだ。


「……代わりに、霧島先生と姉さんには他の事をやってほしいんです」


 璃々子が何か言い出す前に、結城は二人の顔を見ながら言葉を挟んだ。


「本当はもう一方に気付かれない内に速攻でケリを着けて脱出するつもりだったんですが……二人がいるなら少し話が変わります」


 想定外の事態ばかりが起きている現状ではあるが、結城にとってEP所属の教師が二人も生き残っていたのは良い意味で想定外であった。

 特に霧島先生に関しては、異能力者の真実を知っていたことから中尉以上の階級。おそらく強力な異能力者との戦闘も経験しているはずだ。これほどまでに心強い戦力は他にないといっても過言ではない。

 つまり速攻決着即時撤退を予定していた元々の作戦に、安全要素をプラスできるのがこの二人だ。


「万全を期すために……僕達が男の方を相手している最中、二人にはもう一方の足止めをしておいてほしいんです」


「……なるほどな。確かにそいつは俺達にしかできないことだ」


「はい。勿論勝つ必要なんてありません。危ないと思ったらその都度逃げてもらって結構です。こちらが決着したら何らかの形で合図を送るので、それまで何とか注意を引き付けてほしいんです」


 つまり敵が合流しない為の保険である。

 戦闘の音を聞きつけもう一方がその場に合流してしまう可能性というのが最大の不安要素だったのだが、それをこの二人がいれば回避できるのだ。もし璃々子か霧島先生のどちらかであり、無策で一対一は危険が大きかったが、二人ならば相応の武器さえ持っていれば何とかなるだろう。

 幸いにも手元にある『マサムネ』と『パルサー』は5つずつ。十分すぎる数だ。


「分かった、俺はいいだろう。合図の方法はどうする?」


「そうですね……予め戦闘場所を決めましょう。その上の階からパルサーで真下に射撃します。ですので射撃ポイントには近づかないようにしてください」


 言い切ると霧島先生は結城の策に納得したのか、それ以上は何も言わず隣の璃々子の頭をポンと一度だけ叩き後ろへ戻っていった。そのまま作業中の生徒の手伝いを始める。

 そんな璃々子は、じっと結城の顔を見つめていた。怒っているのか、悲しんでいるのか……いや、おそらくは両方だろう。とても複雑な表情で結城と視線が交差する。


「……」


「……姉さん。いいかな」


 その問いは、引き受けてくれるかどうかよりも、結城が前に出て戦うことへの同意を求める意味の方が大きかった。仮に同意を示してくれなくても結城は行動に出るつもりだが、可能であれば大切な家族の肯定を受け取っておきたかった。

 そして。

 どれほどの間沈黙で見つめ合っていたのか。璃々子は小さく息を吐き出すと、諦めたように視線を落とした。


「……この学校に入るって言い出した時と同じね」


「え?」


「分かったわ。……あなたが一度決めたら意見を曲げないのは、私が良く知っているもの」


 心の底ではまだ許してはいない。そんな様子ではあったが、首を縦に振った璃々子は小さく微笑む。その笑顔はワガママを言う弟の面倒を見る姉のそれであり、結城は心の中でごめんと謝った。

 ただし! と璃々子の言葉が続く。一瞬の微笑みをかなぐり捨てて、ピシッと念を押すように指を刺してきた。


「決して身を挺すような無茶はしないこと。そして絶対に死なないこと。……いいわね?」


「分かってるよ。僕の言う『全員』には、僕自身のことだって含まれてる。今まで僕が可能性のない無意味な無茶を姉さんに言ったことがあった?」


 わざとらしく問い返すと、そうね、と相槌を打ちながら今度こそ璃々子は可愛らしい笑顔を浮かべた。

 この笑顔は守らなければいけない。

 改めて決心させてくれた姉の笑顔に結城も微笑みを返すと、改めて気を取り直しみんなに視線を送った。


「……少し話は逸れたけど、全体の流れはこう。霧島先生と坂井先生が女の異能力者を足止めしている最中に、僕が男の方を定位置に引き付け、"それ"で一網打尽にする。その後二人に合図を送り全員で脱出。いいかな?」


 質問や不可解な点がないか確認の為全員に問い掛ける。命が掛かった大事な作戦だ、味方全員の中に見解の相違を生むわけにはいかない。

 全員が緊張した面持ちで、しかし決心したように力強く頷いたのを確認して、結城も返すように頷いた。

 みんなの意思がまとまったところで、結城は首を動かし幼馴染みの柚木へ視線を送った。彼女も彼女で結城のことが心配といった面持ちだが、結城がどうしてもという事にはあまり反論を示さない。むしろ協力してくれる、頼れる友人だ。


「柚木。頼みたいことがあるんだ」


「ぇ、え? なに?」


 素っ頓狂な返事をする柚木を横にその場でしゃがんだ結城は、足元に置かれていたコンテナケースの一つ―――『PHOTON ASSAULTRIFLE-04 PULSAR』と印字された片方を持ち上げると、彼女に差し出した。


「柚木を含めて四人、射撃実習の成績が良い生徒を呼んでこれの使い方を霧島先生に教えてもらって。その後僕の方で手伝って欲しい内容を説明する」


「あ、あたしが含まれるのは前提なんだ」


「射撃の成績だけなら柚木は僕以上だから」


 そうですかー、と若干躊躇いながらケースを受け取る柚木は、大体やることが想像できているのだろう。妙に引きつった笑顔を浮かべている。少々酷なことを頼むが、仕方がない。彼女達の助けがあってこその作戦だ。


「―――よし。作業もそろそろ終わりそうだし、作戦開始は今から五分後。みんな、出来るだけ準備急いで」


 一人一人に目配せしながら会議の終わりを告げて、各々が準備に取り掛かる。

 結城は携帯を取り出し現在時刻を確認すると―――待ちうけにしていた、柚木と成司の3人で取った画像がふと目に留まった。


(……仇は取るよ、成司)


 心の奥底で己が決意を固め、携帯をポケットにしまう。

 ―――やるべき事は一つ。その為の準備も揃った。

 拳を小さく握り締め、顔を上げる。

 その瞳に静かな炎が灯った。







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